男子学生とドッペルゲンガー

第2話 本体(?)

 気付くと、俺は電車のなかで揺られていた。

 おかしいな、確か乗り遅れたはずなのに。


 なぜ俺はこんなところでスマホをいじっているのだろう。


 いや、それはおかしくはない。いつも通りだ。

 目的の駅まで30分ほどかかるこの時間を、俺はとても気に入っている。


 動画を見たり、漫画を読んだり、ゲームしたり、寝たり。

 したいことができる。


 自転車を漕がずに移動できる。

 移動しているのに、同時に自分がやりたいことを思う存分に出来る時間はそうそうない。車で通勤している大人にだって出来やしない。


 最高の時間だと思う。

 座れさえすればもっと良かった。


 例え田舎であっても、通勤通学の時間帯は混む。

 俺のいた駅からでも既に客は多く、ドアと席の隙間に背中を預けて立っているしかない。


 30分間立って到着を待つのは辛い。


 そういえば、と、スマホの時刻を確認するとかなりギリギリの時間だった。

 駅についてそこから全力でちゃりを漕いだとしても、間に合うかどうかと言ったところか。


 SHRまでには何とか間に合わせたい。

 皆勤賞が掛かっているのだ。とくにこれといって特徴も才能もない俺が壇上に上がるチャンスと言ったらこれぐらいしか思いつかない。


 そして、俺はそのチャンスを失ったはずなのだ。


 なんで俺は電車に乗っているんだろう。


 △▼△


 県立〇×高等学校2年2組


 珍しいな、と。

 誰もが思っていた。


 いつも見かける姿が、今朝に限ってどこにも見当たらない。

 1年の時から選択科目によって、文系の同学年は顔なじみが多い。

 クラスのメンバーも、殆ど変わらない。


 だから、早朝組などは特に、彼が毎朝早い時間から教室でなにかしらしているのを見かけていた。


 休みの日以外、彼は必ず席に座っていた。

 その彼が、SHRがもうすぐ始まるというのにまだ来ていない。


 別にわざわざ口に出すことでもないので、だれもが「珍しいこともあるもんんだ」と思っていただけだった。


 少しばかり、日常が崩れたようなしこりが全員の心にあった。


 階段を駆け上る音が、近づいてくる。

 その足音は廊下を駆け抜ける音に変わり、遂には2組の前で止まった。


「まにあった~……」


 汗を額に浮き立たせ、男子生徒が教室の入り口で安堵のため息を吐き、自分の席に向かった。


 そして何事も無かったかのように着席し、カバンから本を取り出したところでSHRの始まりを告げるチャイムがなった。


「寝坊?」

「そう」

「珍しいね」

「ギリ間に合ったから良かった」


 俺の前の席にいるやつが後ろを振り返り物珍しげな顔をしながら話しかけてくる。


 そこそこ遠い所から通っている俺に、一緒に登下校するような友達はいない。

 こいつとも、クラスで割と喋るほう、というだけだ。


「フーン」


 ソイツはスマホをいじりながら、大して興味もなさそうな相槌を打ってきた。

 興味ねえなら聞いてくんじゃねえ。


「あ、なあ、これ知ってる?」

「え?」


 ソイツが見せてきた画面には、最近噂の『症状』についての記事が書いてあった。


『ドッペルゲンガー症の実状』


 ドッペルゲンガー。

 自分にそっくりの人間を見かけたりする現象のことで、少し前までは幻視や見間違い、単純なそっくりさんに会っただけなどの、あってもおかしくない事象のことを刺していた。


 然し、現在このドッペルゲンガーが実在するという『病気』が発見された。


 記事はそのことについて書かれたものだった。

 記事には、『ドッペルゲンガー症』によって本人の気付かないところで全く同じ人物が生まれ、生まれ出た存在は実体があり、ムリに消したりすることは出来ないと語られていた。


 しかも、生まれたもう一人の自分は、自立行動をして、その行動が本体と重なることはない。


 たいていの場合、そうやって生まれたドッペルゲンガーは1日程度で消えるが、消えるとき、生み出したもう一人と引き合わされるように歩み寄っていき、互いが出会ったときに消えるという。


 消えるまでの時間は人によってまちまちであり、最長で2週間にまで及んだ者もいるという。


「知ってる、このまえニュースでちらっとやってたわ」

「マジ? 俺今日初めて知ったよ。この世のどこかに全くおんなじの自分がいるかもしれないなんて、信じがてぇわ。どんな感覚なんだろうな。もう一人の自分がいるのって。やっぱ、元に戻った時に二人分の記憶があるのかな」

「どうなんだろうな、ドッペルゲンガーの方の記憶は消えるんじゃない?」


 もともと、実在しない方な訳なんだし。

 そもそも、自立行動するったって、夢遊病者みたいになにも考えずに歩いているだけかもしれない。

 そこまで考えて、なんとなく、頭の中を妙な違和感が通り過ぎていった気がした。


「ていうか、怖すぎだろ。もう一人の自分が自分の知らないところで違うことしてるなんて。殺人とかしてたらどううすんだろ」

「確かに、そうなったらヤバい。……でもさ」


 ソイツが続けて呟いた言葉に、俺はなぜか、急に足元がおぼつかなくなる様な感覚になった。


 ───でもさ、ドッペルゲンガーが生まれて、どっちも実体があるってことは、どっちが本物なんだろうな。


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