第4話 本体(?)

 眠い。

 数学の先生の喋り方怠すぎだろお。


 文系にとって天敵ともいえる数学の授業は、始まってものの5分で俺の意識をはるか向こうの海のかなたの山の上の銀河を超えて宇宙のへりにまで到達させていく。

 何処だここ。


 とにかく、黒板の内容をメモに取ろう。

 わからん。教科書を読もう。

 何もわからん。


 分からなくても、書き写すことは出来る。

 とりあえず書き写すを繰り返してみたいな習慣が既に1年経っている。いままでどうやって俺は数学の試験を切り抜けてきたんだろう。


 まあ、分からんかったら先生に聞けばいいか。

 話し方は眠いが、聞けばちゃんと答えてくれるし。


 数学の授業が終わり、昼休みになった。

 午後には体育がある。


 クラスをまたいでまで一緒に飯を食ってくれるような友達は俺にはいない。

 俺の前の席の奴も同じくいない。


 かといって、二人仲良く飯を食う関係でもない。

 だから、飯の時間は俺たち二人とも自分の席でスマホを眺めながら黙食している。


 不意に前の奴の背中が身じろぎしたことで俺の注意が移る。

 途端に、朝コイツと話していたことを思い出した。


 あまり気にしても仕方がないことだとは思うが、そのことを考えるたびに頭の中を違和感が過る。


 購買のカツサンドパンを口に詰め込み、席を立つ。

 教室を出て、図書館に向かうが、今日は司書が不在で閉まっていた。

 図書委員とかいないのか。


 校内をふらついてみるが、何もなく、暇すぎる。

 しょがないので、自販機でジュースを買い教室に戻る。


 動画アプリを開き、ボンヤリと眺めていたら昼休みが終わる。


 英語を乗り切れば、次は体育。

 運動が得意な訳じゃないけど、勉強よりはましだ。


 こんなんで来年の受験とか大丈夫なんだろうか。

 英語の先生はハキハキした声の女性教師。


 英語はどちらかと言うと好きな教科かもしれない。

 文法が分からんくても単語を知っていればなんとかなる場面は多い。


 だから頑張って単語だけ覚えていたら文法を覚える余裕が出てきた。スピーキングは何言ってんだか分からん。


 肩を叩かれて横を見ると、隣の席の女子が教科書を忘れたので見せてほしいと言ってきた。

 机を付け、教科書を見やすいように開く。


 ……近い。

 なんかいい匂いするし、呼吸が辛い。

 あとなんだろ、妙に視線を感じる。


 英語の授業中、生きた心地がしなかった。


 体育の授業は、ダンスか剣道、卓球の三択で、俺は卓球を選んでいた。

 卓球は中学の時にやっていたので、割と自信があった。


 なんで同じクラスに全国区がいんだよ。

 いや別にクラスの中で無双しようとか全然考えてなかったし? 中学のときに県行ける俺なら周りの奴ら余裕っしょとか思ってなかったし?


 ま、まあ、今は帰宅部だし。負けたところでガチ勢に敵う訳ないってのは知っているけど。


 毎回ソイツの相手させられるのがなぁ。

 経験者が俺以外にいないからってさ。そりゃ上手い奴の空いてなんか誰もしたくないだろうよ。


「なんで卓球部来なかったの? 確か、去年も帰宅部だったよね」

「え、いや、まあ、大した理由はないよ。部活はもういいかなって」

「そっか、なんかもったいないな。俺、君のこと知ってんだよね。県で見かけたから」


 そうなのか。

 なんかちょっと恥ずいな。


「中三のとき、君の相手が全国区のやつだったからマークしてて、そん時の相手が君だったから」

「……ああ」


 なんだ、そういうことか。

 嫌な事思い出させやがって。

 強めにサーブを打つ。割といい軌道を描き、あっさりと撃ち返された。

 何度かの応酬の後、逆をつかれて相手のポイントになった。


 これで9-0。

 あと2点で俺の負けだし、そうなると晴れて15連敗となる。


「今からでも卓球やらん? 今のサーブだってめっちゃキレてたぜ」

「簡単に打ち返しといてそれはないだろ」

「いやいや、マジだって。なんなら俺これまで一戦も全然気ぃ抜いてないから? ガチでやってたんよ」


 お世辞もうまいことで。

 卓球の授業はあと何回あったっけ。

 あと何度、コイツの相手をしなければならないのだろう。


「……あの時は、惜しかったよな。全国区の奴との試合全部見てたんだけどさ。まったく無名の奴が喰らいついてんの予想外過ぎてびっくりしたもん」


 封じ込めていた記憶がよみがえってくる。

 最初のゲーム、俺は波に乗っていた。

 かなり実力を付けたつもりでいて、全国にだって行けると思っていた。


 けど、次のゲームから容赦はなかった。

 通用していたことが通用せず、小手先の技術も、死ぬ気で取りに行ったポイントも奪えずに、心を根元からへし折られるような形で俺の中学最後の夏が終わった。


 後になって、実は自分が遊ばれていたことを知り、余計に辛くなった。

 最初のゲームすら、嘘だった。


 どれだけ努力したところで、報われないことを俺は知っている。

 目の前のこいつはそんなこと知らないかのように幸せそうな顔で俺を卓球部に誘ってくる。


「もう、2年だぜ。遅いだろ」

「いやいや、2年たって、5月だぜ? 全然まだいけるっしょ!」


 うるせえよ。

 そんな攻撃の塊みたいな言葉を飲み込み、俺は構えた。

 ソイツも真剣な表情を作り、深く構える。


 俺は、酷く雑なサーブを打ち、打ち返された球を追いかけもせずに見過ごした。





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