第6話 本体(?)

「もう帰るのか?」

「そりゃ、帰宅部なんで」


 不満顔の卓球野郎に呼び止められ、俺も精一杯の嫌な表情を顔面に塗りたくる。


「覗いてかない?」

「覗きは犯罪だよ」

「ちっげぇよ。卓球部だわ」

「生憎暇じゃない」

「帰宅部が何言ってんだ。塾もバイトも言ってないだろ」

「なんでお前がそんなこと知ってんだよ」

「お前の成績がそこそこなのと、うちの学校バイト原則禁止だし」


 いや、成績を教えたこともねえんだけど。気味悪いなコイツ。

 教室のドアを塞ぐようにたつソイツの横をすり抜け、俺は玄関に向かう階段に歩いていった。


 勧誘なら去年来いよ。そしたら言ってやったのに「一昨日きやがれ」って。


「頼むよ。もう一人強い奴が必要なんだ」

「なおさら俺に頼むなよ。勘弁してくれ、俺はもう、誰かのオモチャにされんのは二度とごめんだ」

「オモチャ……? からかってなんかねえよ」

「……」


 もう話したくも無くて、俺は無言でソイツから離れることにした。

 ソイツは追いかけてくることはなくて、「そんなもんか」って、毒づきそうになった。


「授業は最後トーナメント制だ! そこで俺に勝ったら諦めてやる! 負けたら入部しろよ!」


 違った。

 振り返ると叫んだやつの姿はなかった。

 言うだけ言って逃げやがった。

 勝ったら、って、ムリに決まってんだろ。なにがなんでも入れる気じゃねえか。


 野球部、サッカー部、テニス部、吹奏楽部……。

 部活の喧騒から逃げるように校外に出る。


 まっすぐ家に帰りたくなくて、何処かで時間をつぶそうと思い、普段行かない方向にチャリのハンドルを切った。


 古本屋にでも行こうか。それともゲーセンか。図書館なんていう手もある。

 なんでもいい。いっそのこと、ただブラブラするのも良いな。


 どうしようか悩んでいると。肩を叩かれ、振り返る。

 クラスで隣の席の女子だった。


「なにしてんの?」

「え、いや。何処行こかなって」

「え、どっか遊びに行くん? 私も付いてって良い?」


 なぜに。

 この人、俺のこと好きなんか。やめろ、童貞は女子にあいさつされただけで好きになっちまうんだぞ。


 押し切られるような形で、彼女は俺に付いてくることになった。というか、俺が彼女についていくことにした。


 2人とも自転車通学だったので、彼女の先導で遊べる場所に向かって行く。

 向かった先はショッピングモールだった。


 田舎のカップル御用達の場所じゃねえか。

 嘘だろ、一人で映画を見に来るときぐらいしか来たことねえぞ。場違い感が凄すぎる。


「何処見てまわろっか。なんか買いたいものとかある?」

「い、いや、特にないかな」


 何かあるのかと聞き返すと、「私も無い!」と潔い返事をもらった。

 何でここに来たんだ。


「んー、暇なときはね、こういうところを友達とふらつくんだ。意外と楽しいよ」

「そうなんだ」


 陽キャ女子ってすげえな。

 単純に、こういうところを周れる友達がいるのが少し羨ましい。


 1年の時は、俺も友達作りを頑張っていた気がする。

 でも、そのうち馴染めなくなっていった。

 クラスで喋れる程度に仲良くしてればいいかと自然と思うようになった。


「君ってさ、今日は珍しく遅刻気味だったけど、なんでいつも朝早く学校に来てるの?」

「皆勤賞が欲しかったから」


 男性用の服屋を覗いている途中で質問され、俺は反射的に答えていた。

 それ以外にも、中学の朝練の癖とか、朝の目覚めが基本良いからとか理由はあったけど、一番の理由は皆勤賞だ。


「あはは! あんまいなくない? ほんとにいるんだ皆勤賞目指してる人!」

「そうかな」

「そうだよ。……あ、これとか似合いそう。ちょっとこっち向いて見て」


 なんで俺の服見繕ってんすか。やめてください、告白しそうになったじゃないですか。

 顔が熱くなるのを感じて俯いたら丁度視線が彼女とかちあってしまった。

 余計に恥ずかしくなってしまい、目を何処にやればいいのか分からなくなる。


「卓球やってたの?」

「え?」

「ごめん、教室で話してたの聞こえてたから」

「ああ……」


 彼女が服を戻し、服屋を出る。

 小腹がすいたねといって、おすすめらしいクレープ屋に連れていかれる。


「私、体育の選択ダンスだっから、君が卓球なの知らなかった。もしかして、上手なのかな?」

「いや、ぜんぜん」

「うっそだぁ。じゃなきゃ、あんな強い人が誘う訳ないじゃん」


 傍から見れば、そういう事になるのでなにも言い返せなかった。


 クレープを食べてから、小物を見たり、映画館に入って雰囲気だけ味わったりゲーセンで少し遊んだりして彼女と別れた。


 別れ際に、


「今度、一緒に映画見に行こうね! あ、あと卓球してるの、見に行っても良いかな?」

「映画は良いけど、卓球は勘弁して」

「分かった! 両方するね!」


 と元気いっぱいに言いながら、彼女は自転車を漕いで俺の帰路とは反対方向に向かって行った。


 時間を確認すると、既に7時を超えていた。

 一応親には連絡してあったので心配をかけてはいないだろうが、これ以上遅くなれない。


 駅に着いたとき、俺はあり得ない者を目にした。


 それは俺だった。

 数十m先に、違う服を着てはいるが、同じ髪型で、同じ顔の俺が、スマホを片手に立っている。


 そして、そいつと目が合った。

 そして気付いた。


 俺がドッペルゲンガーだったってことに。


「……仕方ない、かぁ。……卓球の事は、任せたわ」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る