第9話 体

 授業中も延々と考えているうちに、俺はある可能性に気付いた。

『ドッペルゲンガー症』だ。


 ありえないけど、一番あり得る。

 すぐに検索すると、自覚症状が当日の朝に俺に起きたことと共通していた。


 前触れもなく気持ちが悪くなって、すぐに収まる。これだ。


 俺はどうやら、ドッペルゲンガーに登校させていたらしい。

 しかもただ学校生活を送るならまだしも戸成さんと遊びに行っただと。なにその羨ましい状況。


 でもまあ、良かった。なりすましとかじゃなさそうだ。

 問題は、昨日のここでの俺を知らない俺がどうやって周りの人間あの3人と話を合わせるかだ。


「ねぇ、あの約束は覚えてるよね」

「ええと」


 休み時間に、さっそく戸成さんからきた。

 約束の内容なんて知らないので、はぐらかすことにする。


「……なんか奢ります?」

「え? いいの? じゃあ映画のチケット代奢ってもらおうかな」

「え?」

「うそうそ。さすがにそれはしないよ。飲み物でも奢ってもらおうかなー」


 映画を一緒に見る約束をしたのか。

 こっちから言い出したことなので素直に頷いておいた。


 会社員のお姉さんとも会う約束をしていたのを思い出す。

 日付を確認すると、今週の土曜日だった。


「あの、映画を見に行く日っていつ?」

「決めてなかった。そうだねー、土曜日とか、どう?」

「あー、土曜日はちょっと予定があって」

「そう、じゃあ日曜日でいいや!」


 記憶が無いことを取り繕うのに必死で、自分が同級生の女子と休日遊びに出かけるという事実に彼女が離れていったあとになって衝撃がはしった。


 どうしよう、どんな服を着て行けばいいんだ。それにどんな会話をすればいいのかも分からない。

 想像したことも無かった世界に突然足を踏み入れてしまった。


「来週から、卓球はトーナメントになる。分かってるよな石森。そこで俺と当たって負けたら卓球部に入れよ」

「いやだ。だいたい理不尽過ぎる。中学で県大会初戦敗退の俺が高校で全国区の君に勝てるわけないじゃないか」

「なあ頼むよぉ。先輩が辞めちゃって部員がマジで足りねえんだよ」

「やっぱり勝てないの分かってて勝負挑んでるじゃないか」

「んー、分かった! 確かオマエ今まで俺から5点以上取ったことないよな? その試合で俺から1ゲーム5点以上とったら諦めてやる」


 殆ど1ゲームとれって言ってるようなもんじゃん。

 卓球の授業中、俺と卓球野郎もとい拓馬との言い合いは平行線をたどっていった。


 卓球が苦手になった原因を言い訳にするわけじゃないけど、今から始めるには随分期間が空いてしまったし、今更な気がして俺は頷くことができなかった。


 そういえば、昨日誰かに卓球のことを言われたのを思い出す。

 確か、卓球の事を任せるって。それから、


『もっかいがんばれよ、石森慎吾』


 そうだ、あの声は、俺だ。

 そうか、このことを君は言っていたのか。


 △▼△


 此処から先は、俺一人の人生でもう2人に分かれることはない。

 前田となんとなく喋ったり、戸成さんと遊びに行ったり、拓馬と卓球の試合をしたりするだろうけど、それをこの記録のなかで書く必要はない。

 もちろん、お姉さんとの話も。


 どんな選択をしたか。

 俺のドッペルゲンガーは、どうやら鍵を取りに行かなかった俺らしい。

 それだけ。





                             記録1 石森慎吾







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ドッペルゲンガー症 記録(第一章完) ヨートロー @naoki0119

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