勝負靴(赤い靴10)
源公子
第1話
「完璧よ」マリリンは、いつものベッド・アイズで鏡の中の自分をチェックする。
「誰も、ノーマ・ジーンのままじゃ愛してくれない。男はみんなブロンドが好き。ぷっくりした唇で、ウェディングケーキの上の花嫁人形みたいな女がいいの。だけど私の髪はブルネット、唇だって薄い。だから髪を脱色して、濡れてぽってりした唇にするため、グロスを三重に塗った。みんなが望む通りの『頭の悪いキュートなブロンド女』の役を、完璧に作あげたわ」マリリンは愛おしげに、履いていた赤いピンヒールの靴を撫でる。
「私がここまで来れたのはあんたのおかげよ。初めて自分で稼いだお給料で買った、赤いハイヒール。私に勇気をくれる勝負靴。いい靴は、履く人を素敵な所へ連れてってくれるって言うわ。これを履けばどこへだって行ける、何だってなれる気がした」
マリリンは赤い靴の踵を合わせてカツンと鳴らす。
「あんたを履いて『ラブ・ハッピー』のオーディションを受けた時、ヒールのトップリストが取れちゃって、そのまま演技したら、監督が気にいってくれた。『良い尻の振り方だ』って。それを見たハリウッドのスーパーエージェントの、ジョニー・ハイドが気にいってくれて、彼は私に20世紀フォックスとの7年契約と言うプレゼントをくれたの。『イブの総て』の娼婦ホリーは私の当たり役、ただの端役にファンレターが三千通も来たのよ。
なのに社長のダリル・ナザックったら、私にろくな仕事をくれないの。でも私は負けない。必ずナザックを動かしてみせる」
マリリンは靴の踵を、カツンともう一度合わせる。
「今日はマスコミにむけに写真を撮影するから、プレスの人間がたくさん来るわ。私をアピールするチャンス! これは賭けなの、そして私は勝つわ。大好きな『虹の彼方に』を歌いながら歩くの。
『オズの魔法使い』のドロシーは、銀の靴を履いていたけれど、私の勝負靴は赤。踵を3回合わせてドロシーのように願いを唱える」
カツンと三度目の踵が鳴る。
「マリリン・モンロー、あなたはスターになるのよ!」
衣装室で、体にまとわりつくような赤いネグリジェに着替え、マリリンは撮影スタジオまでの六ブロックの道を一人でパレードを始めた。マリリンは歌う。
――どこか虹の彼方の空高くに、夢の国があると子守唄で聞いたの――
「大変だぁ、マリリンがネグリジェで歩いてるぞ!」スタジオのメッセンジャーボーイ達が見つけて騒ぎ出した。彼らは自転車で、スタジオ中に知らせて回る。
――この虹の向こうの空は青く、そこで信じた夢は全て叶えられるの――
あっという間にスタジオは、歓声をあげる見物人でいっぱいになった。
――いつか星にお祈りした日、目が覚めると雲は遥か彼方に去り、悩みはレモンの雫になって溶ける――マリリンは歩き続ける。
みんな、窓から乗り出すように見ていた。ヒューヒューと口笛が飛び交う。「いいぞセクシー爆弾」「もっとお尻振って」「僕の天使!」
無邪気であっけらかんとしたマリリンは、にっこりしながら誰彼構わず手を振り続けた。
――幸せを運ぶ青い鳥が虹を越えて飛んでいく。きっとできるわよね――
空に向けマリリンは両手を広げる。
――自分を超えることが私にも!――
割れんばかりの大歓声の中、マリリンは撮影スタジオの中に入っていった。
まるで凱旋パレードのようだったと、その時のことを、スタジオ幹部の1人は振り返る。
雑誌に掲載された写真は大好評で、「1951年ミス・ピンナップ」に選ばれ、ライフ・ルックにも掲載。コリアーでは「ハリウッド1951年モデル・ブロンド」に選ばれた。
ここに至り、ついに社長のナダックも動いた。マリリンの出演料アップし、もっと彼女を出演させるよう指令を出す。彼女は賭けに勝ったのだ。
マリリン初の主演映画「ナイアガラ」の中で、マリリンの歩いたワンショットは116歩。異例の長さである。片方のヒールを4分の1インチ・カットし、わざとバランスを崩してお尻を通常より大きく左右に振って、セクシーに見せる歩き方「モンローウォーク」により、マリリンはスターダムに駆け上がる。ファンレターは、週に五千通に達した。
同年6月26日。ハリウッド通り、チャイニーズ・シアターの正面歩道に残した、マリリンの両手と靴の型。その靴の右のヒールは、左より深くくっきりと窪んでいた。
――ふさわしい靴を与えれば、女の子は世界を征服することだってできる――
Byマリリン・モンロー
*参考文献「究極のマリリン・モンロー」ソフトバンククリエイティブ2006年
公募ガイド/小説でもどうぞ2021年12月 投稿(お題・賭け)
【後書き】
お気に入りの“赤い靴シリーズ”ラストを飾る予定のマリリンネタだったのに、またもや締め切りのために5ページに。書きたいエピソード沢山あったのに、悔しい。(涙)
私が「悲しい成功者」と呼ぶ人間がいます。マリリン・モンローとコナン・ドイルです。
モンローは女優になるために、あらゆる努力の末、「馬鹿でキュートなブロンド娘」とゆうキャラクターを、完璧に演じてスターへと上り詰めます。けれども彼女の本当になりたかった女優は「演技派女優」であり、マリリンはなりふり構わずそのための努力を続けますが、世間はマリリンに「馬鹿なブロンド」以外になることを許さず、夢叶うことなく36歳で死亡。(*注)“虹の彼方に”は、彼女の葬儀で流れた彼女の大好きな曲でした。地位も名声も得て、成功者と持て囃されながら、なりたい本当の自分になることを許されず、失意の中死んでいった、悲しい女性。一見何の関わりもない(でも、どちらも私の大好きな)ミステリー作家のドイルと、アメリカのセックス・シンボル、モンロー。ドイルもまた、スコットの「アイバンホー」のような歴史小説家を夢見で書き続けましたが、誰にも認めてもらえませんでした。彼の本質は短編作家であり、長編には向いていなかったのです。“なりたい自分が、自分に向いているとは限らない”世界的名声の中、二人の人生は幸せだったのでしょうか?
「なまじ成功などしなければ」と思ってしまう私です。
人生と言う時間を削って、好きでもないことを必死にやって、お金をいただくのが「仕事」と言うもの何でございますけれど。
マリリンは1960年「お熱いのがお好き」で、「ゴールデンブルーグローブ賞/主演女優賞」を受賞しています。私個人としては「百万長者と結婚する方法」のメガネをかけた女の子役が一番好きです。
(*注)モンローの検死解剖をしたのは日本人“トーマス野口”(本名、野口恒富・ツネトミから、トミーとなり、通り名がトーマスになりました)ロバート・ケネディの検死も彼です。カリフォルニア州の主任検死官を務めた人で、アメリカの司法解剖システムの確立に寄与しました。(テレビドラマ“Dr.刑事クインシー”のモデル)1999年端宝章受与。
モンローは本当に自殺か、あるいは殺されたのか?トーマス野口の3時間をかけた誠実な仕事にもかかわらず、結果は「不明」。DNA鑑定さえ確立していなかった時代、今の科学技術で検査できていればと、悔やまれます。
勝負靴(赤い靴10) 源公子 @kim-heki13
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