28-03 エピローグ
かけはしの後は恒例、ドーナツランチだ。
十月ということで店内にはハロウィンをイメージしたドーナツがたくさん並び、全部食べたい優芽は自分に胃袋がひとつしかないことを盛大に嘆いた。
「お持ち帰りにして、明日の朝にでも食べたら?」
「ダメ! さすがにそれは太る!ただでさえこれから脂肪のつきやすい季節なのに!」
なら、胃袋がひとつしかなくて逆に良かったではないか。
とは、紬希はツッコまない。
もちろん、ヘッブを使えばいい、とも言わない。
「……じゃあ私もハロウィンのにするから、半分こしようよ」
優芽が目を見開いた。
「つ、紬希様~!」
机の上にはかつてないほどゴテゴテしたドーナツばかりが並んだ。
「今日のかけはしはビックリしたね」
「うん。フラッシュバックってやつかな。私も過去の失敗とかを急に思い出して、自己嫌悪みたいになることはあるけど……きっとそれとは別物なんだろうね」
ドーナツにパクついていた優芽は、紬希の言ったことを咀嚼するように視線を泳がせた。
ドーナツを食べ終えた後はテーブルの中央にスマホを置いて、モルモル会議だ。
いつもと違い、スマホの上にはシロクマのぬいぐるみがぽんとのせられた。
頭部のみ、しかも綿の入っていないそれがくたりと置かれているのは、どう見ても異様だった。
でも、十代の女の子とはそんなものだ。
周りは誰も気にとめなかった。
たまに目を止める客がいても、二人の間だけで通じる何かなのだろうと勝手に解釈されるだけだった。
モルモルは現在も目の経過観察中だ。
ゲル化した茶色い液体におおわれ、無残な傷痕となってしまったモルモルの左目は、本人いわく、放っておけば直に再生するらしい。
ただ、ぬいぐるみをかぶっていると、再生の過程で繊維を巻き込み、ぬいぐるみと目がくっついてしまうことが危惧された。
だからモルモルは、目が元通りになるまでの間、ぬいぐるみをかぶらず素の顔のまま過ごしている。
モルモルのかぶっていたぬいぐるみがモルモルとは個別に存在でき、洗濯までできてしまうというのは二人には衝撃的だった。
考えてみれば、ぬいぐるみの頭は先代がモルモルに与えたもので、ヒトが製造したものに違いない。
それがさも当たり前のようにモルモルと共に消えたりすり抜けたりしていたことの方が実は衝撃的なのだ。
「もうあたしたち気にしないし、目が治っても素の顔のままでいいんじゃない?」
モルモルのやさしい話し方の習得状況は相変わらずだ。
優芽は早々に諦めて、顔のことへと話題を変えた。
「いや、完全に治ったらまたぬいぐるみをかぶるつもりだ。ムーの素の顔をヒトは怖がる。優芽と紬希は良くても、この先紬希以外のドナドナーに会わないとも限らない。生存率を上げるためには、排除できるリスクは排除しておくべきだ」
この生物はとことん生きることに貪欲で、それを目の当たりにするたび、二人は圧倒される。
ヒトは生きたいという気持ちをあまり意識しない。
無自覚なまま、その上に嬉しいとか悲しいとかいう気持ちをのせている。
だから、モルモルがなぜこんなにも生に執着するのか、二人には謎に思えた。
ただただ生き続けることだけに意識を向けているその様は、とてつもないパワーの塊のようにも思えた。
だが、それはヒトの理屈で、モルモルにはモルモルの理屈があって、本能で動いている。
ヒトにはヒトの習性があり、時にそれに翻弄されながら生きているように。
ドリームランドにとじ込もってしまったとき、優芽と紬希は、あのままこの世から消えてしまっても良かった。
たまたま、もうちょっと頑張ってみてもいいかな、と思えただけだ。
彼女たちはまた何度でも同じことで悩むし、苦しむだろう。
でも、「本当の自分」を知っていて、否定しないでいてくれる、信頼できる理解者がいることは、解決にはならないが心強い。
彼女たちにできるのは、自分の中の理想と現実とを少しずつ調整していくことだけだ。
それをヒトは成長とか挫折とか呼んで、自分だけの物語をつくっていくのだろう。
「さて、そろそろしゃぼん玉しに行こっか!」
「冬になる前に、また別の方法も考えないとね」
二人は荷物をまとめて、立ち上がった。
しゃぼん玉の後はデパ地下に出陣だ。
この時期ならば、カボチャやサツマイモ、栗なんかの新商品が並んでいるかもしれない。
食欲、物欲、進路希望。
なりたい自分。
叶えたい夢は今も、これからも次々わいてきて、尽きることはない。
そんなふうにずっと続く繰り返しの中を、二人は時に生まれ変わりを切望しながら、これからも懸命に生きていく。
---
完
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永劫輪転ドリームランド きみどり @kimid0r1
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