28-02 エピローグ
優芽は九月末、町内の老人会の面々にまじって清掃活動を行なった。
ひとりで参加し、魔法少女にも変身せず、高齢者たちとの消えない関わりをやっと持つことができた。
こんな若者が活動に参加するのは前代未聞だったらしい。
お年寄りたちはにわかに活気づき、とにかく喜んだ。
参加者の顔と名前をすぐに一致させ、テキパキと作業する優芽のことを、お年寄りたちは「やっぱり若いと覚えるのが早い」、「元気だね」と盛んに褒めた。
顔と名前を覚えるのが早かったのは、魔法少女活動の間にすでに知っていた人も多かったからだが、褒められるというのはやはり気持ちが良い。
優芽は嬉しくなって、さらに張り切って動き回った。
「若い人からは元気をもらえるねぇ」
「ユメちゃん、手握らせてもらっていい? あ~、ありがと、ありがと!」
「わたしも若い力をもらっとこうかねえ!」
おばあさんたちは明るくそう言って、代わる代わる優芽の手を握りに来た。
優芽自身はただの女の子なのに、まるでご
優芽はそんなふうにハシャぐおばあさんたちひとりひとりの握手に応じた。
自分の手を握るだけでそんなにも喜んでくれるのなら、いくらでも握手してあげようと思った。
過ごしやすい季節になって、また公園を荒らすバイクの若者たちがやって来るかもしれない。
清掃しながら、お年寄りたちがそんなことを話しているのを小耳に挟んだ。
そうしたらまた、登校前に公園の掃除に来よう。
優芽はすぐにそう決めた。
ただし、変身はせず、適度な範囲でだ。
お年寄りたちとはもう知り合いで、正体を隠そうとは思わない。
掃除だって自分ひとりで何とかしようとせず、みんなで協力して終わらせればいい。
紬希に声をかけてみようか。
クラスの仲良したちも誘ってみようか。
田沼に言って、学校で取り上げてもらうのも良いかもしれない。
空っぽなヒトたちが、自分には「何か」があるのだと。
他人に迷惑をかけることで、それを示そうとするのがたまらなく嫌だった。
自分はせめて悪い方ではなくて、良い方に向かってもがこう。
意識的にそう思って優芽が動いていたかは定かではない。
ただ、今の優芽は自分の問題ではなく、地域の問題としてバイクの若者たちを見ている。
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優芽と紬希はひたすら牛乳パックを切り開いていた。
ハサミさえ扱えれば、誰にでもできる作業。
しかし、誰かがやらなければならない作業だ。
「すごい! 二人とも作業が早いね。いつも本当に助かってます。ありがとう」
隣の部屋から子どもたちと一緒に戻ってきた須藤が、二人の進捗に感嘆の声をあげた。
二人がこの作業をしてくれるから、かけはしのスタッフはその分子どもたちに集中できる。
須藤の二人に対する感謝は、二人が思っているよりもずっと深い。
そのとき、急に部屋のすみで甲高い声があがった。
反射的に三人が振り向くと、そこにはただならぬ様子の女の子が立っていた。
自分の髪の毛を引っ張りながら、次から次へとわめくように言葉を発している。
よくよく聞くと、早送りみたいに叫んでいるのは「ヤメナサイ!」とか「言ッタデショ!」とかいうヒステリックな叱責だった。
すかさずスタッフがその子に近寄り、周りに置いてあった物をそっと遠ざけた。
優芽と紬希は初めての事態に唖然とした。
ボランティアに通うたびに、あの子のことは見かけていた。
でもこんな姿を見るのは初めてだ。
「あの……あの子、どうしたんですか?」
何が起きたのかまったくわからず、優芽の口からは自然と困惑がこぼれた。
戸惑っているのは紬希も同じだ。
強い不安を向けられ、須藤は女の子から二人へ視線を戻すと、大丈夫だよというように微笑んで見せた。
「過去にあったイヤだった出来事を思い出しちゃったみたい。忘れられたら本人も楽なのかもしれないけど……イヤな記憶っていつまでも消えないから」
「止めなくていいんですか?」
紬希が心配そうに女の子を見た。
女の子は今にも自分の髪の毛をむしり取ってしまいそうだ。
須藤は静かに首を振った。
「かえって本人を混乱させちゃうから。私たちにできるのは見守ることと、本人と周りの安全を確保することくらいだよ」
そう言って女の子を見つめる須藤からは複雑な心境がうかがえた。
本当は今すぐに本人からつらさを取り除いて、安心させてあげたいが、それをするのは不可能だ。
彼女は自分の中にある感情論的な衝動を抑え、じんわりとした無力感を噛みしめていた。
「過去はどうすることもできないけど……その分、かけはしでいっぱい楽しい経験をしてくれたらいいな」
須藤は自分の願いを口にして、複雑そうな表情のまま、小さく笑みを浮かべた。
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