RUSHhour

安崎依代@『比翼は連理を望まない』発売!

 本日の天気は晴天、若干薄曇り。


 風、ほぼなし。


「最っ高のランニング日和だな」


 視界を遮る物なんて何もない超高層ビルの屋上に立った俺は、周囲から一段高くなったヘリに片足を掛けながらインカムの向こうに話しかけた。


『ぬかんじゃねぇぞ』


 向こうから返ってきた声は、今日の天気に似つかわしくないくらい機嫌が悪い。バックから入るプロペラの爆音と合わせて聴き取り辛さマックスだ。


「誰に対して物言ってんだ」


 だから俺は、その分までこの天気に似つかわしい爽やかさで言葉を紡ぐ。


「このRabbit様の辞書に『ぬかる』なんて言葉は載ってねぇんだよ」

『ハッ!!』


 その瞬間、俺の耳朶を微かなプロペラ音がくすぐった。インカムから聞こえてくる音ではなく、ちゃんと空気が振動して伝わってくる生音だ。


 同時に、美しい空を無粋に切り取る機体が俺の視界に入り始める。


『その言葉が今回も嘘にならねぇことを祈っててやるよ』


 チラチラと微かに見える程度だった機体はあっという間にこちらへ突っ込んできた。インカムから響くノイズと俺の耳が直接拾う音がまたたく間にシンクロする。


「サンキュ」


 蔑みにも似た手向けの言葉に一応礼を返す。その瞬間、俺の頭上を横切ったヘリから投げ落とされた小箱は見事に俺の手の中に納まっていた。同時に、俺の背後にある扉がけたたましく開いて私服制服入り乱れた大人数の警察がなだれ込んでくる。


「やっぱり受け渡し場所はここだったか!!」

「三班は引き続きHawkを追跡しろっ!!」

「強盗団『RUSH』のRabbit!! 今日こそお縄だっ!!」


 あーあーあー、たった数秒で屋上は人、人、人。無粋だねぇ。何より、そのセリフが無粋すぎる。


「やれるもんならやってみな」


 俺は手にした小箱を見せつけるようにヒラヒラ振りながら、空を背にするように屋上の縁に立った。


「ウサギの逃げ足は、今日もチョー冴えてるからよ」


 そしてそのまま、大空にダイブするかのように背中から後ろへ倒れ込む。もちろん、当然のこととして俺の体は屋上を離れて落ちていく。


 だがそのことに慌てる人間はここにはいない。向こうにも、こちらにも。


「第一陣、展開」


 俺は自分の足元に指先を向けてパチンッと一回指を鳴らした。その瞬間ブワリと俺の足先に光が渦巻き、あっという間に魔法陣が描き出される。


 俺はその魔法陣に向かって手をかざすと笑みとともに叫んだ。


「起動!」


 起動ワードに従い、魔法陣が発動。空中に足場が形作られると同時に高強度で発生した斥力が俺の体を弾き上げ、俺の体は落下の重力から解き放たれる。


「第二陣、展開」


 落下方向を直角に変えた俺は向かいにあるビルの屋上に向かって跳びながら自分の背後へ腕を振る。一瞬見えた背後には俺を追って屋上から飛び降りてきた魔法特殊警察部隊、通称『Frogman』の姿があった。


「起動!」


 今度発動した魔法陣はそんなFrogman達の前に壁を作るかのように展開された。俺の後を追うように空中で跳ねた彼らはクモの巣にかかった蝶のように魔法陣に絡め取られる。


「クソッ!!」

「どうなってやがるっ!!」


 怒声を上げる彼らを尻目に俺は目的としていたビルに降り立った。着地と同時に転がり衝撃を殺すとともに、回転の勢いを乗せてそのまま疾走開始。密集するビルの向こうの屋上を目指して再び宙へ躍り出す。


 パルクールに魔法を応用させて街の上を疾走する俺の姿は、傍目からはビルという草むらの中を走るウサギに見えるらしい。


「ヒャッホーゥ!!」


 巨大な街を舞台にした、ウサギ肉食獣警察の追いかけっこ。


 そこに恐怖はない。しくじれば捕まることにも、走りそびれればはるか眼下の地面に叩き付けられて死んでしまうことにも。


 空を飛ぶように高所を駆け回る俺にあるのは、ただただひたすら爽快な興奮だけだった。


『Rabbit、次の屋上への着地の前に、獲物ターゲットをSharkへバトンパスしてください』


 不意にインカムに合成音による指示が入った。俺達の参謀であるUniからの連絡だ。残念ながら、今回のランニングはここでおしまいらしい。


「オーライ!」


 俺は軽やかに最後の屋上を踏み切る。


 最初にいたビルからかなり高度は下がっていて、俺が跳んだ真下には巨大な運河が流れていた。その中にキラリと光る合図を見つけた俺は手に握っていた小箱を合図に向かって投げ渡す。あやまたず合図に向かって飛んだ小箱は水中から伸びた手に受け止められた。それを確かめた俺は足元に魔法陣を起動。高く跳ね上がり、運河の向こうにあるビルの屋上に転がり込むように着地する。


『光学迷彩陣を起動します。しばらく動かないでください』


 インカムから指示が飛び、ビルの壁面を境界にして空気がグニャリと歪む。その瞬間俺の存在を見失ったのか、俺を追いかけていたFrogman達の動きが目に見えて鈍った。


「ヒューッ、さっすが。Uni様の魔法は鉄壁だぜ」


『RUSH』。それは今、世間を騒がせている神出鬼没な盗賊団の名前。


 大部分が謎に包まれている俺達だけど、構成メンバーだけは世間様に知られている。


 まず俺、『走り屋』Rabbit。地面でも空中でも水上でも跳ねて走る、文字通りの『走り屋Runner』。主にSharkとHawkの繋ぎや、警察の撹乱のために俺は走る。


 次に『参謀』Unicorn。『見つけられない』ことから幻獣の名を冠されている、作戦立案及びメンバーのサポートを担う知能犯。俺達のナビや援護の魔法陣もUniが展開している。本人のことは俺も詳しくは知らないけれど、強力な魔法使いであることに間違いはない。


『水神』Shark。本人の水泳能力もさることながら、船から潜水艦、果ては建物に張り巡らされた水道まで、とにかく『水が流れる場所』を自領域とし操ることができる水系チート。獲物ターゲットを建物内から水道を利用して外に持ち出すという荒業が使えるから盗みの現場に配置されることも多いし、逆に潜水能力を利用して追手を振り切るためにラストに配備されることもある。


 最後に『空運屋』Hawk。紙飛行機から戦闘機まで、空を飛ぶ物なら何でも扱って荷物を運ぶ空の覇者。派手な演出で警察の耳目を引くことも得意としている。


 俺達はそれぞれ陸・空・水の間で獲物ターゲットを目まぐるしくバトンパスしていくことで警察の追っ手をかわし、煙に撒く形で逃げを打つ。まぁとにかく警察と俺達の追いかけっこは回を追うごとに派手になっていて、近頃じゃ中継用の緊急特番なんかが組まれちゃったりするらしい。


 いつの間にかその特番に付けられた名前は『RUSHhour』。俺達がこの町を掻き回してメッチャクチャにする時間。俺達が走り回って、飛び回って、泳ぎ回る、お祭りの時間。


 ……派手さを押さえてコソコソやれば、逃げ回る必要性も、警察に捕まる危険性も低くなんじゃないか? って?


 ノンノンノン、チッチッチ。


 そんなんじゃ、面白くもなんともないだろ?


『Rabbit、Sharkに回された警察がしつこいようです。もうひとっ走りできますか?』


 俺が潜んだビルの向かいに設置された巨大モニターには、まさしく俺達の追いかけっこの中継が流されていた。


 その画面に『今回は『RUSH』がまさかの劣勢か!?』なんて面白おかしく煽り文が躍った瞬間、インカムからUniの声が飛ぶ。


「おーおー、もうひとっ走りでもふたっ走りでもヨユーヨユー!」

『ではポイントB-12へ。そこでSharkからの受け渡しを行ってください』

「はいよ!」


 立ち上がり、グッグッと屈伸運動。トントンッとその場で軽くジャンプしてから、俺は指示された場所を目指して屋上を走る。


『RUSHhour』、俺達が躍動する時間。


 俺達が世界の全てをかっさらう時間。


 鬼さんが尽かれてクタクタに座り込むまで、俺の走りは止まらない。



【END】



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