盂蘭盆会コンビニ夜行

目々

夜にさ迷う有象無象

 あのさ、それ吸い終わったらさ、塩買っといた方がいいと思うぞ。ここのコンビニ奥の方にさ、袋入りのやつがあるから。余裕あったらワンカップもつけるといいと思う。塩と酒って定番じゃん。

 いやいやいや違うんだよ。因縁つけてるとかじゃなくてさ、何だろうな、たまたま目についたからちょっと気になったっていうかさ。ナンパでもないのよ当たり前だけど。


 だってさ、こどもの家に行くんだろ?


 あ、違う違う。そんな距離取んないで。その、宗教とかでもないから安心してよ。ないよ予知能力とか。そんなんあったらこんな夜中にコンビニ前で煙草セッタ吸ってたりしないから。葉巻とか吸ってんじゃないかなそういうやつは。そんなことできたらもっと上手くやれてたと思うんだよね俺──


 うん。お喋りなんだよね俺。ついいらんことばっかり喋ってさ、大事なことを誰にも聞いてもらえないから……とりあえず話聞いてくんね? お友達まだ戻ってこないみたいだしさ。車止めるなり走って店内突っ込んでったけど、腹ん具合でも悪いんならまだかかるだろ。戻ってきたら逃げてもいいからさ。傷つくけど。俺が。


 まずね、何で分かったかっていうと半分は勘だよ。お盆終盤の真夜中に男二人でコンビニ来るようなのはさ、本物マジモンのヤバい人か暇な若者かのどっちかじゃん。で、君たちはほら、どう見ても後部座席におっきい荷物を載せてるようなタイプには見えなかったからね。大学生とかでしょその恰好。梵字ジャージとか黒ジャージとか、ぺらっぺらの柄シャツだったりしたら見ないふりしたけど、無難にお洒落じゃん君たち。じゃあまあ、暇な若者だなって──そうね俺も柄モン着てるね。でもほら、これはね、似合うってだけだから。昔知り合いも同じこと言ってさ、映画の待ち合わせに着てったらなんか怒られて、でも似合うだろって聞いたらすげえ顔して認めてくれたのよ。席離れて取られたけど。隣にいたくないってひでえよな。


 ん、でな、話を戻すけど……君たちは暇な若者に見えたわけよ。そんで暇な若者が夏の夜中に徘徊して何するかって言ったらさ、肝試しじゃん。


 この辺さ、ゲーセンも何もないからね。国道沿いだけど、コンビニだってここを過ぎたら山の近くまで行かないと見つかんないし、目ぼしい店ったら野ざらし展示の中古車店と農家向けホームセンターにセレモニーホールくらいだからさ。セレモニーホールは店じゃない? けどさ使用料とか取って商売してるからさ、広義で店扱いしてもいいと思うんだよ。それ以外は神社と居酒屋の焼け跡だからね。どれもこれもこの時間じゃ開いてない……じゃあもう決まりじゃん行き先。若くて暇で元気な若者が夏の夜中に行くったらさ、こどもの家くらいなわけよ。

 ま、そういう細かいことを考えなくてもね、大体のやつは突撃する前にここのコンビニ寄ってくのよ。急遽思いついたから懐中電灯とか探したり、腹ごしらえだーっておにぎりとか買ってたり、幽霊と酒盛りしようぜって酒買ってくやつもいる。んで、君の友達みたいにトイレに駆け込むやつもいるし、君みたいに付き合いだっての丸出しで煙草吸ってるやつもよく見る。


 ん?

 あんたは何してるんですかって聞かれてもなあ。大したことしてないんだよ。


 俺はあれよ、夜のお散歩。違うよ、空き巣の下見とかそういうんじゃなくてな、夏の頃ったらこうやってうろうろしてんの。この辺の夏って昼はむちゃくちゃ暑いけどさ、夜になるとちょっと冷え込むくらいに涼しいだろ? 夜中だと人もいないしさ、快適に散歩できるのよ。

 んで、このコンビニでぼんやりしてるんだけどさ……そうしてるとな、どっちも来るわけよ。君たちみたいにと、がさ。

 さっきも言ったけどさ、この時間で開いてる店ってここのコンビニしかないんだよね。こどもの家の最寄りなんだよ。ひと気のある明かりに向かって駆け込んでくるんだよね、逃げられた連中はさ。

 逃げてくるねえ結構。もの凄い音立てて駐車場突っ込んできてさ、その辺に適当に止めてから店内に転がり込んで、ありったけ塩買って帰ってくる。そのまま塩ぶん撒くから、そこそこ迷惑なんだよな。きっとバイトが掃除してるんだろうけど、ゴミとして考えると塩って厄介だよな。水で流すとさ、何かあとあと困りそうだし。砂撒かれるようなもんだもの。ダルいよな。


 君くらいの身長だったら喉やられそうだなあ。


 聞いてない? こどもの家行くとさ、こうガッと傷がつくのよ。小柄な女の子だと顔とかなんだけど、結構深めで長い傷が三四本入る。入ったあとは知らないよ。どんな傷だって運が悪かったら膿むし、日ごろの行いが良ければ縫わなくってもくっつく。医者行ったって駄目なときは駄目だろうからさ、そういうの。

 そんな顔するもんでもないよ、由来くらいは知ってんだろ。知らないで行こうとしてたらちょっと大笑いだよ──そう、子供がね。何だ知ってんじゃん。


 子供が縋りついてくるんだよ、寂しいからって見境なしにさ。


 こどもの家だって、元々は普通の家だったんだよ。当たり前だよな、建てた時から心霊スポットなんてのはそうそうないもの。両親とその子の三人でさ、小学校の入学を機に家建てて社宅から引っ越してきたのに、住めたのがたったの数年なんだからかわいそうだよな。

 事故だったんだよ。

 国道んとこ、ここもうちょっと行ったあたりに交差点あるだろ? そう、小学校のすぐ近くの。あそこでぽーんと飛び出して、曲がってきた車に轢かれたんだ。その子も痛かったし死んだけども、ご両親はなんかもうどうしようもなくなってな。ユウトがいないとどうにもならない、ユウトだってどこにも行きたくないだろうって考えた結果、方々を頼って言われた通りに──


 ユウトって名前だったんだよな。そうそう、忘れちゃいけないのはそこなんだよ。


 みんな頑張ったんだ。本当にさ、会いたかったから。父親も母親もそう思ったし、だから家だってきちんと応えた。今思えば利害が一致したんだな、家と人の。家はほら、誰かが住んでいてなんぼだからさ。家だってユウトが欲しかったんだよ。元々がユウトの通学のために建てたようなもんだったからね、だからこどもの家は普通の家から変わったんだ。ちゃんと用途と需要に合わせてさ、色んなことを受け入れたからね。偉いよ、その辺の人間よりよっぽど誠実だ。


 だからね、そこんとこの諸々にきちんと応える気がないんなら、行かない方がお互いのためなんだ。分かるだろ?


 それがいいよ。わざわざ痛い目に遭いに行くこたないからな。向こうだってやりたくもないことをしなきゃならなくなる。そんなのはさ、互いに損しかしないだろ。

 ほら、友達もいい加減出てくるだろうからさ。コンビニ入って食いもんとか酒とか買って帰んなよ。せっかく友達と一緒なんだから、心霊スポットに突撃するよか、家でだらだら飲んで過ごした方がマシだよ。配信のくだんない映画でも観ながらさ……暇だからってな、自分からドブに突っ込んでくのも馬鹿な話だよ。


 それにな──君たちはな、お呼びじゃないと思うんだ。きっとね。


***


 そんで車飛ばしてファミレスに朝まで居座ってたのか。男二人で。馬鹿か。


 そもそもいい年して肝試しになんか行こうとするんじゃないよ。馬鹿だろ大学生のくせに。馬鹿を止めてもらったんなら良かったじゃねえか。そんなんでシフトに穴開けられたんじゃ俺が困ることになってたからな。良かったよ今日ちゃんと出勤でてくれて。若くて金がなくて暇があるとロクなことやらねえな人間。


 すげえ怖かったんならあれだ、目的は達成されてるじゃねえか。良かったな馬鹿ども。


 まあそうだな、話聞いてると随分薄気味悪いっつうか……まともとは思えねえな、そいつ。いやまあ、煙草吸って塩と酒勧めながら心霊スポットの観光案内をしてくる幽霊ってのもないとは思うけどさ。人間もあんまりないと思うんだよそういうやつ。お節介な婆ちゃんにキンカン一瓶もらったことあるけど、それだって頻繁にあるもんじゃないしな。深夜バイトの俺らが言えた義理でもないけど、仕事以外で深夜に出歩いてる人間なんてロクなもんじゃないからな。


 そりゃ知ってるよ。地元じゃ有名だからな、あの家。


 あそこの家の子供が死んでるってのは本当だよ。話題になったからな、通学の途中で信号ないとこ渡ったらばーんと跳ねられて……俺が中学生くらいのときだから、そんなに古い話じゃない。確か不審なとこは何にもないはずだぞ。言い方があれだけど、ちゃんとした事故だった。

 子供が死んで、家から人があっと言う間にいなくなって……心霊スポット扱いされたのが結構すぐだったんだよな。その辺の事情はちゃんとは知らねえけど、近所に住んでた連中がひそひそしてたのは聞いたことがある。真っ当ないなくなり方じゃなかったとか、空き家になる直前まで坊主や妙な格好の連中が頻繁に出入りしてたとか、そういうやつな。真偽までは知らねえよ。風の噂だもん。面白いけど嫌だよなそういうところ。


 俺も一回だけ行ったことある。暇でしょうがないお盆の夜にな、よくつるんでたやつと一緒に眺めて帰った。馬鹿だったからな、あの頃。


 噂が流れたてぐらいの頃に行ったからな、まだ現場に町内会の手作り看板とかあって……警告のやつだよ。近所からしたら迷惑だよな、不幸があったってだけでもうっすら嫌なのに、馬鹿どもがことあるごとにやってくるんだからたまったもんじゃない。それで看板立てたんだろうけど、まあ馬鹿だから見たって帰らないんだよな。俺と一緒に行ったやつもその通りで、『立ち入りは御遠慮ください』って文章を鼻で笑って入ってった。鍵掛かってなかったんだよな玄関。もうその時点でおかしいって言えばそうなんだよな。誰も住んでないとはいっても、家に誰でも入り込めるようにしてあるっていうのはあれだ、嫌だろ。

 何やったって、普通に探検しておしまいだよ。室内は落書きどころかゴミも落ちてなかったから、汚すのも気が引けて玄関で靴脱いで上がった。普通のファミリー向けの一軒家って感じで、家具も結構そのままだったから、本当に留守の家に入り込んでるみたいな気分だった。

 俺は二階も見たいって言ったらあいつは嫌がってさ。じゃあお前下の階うろうろしてろよって別行動しばらくして……いや、二階は何もなかった。一室だけドアが閉まってる部屋があったけど、多分子供の部屋だろうなって見当がついたから開けないでおいた。そこまで怖いのは求めてなかったんだよ。普通に虫とか出てきたら嫌だったしな。


 懐中電灯で廊下照らしながら歩き回って、ベッドが二つ置いてある部屋──多分夫婦の寝室だよな──に踏み込んだあたりで、下の階からデカい音がした。


 何だろうぶっ倒れたかなあいつ、とか潜んでた不審者に殴られたかとか色々考えて、慌てて名前呼びながら降りた。そんなに部屋数があるわけじゃないからな。すぐ見つかった。


 あいつ、居間のソファに座ってた。部屋の入り口から見た背中の背筋がびしっと伸びてて、面接でも受けてんのか、みたいな様子だった。


 驚いたけどな、物音がしたのは確かだから。気合入れて名前を呼んだんだよ。そしたらちゃんとこっちを見て、なんか知らんが手を振ってきた。すげえ音したけど大丈夫かって聞いたら、へらへら笑ってた。

 そんで、まあ、帰ったよ。玄関戻って靴履いて、普通にドア開けて帰った。あいつがわざわざ振り返って「お邪魔しました!」なんてデカい声出したから反射的にどついたのは覚えてる。悪ふざけだしな、夜に大声出すのは普通に迷惑だろ。帰りに寄ったコンビニで煙草吸ってたら、お互い腕だの首だのに引っかき傷ができてて、どっかぶつけるくらいには焦ってたんだなって笑ったんだよ。

 傷は夏の終わりには消えたな。膿んだり痕が残ったりもしなかった。

 で、まあ、これで終わりだよ。祟りも何にも起きなかったし、俺はちゃんと大学を卒業してフリーターをやってる。現状は別に呪いでも何でもねえだろ。俺の性分の問題だ。

 一緒に行ったやつは……うん、何だかんだで疎遠になってな。今じゃ音信不通だよ。気が合うやつではあったけど、縁がなかったんだろうな。歳食やよくあることだよ、年単位で連絡取れない知り合いなんてざらにいるし、ふとしたきっかけでまた付き合いが始まったりするからな。


 家がユウトを欲しがった──ユウトって誰だ。

 ああ、子供の名前……よく知ってるなお前ら。俺もそれは初めて聞いたぞ。つうかその人詳しいな、近所の人か何かだったのかね。コンビニに夜中たむろってるようなやつなら、まあ徒歩圏内だろうけど。


 ん。

 コンビニ、こどもの家、最寄りのとこだよな。


 いや、話はちゃんと聞いてた。あのコンビニに夜中行くやつ、少ないんだよ。言ったろ、こどもの家、地元のやつならみんな知ってるって。そんなもんが近くにあるとこに夜中近寄りたくないっていうか……そういうのがあってな。夏休みのガキどもだって近寄らない。

 なあ、その人どんなんだったんだ。見た目とか、年齢とか。ちょっとお前ら説明してみろ。


 ──そうか。

 だからお呼びじゃなかったのか。お前らは。そうか。、か。


 いや、心当たりっつうか……妄想だな、これ。ありえねえもんそんなこと。確証もない。適当な予想だよ。

 俺の名前知ってるだろ。違えよ名字じゃなくて名前の方。佑都ヒロトな。これをな、あいつユウトってずっと読んでてな──そうか。何やってんだろうな、あいつ。シャツだってそうだ、馬鹿な娯楽映画観に行ったときに着てたやつ、あの馬鹿みたいなシャツ着て、夜中に馬鹿捕まえて訳分からんことくっちゃべって、そんなこといつからやってんだろうな。くそ、こんなこと仕事始まる前に聞いてたら仕事手に着かなかったぞ俺……畜生、嫌なこと聞いた。


 まあ、あれだ。怒っちゃねえよ安心しろ。馬鹿だと思ってはいるけどな。

 これに懲りたらお前らも心霊スポット巡りとか考えずにな、暇な夜があるくらいならシフトもっと入れろ。

 俺が? 行くわけねえだろ大人だぞ。そんなことする理由がないし、そんな余裕があったらシフト入れるわ。心霊スポット行っても給料はもらえないけど、仕事すれば金になるからな。


 確認しなくていいんですかって馬鹿なことを言うんじゃねえよ馬鹿ども。


 したところでどうなる。お前らの話で充分だよ。生きてるか死んでるか微妙かもしれねえけど、そんなもん今更俺が知ったところで何ができる。そもそも別人かもしれないからな。保証がねえよ。

 それにな。

 今更会ってどうにもならないだろうし、ろくなことにならないだろ、きっと。

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