愛する娘の尊厳を踏み躙って殺した未成年の男。法に守られたこの犯人に復讐すると決めた母親の、その復讐決行日がループする……。
いわゆる〈ループもの〉と位置づけられる本作は、第1章『インフェルノ』から衝撃度とボリュームが満点。
「書籍化された作家さんの作品、前に面白いと紹介されているのを見た気がする……何か自作に良い影響があればいいなぁ」
そんな甘い考えで読み始めた浅慮な私ですが、本作の魅力は作者様の広い視野にあるように感じました。
一人、最愛の子を喪った世界で、復讐の焔を燃やし続ける母親。
一人、秩序を失い混沌へ進む世界で、ひたすらに見守り続ける教師。
一人、鍛錬が意味を見失った世界で、呼吸すら忘れる一瞬を目指し続ける格闘家。
一人、絶望ばかりが無限に続く世界で、自らを投獄してでも他者に触れ続ける天使。
一人、仮面が剥がされた世界で、自らのできる方法で無垢な声を叫び続ける子ども。
(最後の一人は書籍にのみ収録されているエピソードなので、本作を面白いと思った方は是非!)
どのエピソードの視点も共通した世界で生きる誰かで、その誰もが同じ一日を、自らの人生の「いつもと同じだけど、まったく同じではない今日」として生きている。
それもただ好き放題に生きるのではなく、確かな指針を胸にして。
立場、職業、生き甲斐、己の在り様……各エピソードで主人公たちが胸に抱くものは様々。しかし一貫して「自分の意志」を持って生きている彼らが、どうにも愛おしい……。
「もしも今日が無限にループするとしたら?」
今日を「代わり映えのない今日だ」と言って苦しむ私の、ちょっと明日を想像したくなる小さなオアシス。そんなふうに思える小説でした!
え、長いから要点だけ話して?
「今日も自分の心に従って生きる誰かの世界に触れられる、良質な現代ファンタジー!」
そんなところでいかがでしょうか。
未読の方は是非とも、ループの焔に飛び込んでください。飛ぶぜ?
「明日が来る保証なんてないんだから」
それは、現代に生きる私たちが、倫理や道徳や哲学や、人生観死生観を語るときに往々にして出てくる仮定のことば。
ただし、どれだけそんなことを頭で理解してみようとしたって、身をもって体験することは難しい。というより、ほとんど無理だ。
その境地にたどり着けるのは、死に片足突っ込んだりして、極限を「見た」ものたちに限られる。
ただ、私たちは忘れる才能を持っている。生きていく上で最も大切な、守りたい思想や哲学を、往々にしてどんどん忘れてしまう。
「明日がこないとは限らない」
冒頭と逆のアプローチをとるこの言葉は、本著『トゥモロー・ネヴァー・ノウズ』を読んだものの心におそらく深く長く棲むことになる大切な存在となる。少なくとも私はそうだった。
ああ、そういうことね? 未読のあなたは、そう思うかもしれない。ただし読まないと、真に心に迫ったりはしないはずだ。
同じ一日を繰り返す「ループ」が日常となった世界で、個々人の持つ哲学がむき出しになっていく。
自分自身の善悪はどこにあるのか?
何を守りたくて、何に耐えられないのか。
さらに、書籍版の加筆章である4章「イノセント・ボイス」の余韻については語り尽くせないので、ご興味のある方はぜひ書籍版を手に取っていただければと思います。
日々大切なものを忘れていく「才能」や「特性」を持つ私たちに、いつでも手に取って読み直すことができる「本」という形として遺してくれた宮野優さんに感謝を伝えたい。
すばらしい物語をありがとうございました。
「今日」という一日が繰り返される現象の中での、各個人の生き方を捉えた短編集。
いわゆるループものですが、ループ知覚者は特別ではなく、常識としてなりつつある世界。それも全世界に、です。
ループの中で起きたことは、一日が過ぎれば元通り。ケガでも死亡でも元通り。ただしループ知覚者は、記憶を次に持ち越せます。
そんな世界になった場合、人はどう変わるでしょう。
本作は日常の有り様がリアルで、様々な事態を想起させます。
まるでコロナ禍のように暮らし方や考え方も一転として変わるという。
さらに知覚に目覚めていくのも平等ではない理不尽さ。
各篇の主人公たちは、ループの渦に巻きこまれつつも、己の中の信念に従い、答え(生き方)を見つけ出そうとします。
ともかく凄い。緻密に書かれる世界観をご堪能あれ。
1年ぐらいカクヨム内の作品を読み漁ってきた者ですが、「発想」「構成」「描写」いずれにおいても「負けたぁ」と唸った作品に出合えたのは、これが初めての経験でした。
最高に面白い。完成された作品に出合えました。
独特な世界設定をぶち上げて、その環境で人間がどのように振舞うのだろうかという壮大な思考実験。またそれが、ただのシミュレートではなく個々のドラマ、物語として成立しているエンタメ性。
これは、自分自身が作品を書くときにこうありたいと思う理想を、完璧に体現しておりました。
具体的なあらすじの説明は、カクヨム運営公式さんのレビューに譲ります。実際自分もそれを読んで興味を持ち、試してみるかと取り掛かった手合いです。あのレビューに書かれたあらすじを読んでピンと来た人なら間違いない出来栄えの作品であると自分からも保証します。
しかし、現在のPV数を見ると300人弱がこの作品を読んでいるはずなのですが、★が900にも遠く届いていないのが解せませんね。
あと、もっと多くの人に読まれるべきです。
そう思い読了後の興奮のもと、お薦めのレビューを書かせていただきました。
ループものにおける主人公の最大の武器は自分だけが記憶を持ち越せて何度もやり直せること。しかし個人ではなく、それ以外の全人類もループし始めた場合、世界はどうなってしまうのか? そんな全人類が同じ一日を繰り返すようになった世界を描いたのが本作品だ。
本作は連作短編形式になっており、話によって主人公が交代する。娘を殺され犯人に復讐を誓う親。襲われないように自分たちで自衛する女子高生。事故からの復帰を目指す格闘家。一人で毎日図書館に通う女性。立場の異なるこの4名の視点から物語は紡がれる。
一人一人のエピソードが面白く――復讐を達成しても、殺された者がループによって翌日に甦るなら殺す意味はあるのか?――それだけでも読み応えがあるのだが、それと同時に全人類がループをしている世界という異常な状況をしっかりシミュレーションしているのが面白い。たとえば、世界がループする瞬間に起きていた人間と寝ていた人間では取れる行動の幅が大きく違うのではないか? どんな大怪我をしても翌日(?)にリセットされるなら格闘技のルールも変わって来るのではないか? などなど異常な世界で起こりうる変化をしっかり想定し、それが物語に自然と組み込まれている。
また各話ごとに意外なツイストが仕込まれており、興味を持った方は是非一話だけでも読んでみてほしい。
(「やり直せたら上手くいく!? ループ小説」4選/文=柿崎 憲)