気付かない
しらす
気付かない
これはネットで知り合ったOという人にまつわる話だ。
元々はゲームを通じてやり取りをするようになって、そのうち数人のグループで、ボイスチャットで話をするようになった、その一人がOだ。
ある夏、そのメンバーの一人であるHが心霊スポットの話を始めた。もう夜遅くで、五人ほどで話をしていた時だった。
これに勢いよく食いついて、詳細を聞き始めたのがOだった。
Oはボイスチャットをしていても、ほとんど口を開くことがなく、ともすればマイクを切っていた人だ。それがこの時だけは妙に口数が増えた。
ああ、怖い話が好きなんだ、と意外な一面を見たような気分で、普段は喋り倒していた私は逆に口を閉じた。
実は幽霊らしきものを何度か見たことがある私は、心霊スポットに自分から行きたがる人の気持ちがよく分からなかった。
HとOは盛り上がっているので、その邪魔はしないよう、私はひたすら聞いていることにした。
どうやらOは、Hの言う心霊スポットに行きたいらしかった。写真で見せられたスポットを、この場所はどこなのかと真面目に訊ねていた。
Hは霊感があると言っていて、この場所だけは行かない方がいいよ、とこちらも真面目に止めていた。
それでも行きたい、とOが言うので、どうしてそんな場所に行きたいのかと、当然みんなが質問した。
するとOは、自分は心霊現象に遭ったことが無いから信じていない、でもHも含めて「見た」という人は結構いるから、本当に幽霊がいるなら見てみたい、という。
そのうち話の流れで、Oは自分が行った心霊スポットの話を始めた。そこでは唯一、ちょっと変な事が起きた、という。
具体的な場所は私が知らない所だったので、S県のどこか、としか覚えていない。幽霊が出ると有名なT池という場所があるそうだ。
Oは友達のKと二人で、バイクに乗って夜の12時にそこへ向かったという。まだ学生の頃で、Oやその友達はたいてい深夜まで起きていたらしい。
道は人気がなく、街灯も少なくて真っ暗だったそうだ。しかし特に途中で何も起きることもなく、無事に着いたらしい。
池は静かで真っ暗で、雰囲気だけはあった、とOは言う。
でもやはり幽霊も何も出なくて、こんなものか、と思ってがっかりしたそうだ。本当に何も出ないので、Kと二人でタバコを吸い、しばらくお喋りしていたらしい。
そして、そろそろ帰るか、と思ったところで、一緒に居るのとは別の友人Aに、連絡する事があったのを思い出したそうだ。
Oはその場で電話を掛けた。時刻はもう1時過ぎ、電話を掛けるにはとても遅い時間だったが、Aは起きていた。それで用件を伝えたのだが、なぜか話が聞こえにくい様子で、何度も訊き返してきたという。
そのうち、Aは
「今どこにいるんだ?」
とOに聞いたそうだ。Oは「T池に居るよ」と答えた。するとAは
「なんだ、人の声が騒がしいから街中にいるのかと思った」
と答えたという。
Oはスマホの調子が悪いんだろうか、と首を傾げながら友人Kにその事を話した。するとKは真っ青になって、すぐに池に背を向けてバイクの方へ走っていったという。
突然のKの行動に、慌ててOもその後を追って行こうとした。
その瞬間、背後で魚が跳ねるようなバシャッという音がした。その音だけは少し驚いた、と言ってOは話を締めくくった。
聞いていたみんなは、何と返していいのか分からずに黙ってしまった。不自然な沈黙が流れた。
しかしOは「どうかした?」とあっけらかんとした声で言うだけで、みんなの様子を不思議がっていた。
Hは「それ、怖いじゃないの……」と言ったが、Oは「え、でも俺、何も見てないよ?」と言うばかりだった。
Hはそれに呆れたのか、もう夜も遅いから、という事でボイスチャットを終了させた。
静かな筈の池で、Oの友人Aが電話越しに聞いた「騒がしい人の声」は何だったのか。そこに思い至らない呑気なOは、今も心霊スポット巡りをしているのだろうか。
怪談の時は盛り上がったが、翌日からOはそれまで通りあまり話さないままに戻った。やがて飽きたのか、ゲームもやめてしまった。Oのその後はもう分からない。
気付かない しらす @toki_t
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます