雪のち晴れ

白藤しずく

雪のち晴れ

もう3月。肌を突き刺すような寒さも、段々と柔らかな暖かさに変わってきた。高校生活最後の昼休みと共に、冬も終わりを告げているようだった。

「今日も雲1つない、キレイな空だなぁ」

ソラくんはそう言いながら、私の隣に立った。


中学3年生の冬。私はいつも通り1人で空を見上げていた。屋上で冬の空を見上げている時間は、人と関わるのが苦手な私にとって、心休まるひととき。冬の時期は、この昼休みの20分間を楽しみに、学校に来てるも同然であった。

今日も1人でこの20分間を過ごす。そのはずだった。

ガチャリ

私の後ろでドアの開く音がした。

「まじあいつら、ホントむかつく」

そう言いながら、彼は大きな足音を立てて私の隣に立った。彼は思いっきり深呼吸をすると、

「冬って空気がサイコーにおいしいよね」

と私に向かって言った。

「そう…ですね」

人と話すことがとことん苦手な私に、彼は容赦なく話しかけた。

「同じクラスだよね?名前は…ユキだっけ?」

「あ、はい」

「俺の名前わかる?」

「えっと…ソラくん…」

彼は半分嬉しそうな、半分驚いたような顔をした。

「ソラくんか…じゃあ俺、ユキちゃんって呼んでいい?」

「は、はい?」

男子と話すどころか、そもそも人と話すことをしてこなかっため、「ユキちゃん」という耳慣れない言葉に驚きを隠せなかった。

「ユキちゃん、よろしくね!」

ソラくんは、冬の空のように澄んだ笑顔を見せた。その笑顔を見た瞬間、私の心を覆う雪が、溶け始めているのを感じた。

「ユキちゃんはいつもここに来るの?」

「冬はいつも…」

「へぇ〜どうして冬?」

「冬の空が好き…だから」

ソラくんはうんうんと頷くと、そのまま空を見上げた。

「えっと…ソラくんは…どうしてここに…?」

「それがさ〜」

私が理由を聞くと、ソラくんは唇を尖らせながら話し始めた。話を聞いていると、どうやら卒業式の合唱の練習で、揉め事があったらしい。

「もうほんっとむかついてさ〜」

そう言って地団駄を踏むソラくんを見て、思わず笑みが溢れた。

「ちょっと〜そこ笑うところ?」

「あ、すいません。なんか熱心で素敵だなと思って」

「えぇそうかな」

照れたのかソラくんは少し恥ずかしそうに笑った。

昼休み終了5分前の予鈴が響く。

「高校でもまた冬の空を見るの?」

ソラくんが空から私に目を移した。

「今のところは…そのつもりです…」

「そっか〜じゃあ、もし、高校が一緒だったら、冬は毎日屋上に行こうかな」

「え…?」

「なんかユキちゃんと話してるの楽しかったし。あ、邪魔じゃなければ…」

私と話すのが楽しいと言う人は初めてだった。

「邪魔なんかじゃ…ないです…」

「まじ?良かったぁ。じゃあさ、次会うときは敬語なしね」

「え?」

「もう友達だから」

こうして、私には人生初の友達が出来た。彼はたったの20分間で、私の心に降る雪を晴れさせたのだ。


高校生活最初の冬。私はまた彼と巡り会った。

「やった〜高校も一緒だ。」

ソラくんは伸びをしながら、私の隣に歩いてきた。

「そうですね」

私がそう答えると彼はすかさず

「ちょっと、敬語はなしって言ったでしょ?」

と言った。

「あ、すいません」

「それも敬語」

「あ、えっと、ごめん」

ソラくんはニコッと笑った。

それから私達は毎年、冬になると屋上で会うことになった。


私の初めての感情が芽生え始めたのは、高校2年生の冬。この頃から私は、冬の空を見上げることが出来なくなっていた。隣にいる、ソラくんから目線が外せない。風に揺れる前髪。冬の空のように澄んだ笑顔。私にとって、屋上でソラくんと話す時間は、幸せのひとときであった。

なんだか小説のヒロインになったようなそんな気持ち。これが恋だと知ったのは、ソラくんから勧められた恋愛小説を読んだ時である。 


「まさか高校も一緒とは思わなかったな〜」

私はソラくんと出会ってからの3年間を思い出し、思い出に浸っていた。

「懐かしいな〜中3の冬でしょ?」

ソラくんも思い出にしみじみとしているようだった。

「でも、高3の冬も、もう終わっちゃうね…」 

「そうだなぁ。なんか寂しくなってきた。」

ソラくんのその言葉を聞いて、もう本当に最後なんだと切に感じる。私がぼんやりとソラくんの横顔を見ていると、ソラくんが口を開いた。

「そういえばさ、俺、冬が好きなんだけど、どうしてかわかる?」

「空気が美味しいから、とか?」

「雪が好きだから」

真面目に子供っぽいことを言うものだから、思わず笑ってしまう。

「まあここら辺じゃ、雪は滅多に降らないからね」

「なんか勘違いしてない?」

「え?」

「確かに雪も好きだけど、俺が一番好きなのは…ユキちゃん、だよ」

私の心がギュッと締め付けられた。突然の彼の気持ちに言葉が出ない。むしろ涙が出てきそうで、こらえることに必死だった。それでもなんとか言葉を捻り出した。私も伝えたい。ソラくんに私の気持ちを。

「じゃあ、私がなんで冬に屋上来るか、知ってる?」

「冬の空が好きだからって言ってなかったっけ」

前に言ったこと、ちゃんと覚えててくれたんだ。 

「それは昔の話。今は、今は…」

私は深呼吸をした。そしてしっかりとソラくんの目を見た。 

「ソラくんが好きだから」

ソラくんはいつも以上に澄んだ笑顔を見せてくれた。冬の空みたいな、爽やかな笑顔。私の心を晴れさせた、その笑顔。


2人の目の前には、これまでにないくらいのキレイな空色が広がっていた。

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