五万字では足りなくなったので

続きは書籍を入手して最後まで読んだ。全部で十一万字ほどだろうか。残りのおよそ六万字はほぼ一気に読んでしまった。こういう読書は久しぶりだ。

明治から始まり昭和初期に至る「捨て子」の物語で舞台は岡山のホラー。横溝正史の戦時中の疎開先だったために、度々その作品の舞台となっている岡山は、自分にとっては畏敬の念を抱く聖地である。

裕福な家の養子になった主人公は、幼い頃に乳母の春からきかされた残酷な昔話のせいで現実と夢、実際の記憶とそうでないものの境界線が揺らいだ状態で成長する。養母は幼い彼を日本人形のように着飾らせ倒錯した嗜好を植え付けるが、愛情は与えなかった。養父は名家の主らしく外に愛人を作り、その若い愛人と主人公は関係をもつが、彼が愛し慕っているのは、養母でも父の愛人でもなく、乳母の春だけ。

やがて養父が死に養母は主人公を置いて実家に戻り、頼りの乳母も主人公の元を去り、行方不明になってしまう。作家を志す主人公が師と仰ぐ流行作家の金光(その若い妻とも主人公は過ちを起こしかけたことがある)の滞在先シンガポールから届いた帳面には、妻を殺して生き返らせたこと、甦った妻との生活が面々と綴られていた。その手記には、なぜか主人公の乳母春の名前が度々に登場する。春の行方は杳として知れないままだが、金光が生々しく綴るシンガポールでの生活、そこで出会う人々のことが、主人公の現実を侵食していくなかで、彼は春の存在を常に感じ取っている。

孤児であるが故のアイデンティティの不確かさ、少年時代に養母に少女のように着飾らされ開花させられた倒錯癖、さらに乳母から寝物語に聞かされた幻想的な残酷譚のせいで自己が常に揺らいでいるような主人公が金光とその妻の消息を確認するべく向かったシンガポールで迎える結末は、初めから決まっていたことのようにも思える。

どろどろした妖しい灼熱の世界を味わうことができる良作ホラー。