ハウス・オブ・ザ・ゴーストシャーク

サメよりほかに知るものもなし

　いやいやいや、もう全然大したことないのよ。ちょっとねえ、こけたとこに釘っぽいの？　が刺さって膿んだり腫れたりしたってだけでさ。わざわざ家来てくれてありがとな。クラスのやつとか部活の後輩とかから見舞いのLINEとかはいっぱい貰ったけど、やっぱり直に会えると格別だよな。ここんとこ家族以外と喋ってないからさ、尚更。お前ほんとそういうところ昔っから変わんないよな。

　熱はね、一時期やべーとこまでいってた。お前何度まで上がったことある？　俺ね、今回ので記録更新したよ。３９℃ってさあ、風呂だとヌルいけど、人体だともう死ぬかなってぐらいにきついのな。感覚って面白いよな、そういうとこ。俺いつも風呂４２℃だけど、そんな熱出たら脳やられてたわけだからね。どういう加減なんだろうなその辺は。

　ん、そうねえ。熱は下がったけどね、まだ学校は行けそうにないっていうか……お許しが出ないのよ。謹慎みたいなもんだしね今の状況。なんせそもそもがほれ、ひとん家で馬鹿やったからこんなことになったわけだしさ。

　うん、そう。サメ屋敷。行ってきたの俺、塾の帰りに。

　やっぱねえ、お前来たんだもん知ってたんだろ？　好きだもんなこういう話。夏の心霊特番とかいっつも見てたしさ……でもな、あんまりご要望にはお応えできないと思うんだよな。いい？　遠慮すんなよ、聞きたかったんだろ。いいよ俺だって暇だしさ。

　別にな、怖いもんとかは見なかったんだよ。初っ端から悪いけど、これ本当。塾終わって八時過ぎで、あーだりいなーってとろとろ保井たちと帰っててさ。そんでほら、たまたま気が向いたっていうかさ、ちょっと寄り道しようぜくらいの話だったんだよ。俺んちに近いじゃんサメ屋敷。な？

　で、まあ、裏庭回ってさ。こう、入れたんだよな。佐藤が台所行って、俺そのまま居間行って、うん。そうだな。

　そんでほらこれ。すごいだろ。サメの歯形。

　釘のも大概だったけど、こっちが本命なんだよね。これも膿んでさあ、本当大変だったって──何？　うん。

　全然分からないってそんなわけないじゃん。俺ちゃんと説明したろ？　裏庭回って──そう、裏庭回ってさ、いたんだよ沢山。言ったろ俺。外から見てたときは本当に誰もいなかったのにさ、入ってちょっと建物見てたらわらわらってあいつら湧いてきて、馬鹿みたいな水着でさ女も男もわらわらうろうろあんな狭いところを、さ。

　そうだよ。いったじゃん俺。

　パラソルがぶわって飛んで一人上半身だけなくなって慌てて裏口、そう裏口の板佐藤とぶち破って逃げ込んだのに保井腕しかなくって佐藤掴んだままだったから左手べたべたになってて台所で拭おうとしたら床からばくんって半透明のやつ、そんで俺広いところ逃げてそう居間だけど誰もいない何もないはずで裏庭以外に出ようって俺窓探してけどテレビが、そう、

　ブラウン管から、大きい、口が開いて、吼え声――

　うん。

　でさ、これ。すごいだろ、サメに噛まれたんだから。あんまりできる体験じゃねえしさ、もう開き直って自慢しようと思うわけよ俺としては。

　うん。

　何言ってんの？

　人の歯形が二重になるわけないじゃん。そんなんサメだよ、あいつら歯ぁ列になっていっぱいあるんだよ。じゃあこれくらい訳ないに決まってんじゃん。逆に聞くけどさ、人間が噛んでこんな風になる？　ほら見ろよ、俺人間だけど歯一列しかないだろ。これで今お前噛んだって、一列分しか残らないもん。

　けどほら、二列。サメもっとあるんだっけ？　でもさ、家に出るサメなんだからさ、歯形だってそりゃ普通と違うに決まってるじゃん。出る居る場所に適応するもんじゃん何だって。むしろ家に出るサメの幽霊がさ、普通の歯してたらそっちの方が怖いだろ。バケモンらしくむちゃくちゃっていうか論理に反していてくれた方がさ、助かるじゃん。ああ無理だな全然違うなってさ、諦めがつく。

　たださ、普通にお化けサメでも傷が膿むあたりさ、ちょっと俗い感じはするよな。口内雑菌だらけなんかい！　みたいな。

　ああ、いやいいよ、お手洗い下の階にしかないからさ……うん、大丈夫だいじょうぶ。麦茶持ってきてくれる？　久々に話したからさ、喉渇いたのよ。空になっちゃったしねオレンジジュース。

＊＊＊

　いいですよもう帰っても。

　あ、違うんです。その……ちょっと聞こえたんで。はい。兄さん声通るんですよね。済みません、怖かったですよね。

　多分兄さん、寝ると思います。何だかんだ傷治ってないし、熱まだちゃんと引いてないんで。感染（うつ）ったりはしないんですけどね。怪我人ですから。分かり易く。

　歯形見せられたんでしょう。

　サメに噛まれたんだって言い張ってますよね──はい。そんなこと言ってるの、兄さんだけですよ。いや、兄さんだって分かってるとは思うんですけど、微妙なところなんでしょうねきっと。

　あれどう見ても人間の歯形じゃないですか。

　最初病院で言っちゃったんですよね俺。どう見ても馬鹿みたいにおっきい人の歯形と、一回り小さい歯形。あれ別々ですよ絶対。うっかり言ったら兄さん、「お前サメの歯形見たことあんのか、適当言うなよ」って大暴れして……。はい。だからみんな黙ってます。ありがとうございます、突っ込まないでくれて。

　サイズがどうこうとかそんな問題じゃないんですよ。

　俺、確かにサメの歯形知らないですけど、人間の歯形なら分かるんですよ。あれ、どう見ても人間じゃないですか。前歯あって犬歯あって平たい歯がずらって並んで、絶対サメじゃないですよあれ……けど、兄さん信じてくれないんです。俺はサメに噛まれたんだって言い張ってる。サメ屋敷なんだから、サメが出るに決まってるって。

　それだっておかしいんですよ。あそこ、サメ屋敷って呼ばれてるの、違う理由じゃないですか。入り込んだやつの手とか足に歯形がつくから、サメみたいに二列になって歯形がつくから、趣味の悪いやつがそういうことを言い出しただけで。そもそもそれあの屋敷で無理心中した家族の子供が死にきれなくって自分の腕を、

　うん。ああ――済みません。俺何喋ってんでしょうね。

　いいですよ、俺麦茶持っていくんで。長々と付き合わせてすみませんでした。兄さんには上手く言っとくんで、また良くなったら来てください。待ってますよ、きっと。

　──あの。ひとつだけ、いいですか。

　歯形の矛盾とか、色んなことをね。兄さん「サメ映画ならよくあることだ」って言うんですよ。どういうことなんですかね。俺、映画そんな観ないんですよ。サメ映画っての、観たことないんです。そういうの、よくあるんですかね。いわくつきの幽霊屋敷にサメが出て、人を食べたり噛んだりするやつ。知ってます？