暁知らずの宵枕
テーブルに突っ伏している優夜を見て、暁は笑った。指はグラスを掴んだままで、更に可笑しい。
「もういっぱい……」
「もう止めてください。水です」
その隣でグラスをチェイサーに変えた朝臣。暁の隣で鎌崎が目を細める。
「なんで無謀なことし始めちゃうのかしら」
「僕も姉さんもギャンブラーだからね。じゃなきゃ芸術家になんてなってないって」
「頷かざるを得ない……というか、朝臣くんのザル具合にも引くわ」
鎌崎の式が終わり、暁が帰国するというのでその前に集まった。二軒目のメキシカンバルにて、優夜が「テキーラ何杯までいけるかやってみよ」と朝臣を誘ったのが始まりで終わりだった。
顔色ひとつ変えずに淡々と飲んでいく朝臣に優夜が闘志を燃やすのも呆気なく。
「本当に強いね。血?」
「だと思います。両親祖父母皆強いです」
「サラブレッドじゃん。姉さん、白旗あげた方が良いよ」
水を飲んで突っ伏したまま動かない。健やかな寝息が聞こえる。
一同安堵して、鎌崎はメキシカンフランを注文した。
「そういえば据え膳はどうだったの?」
「え」
暁が灰皿を引き寄せて煙草を咥える。鎌崎の質問に朝臣は止まった。
「なになに、据え膳」
「ホテル、同じ部屋に止まったらしいわよ。あ、暁がいる前では話しにくい?」
「聞きたーい。てか朝臣って優夜のこと好きだったんだ」
「はい……何もありませんでした、けど」
けど、に続く言葉を待つ大人たち。
「話し合えたので、良かったです」
人と人の関係は、言葉を持つ。
親と子、兄弟、友人、恋人、夫婦、同僚、知り合い、赤の他人。
朝臣と優夜は何時もそれに当てはまる言葉を持たなかった。良くて歳の離れた友人だろう。
その中で、二人は二人だけの関係を手に入れた。
「良いねえ。姉さんは誰かの為なら、簡単に自分の幸せを手放す人だから。一緒に朝臣が居てくれるなら安心だ」
暁は煙を吐いた。
嘗て、誓いを立てた。
愛する母親が死んで二人ぼっちになった未成年たちは、この辛くて苦くて長い夜のような世界を生き抜こうと決めた。その時、自分の使える全てを使い、生き抜く。
後から知った話だ。久遠から暁への支援を盾に、優夜は久遠の家から出られなかったと。あの事件が起こり、鎌崎が優夜を関東へ連れてきたときに、それを知った。
暁は優夜のことが分かる。その事情は勿論知らされず、偶に久遠の家で会う優夜も普通に振る舞っていたので分からなかった。限界は近かったのだろう。鎌崎があのまま見つけてくれなかったら、どうなっていたか。
しかし、暁が優夜と同じ立場なら、同じことをしていただろう。姉と弟は関係なく、そういうものなのだ。そういう運命の下に生まれた。
手放したものと手に入れたもの、どちらが多いのか。そんな行動に意味は無いとは知っているが、幼い子供のように数えてしまう。
「俺にも止められないときがあるので、その時はどうか協力してください」
娘さんと結婚してください、と言うより真摯に頭を下げる朝臣に暁は笑った。笑って煙が喉の方へ入り、げほげほと噎せる。
「ちょっと大丈夫?」
「あは、あはは! 最高だね、朝臣」
「いや本当に一緒に止めてくださいね」
「僕より鎌崎さんに頼んどいた方が良いよ。優夜のブレーキは鎌崎さんで、僕はどちらかと言うとアクセルだから。朝臣はあれだね、ハンドル」
「人を車に例えるな」
むくりと起き上がった優夜が目頭を押さえる。
「とんだ暴走車ねえ……」
鎌崎が面々の顔を見てしみじみ言うので、一同顔を伏せて笑った。
数えながら、きっと長い夜を過ごす。
いつの間にか朝になっていた。
朝を幾度待って
END.
20230719
夜をいくつ越えて 鯵哉 @fly_to_venus
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