朝もよし昼もなおよし晩もよし
来賓控え室は懐かしい顔ぶれだった。暁が杖をついた火霜の姿を見つけ明後日の方向へ視線を逸らしたが、呼び止められて捕まった。
「……ご無沙汰しております。ご活躍はかねがね」
「それはこちらもだよ。元気だったかい?」
「この通りです。姉がご迷惑をかけております」
「お世話じゃないのかい」
「お世話のレベルで済んでます?」
暁の言葉に火霜はケラケラと笑った。傍についていた和泉はハラハラしながらその会話を聞いていたが、初めて見る暁と優夜が双子であることはすぐに理解した。仕草や会話のテンポが全く同じだ。
その後に優夜と朝臣が来て、その一角へ加わる。
「姉さんが受付に立つと思ってた」
「わたしにそんな社交性があると思うか?」
「無いね」
「だろ」
受付には鎌崎の仕事仲間の女性が立っていた。
朝臣は火霜に頭を下げる。
「初めまして、染川と申します」
「ああ君が、高校生の」
火霜は穏やかに微笑んだ。
それを聞いて優夜と暁が爆笑する。
「いいなあ朝臣、まだ高校生いけるみたいだよ」
「羨ましい限りだよな。鎌崎に教えてやろ」
「いや、もう普通に社会人でして……」
「そうなのかい。オウちゃんがよく話してるから高校生のまま印象が止まってるんだよ」
「つまり姉さんの所為ってことだね」
えー、と不満そうな声をあげた優夜に苦笑する朝臣。その二人を見て、火霜は眩しそうな顔をした。
「お話中申し訳ありません。蜂永様、新婦がお呼びです」
スタッフに声をかけられ、優夜は従ってその場を後にする。朝臣は深青のドレスの後ろ姿を見た。
「オウちゃんを支えてくれたんだね、君は」
火霜が言う。朝臣は小さく首を振る。
「優夜さんは先生が居なければ絵画を辞めていたと言っていました」
「それは、そうかもしれないけど。蜂永優夜を支えてくれたのは、君だよ」
その言葉に照れたように自分の項に触れた。暁はそれを見て、昔の友人のように肩を静かにぶつけた。
何の用だ、と優夜は重たそうな扉を開いた先で言おうと思っていた。
しかし、黙った。その先にいた鎌崎を見て。
「優夜……!」
ウェディングドレスを身に纏った鎌崎は世界中のどの女より美しかった。後ろで綺麗にまとめられた髪の毛にキラキラと何か降ってあり、優夜はそれに目を取られた。
その次は目の前のテーブルだ。グラスに、明らかにシャンパンらしきものが注いである。
「酔いどれが」
「ちょっと飲んだら緊張治まると思ったの……! まだ一杯目……!」
「何杯飲むつもりだよ」
嘆く花嫁を前に優夜は呆れた。
今にも泣き出しそうな鎌崎を抑えに呼ばれたらしい。
鎌崎の横の空いている椅子に座り、優夜は持っていたクラッチバッグから携帯を取り出した。
「鎌崎」
「なに?」
カメラのシャッターを切る。きょとんとした鎌崎が顔を覆った。
「もっと可愛い写真撮りなさいよー!」
「メイク崩れるぞ。てか十分に可愛いよ」
「この人たらしがー!」
「……まず水を飲め」
シャンパンを追いやり、隣に置いてあったグラスに水を注ぐ。鎌崎がそれをぐいと呷る。
少し気持ちが落ち着いたのか、息を吐く。
優夜はそのテーブルに肘をついて鎌崎を見遣る。鎌崎は何かとそれを見返す。
「アイシャドウ取れてる?」
「いや、綺麗だなと思って」
ぐ、眉根を寄せる。泣かないように口を結んだ。その鎌崎の表情に優夜が笑った。
「やっぱり面白い」
「何なのよあんた……呼んだの間違いだった……」
「えー緊張解れたろ」
「それもあるけど」
言い淀む。他に何か用事があったのかと優夜は姿勢を直した。鎌崎も姿勢を正し、やはり言いづらそうに少し笑う。
「えーっとね……あの」
「え、なに、重大発表?」
「違うわよ。いや、そうかも?」
「どっか行っちゃうの?」
鎌崎の顔を覗き込む。優夜の瞳の奥が微かに揺れていた。
子供のように。
「何言ってるの」
「いやだって、皆遠くに行っちゃうからさ」
両親も、火霜も、暁も、朝臣も。
いつの間にか随分遠い場所に、皆いる。
どこか寂しそうに笑うその姿に、優夜の手を握り鎌崎は訴えた。
「あたしは、行かないから」
耳に光る真珠のピアス。ピンクパールを優夜はぼんやり見上げた。
「ていうか、そういう話じゃないから」
「じゃあ本題をどうぞ」
「ヴァージンロード、一緒に歩いて欲しいの」
「え、やだ」
手を離そうとするが、鎌崎は離さなかった。強い意志を感じる。
「火霜先生に歩いてもらえよ……!」
「杖ついてるのにそんな無体は働けないでしょう……!」
「じゃあ暁に頼め……!」
「あたしにはもう、家族は優夜しかいないの!」
それを言えば、優夜と双子の暁も家族だが、鎌崎が言いたいのはそういうことじゃない。
掴まれたままの手に、優夜が折れた。
「はいはい、仰せのままに」
本日の主役に全てを委ねた。
いよいよ戻って来なかった優夜がヴァージンロードを一緒に歩いてきたのを見て、火霜が微笑み暁が笑いを堪える横で朝臣と和泉はハラハラしていた。
「いつどっちが転ぶかと……」
「わかります。綺麗でしたけど」
朝臣と和泉は初対面だが、気が合った。
フラワーシャワーの花道に戻った優夜を見つけて呼ぶ。
「昔、先生のなんかの会で急に喋らされた時くらい緊張した」
「優夜さんも緊張するんですね」
「酔っ払いのウェディングドレス踏んで転んだら一生の思い出になるとこだった」
「酔っ払い……? 二人とも綺麗でした」
「全員笑ってるの見えたけど新郎が一番笑ってた」
軈て、鎌崎と小塚が現れ、各々フラワーシャワーを浴びせて行く。双子の前を警戒しつつ通った鎌崎の思惑通り、容赦なく花を浴びせた二人は子供のように笑った。
その後、披露宴の会場へと移る。
「すごい」
暁が漏らした。
その後ろを歩いていた優夜が顔を見上げる。
会場を彩る花と、優夜の描いたウェルカムボード。
「何枚描いちゃったの、姉さん」
「描き始めたら筆が乗ってさ」
「鎌崎さん、これ見て泣いただろうな」
「どうかな。配置とかは全部朝臣に任せた」
「まだ鎌崎さんには見せてません。小塚さんには確認してもらいましたけど」
ウェルカムボードとは他に、数枚の画が飾られていた。全て白とピンクを基調としており、鎌崎の為の優夜と朝臣の共同作品だ。
花、雫、石、朝日。キャンバスボードに描かれたそれは周りに飾られた花と相まって更に美しい。
配置した朝臣ですらそれを感じた。
「良いねえ」
火霜が呟く。
各々が披露宴のテーブルに座り、主役たちが登場するのを待った。そして会場に入り、泣くのを堪えている鎌崎の表情を見て優夜と朝臣は笑った。
「いつ描いたの?」
「この前」
「あたし、朝臣くんにお花お願いしただけなのに……」
「鎌崎さんに、優夜さんの画は不可欠だと思いまして」
余興などが終わり鎌崎と優夜と朝臣がウェルカムボードの前で話す。他の画の前にもゲストたちが集まっており、写真を撮っている。
ウェルカムボードに描かれた鎌崎と小塚は溢れるような笑顔で、それが誰に向けたものかは明白だ。
その周りにピンクの薔薇が飾られており、鎌崎は口をへの字に曲げた。
「二人とも、ありがとう……!」
がっと腕を広げて二人に抱きつく。ぐわんと揺れた上体と、酒の香りに朝臣はそれを支える。
「鎌崎さん、酔ってます?」
「酔いどれ花嫁、重い」
「なによもう!」
とんとん、と優夜はその背中を叩く。
「こちらこそ」
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