第39話 老魔術師との約束①

右手に掴んでいる何かから信号のような刺激が腕から背骨を通って、脊髄、そして脳へと伝わってくる。


それが何なのかは分からない。

ただ、それが脳にたどり着いた瞬間、暗くて何も見えなかった世界が一瞬にして、灰色へと染まっていく。


なんだ?

この世界は?


『怖がることはないさ』

温度も色も音も無いように感じるその世界で突然、男の声が聴こえてきた。


声のする方向に視線を向けると、そこには全身真っ白の俺に似た男が全裸で座禅を組んで座っている。


『やあ。こうして会うのは初めてだね』

その男は俺が視線を向けると、座禅している足を崩し、俺と向かい合う形でその場に立ち上がった。


誰だ?

男からは何処かであったことがあるような懐かしさは感じるが、見覚えが無い。


『懐かしく思えてもらって嬉しいよ。僕の名前は……『---』。よろしくね』

男は爽やかな笑顔のまま、こちらに右手を差し出してくる。


名前がまったくと言っていいほど聴こえなかった。

いや、理解が出来なかったのか?


俺は名前が聴こえなかった事に疑問を感じつつ、差し出された手を掴み、握手をする。


『あ、ごめん。すっかり忘れていたよ。僕の名前は君には理解できないんだったね。うーん。困ったなぁ~。名前無いと不便だし……』

男は申し訳なさそうな顔をした後、頭に手を当てながら俺の周りをグルグルと回り始める。


『あ、そうだ。レイって言うのはどうかな?』


名前が俺と被ってるんだけど。

それに……名前なんかよりもお前、何なんだよ?


『え、僕? そうだなぁ。僕が何なのかという問いに対して答えるのであれば、僕は魔力であり、僕は闘気であり、僕は力であり、僕は君である』

目の前の男はニコニコ笑顔で俺の顔を覗き込みながらそう口にする。


……。

なんか、哲学になってませんか?

それに…抽象的過ぎて、意味わからん。


『君、注文多いねえ。まあ、いいよ。簡単に言うなら僕は君の封印された力と記憶を擬人化した存在だよ』

男は頬を膨らまして、不機嫌アピールをしながら少し拗ねたような口調でそう口にする。


封印された力と記憶?

なんだよ。それ……。

どういう事だよっ⁉


『おっと、残念。どうやら、もう時間切れみたいだ。次に話せる機会が出来たらそれに少し答えるとするよ。じゃあね。もう一人の僕』

男が俺の肩をポンポンと軽く叩くと、辺りに霧が発生し、周りにが見えなくなっていく。


ちょっと待てよ!

おいっ!


俺は必死になって男を追いかけるが、男は霧に紛れて消えてしまった。


・・・


「んっ」

眼を開けると、未だに微睡みの中にある頭を起こすように白い光が映り込む。


さっきのは……夢か。

凄くリアルな夢だった気がするんだけど。

……思い出せない。

それに、変にリアルな夢を見ていたからか、頭が痛い。


「はあ」

起きてすぐに溜息はするもんじゃないとは思うが、夢を見ていて疲れてしまったのか、自然とため息がこぼれ出てしまっていた。


とりあえず、起きるか。

俺は寝過ぎていたのか、少し重く感じる身体を起こした。


「……」

いつ、帰って来たのだろうか?


起き上がってすぐに視界に入って来た室内の景観。

そこは自分の知っている『アガルタ』の病室と酷似していた。


気絶するまでは雪山にいたはずなんだが……。

なんで、『アガルタ』にいるんだ?


『目を覚ました様じゃな』

未だに自分の状況が理解できずにいると、突然、頭の中にロンギヌスの声が聴こえてくる。


ロンギヌス?

どこにいるんだ?


『お主の右手じゃ。右手! まったく、わしを握ったまま放さしてくれなかった癖にわしの事を忘れておるとは……こうなったらユキに泣きついてやる。零に乱暴された~。と言ってやるのじゃ』


ロンギヌスに言われ、右手を見ると、そこにはロンギヌスの本体である破片が握られていた。


あ、ごめん。


俺は握っていたロンギヌスを手から放してしまい、室内の床に落ちたロンギヌスが転がっていく。


『痛っ! いきなり放すでない!』


ごめん。


『お主……。どうしたのじゃ? 顔色が悪いぞ』

ロンギヌスの心配する声が聴こえてくる。


顔色が悪いか……。

多分、この頭痛が関係しているんだろうな。


未だにひどく痛む頭を抑えながら、床に落としてしまったロンギヌスをもう一方の手で拾う。


「少し頭痛がするだけさ。そんな事よりも、ロンギヌス。あの後…。俺が気絶した後、何があった?」


雪山で気絶して、目を覚ましたら『アガルタ』の病室っぽいところにいるとか……。

意味わからん。


師匠が連れて帰ってくれたのか?

でも、ユキさんが近くにいたはずだしなぁ。


『お主が気絶した後の話じゃな?』

「うん。お願い」

『わかったのじゃ。では、ゴホン。お主が倒れた後……』


・・・


それからロンギヌスの話が2分くらい続いた。

話の内容を要約すると、俺が気絶した後、師匠がやって来たらしい。

師匠がきた理由はロンギヌスの説明だけではよく分からなかったが、俺が『アガルタ』の病室に居るのは師匠が連れて帰ってくれたという理由で合っていたようだった。


「それで? ロンギヌス。お前、隠している事ないか?」

『な、なんの事じゃ?』


そう思ったのは、なんとなくだった。

気絶した後の事を説明するロンギヌスに俺は何処か言葉にできない違和感を感じたのだ。


正直、こいつとの付き合いはまだ浅いし、こいつ自身に肉体が無いからこいつが今どんな顔をして話しているかが分からない。


でも、なんか。

俺にはこいつが思い悩んでいる様に感じた。


「お前……」

『おっと、誰かが来たようじゃ。わしは黙っとくぞ』

ロンギヌスがそう言った瞬間、病室の扉の向こう側から足音が聴こえてきた。


おい! 待て!

ロンギヌスっ!


「お? 物音が聴こえるからと思って来たら起きておったか」

扉を開けて入って来たのは2人。

1人は仙蔵師匠で、もう1人は……。


「あぁ。零さん。目が覚めたのですね」

ユキさんだった。


「はい。何とか、お陰さ……ユキさん?」

俺が2人の言葉に返事をしようとしたその時、ユキさんが怖い顔をしてこっちに近づいて来る。


え、俺、何かしたっけ?

原因を考える暇を与えることなく、ユキさんは俺の目の前まで近づいて来ると、黙ったまま抱きしめてきた。


「へ?」

思わず怒られると思って身構えていた俺はユキさんの予想外の行動に間の抜けた声が漏れ出てしまった。


え? 怒っているんじゃなかったの?

すごく怖い顔していたのに?


え? なんで?


甘い匂いと女性特有の柔らかさが思考力を奪っていく。


ど、どういう事?

なんで、抱きしめられているの?


「ちょっ! ゆ、ユキさん⁉」

突然、抱きしめられたら驚きと異性に抱きしめられたらという恥ずかしさで顔を真っ赤にしていると、ベッドについていた手の甲に一滴の水が落ちてきた。


え?


突然、手の甲に落ちてきた水。

その正体に気づくのにそんなに時間はかからなかった。


「ぐすっ。ひぐっ。何で無茶したんですかっ!」

ユキさんはポタポタと涙を流しながら、そう怒る。


「……ごめんなさい」

「私、心配だったんですよ? 零さんの意識がなかなか戻らなくて。死んでしまったらどうしようって」

ユキさんの抱きしめる力が次第に強くなっていくと共に肩が濡れていくのが分かる。


俺は……最低だ。


「……」

俺は黙ったまま静かにユキさんを抱きしめ返す。


心配させてごめんなさい。


「……ゴホンっ! 師匠。そろそろ離れてくれんかの? わしの話が出来ん」

「あっ」

仙蔵師匠の声が聴こえると同時に、ユキさんが顔を真っ赤にしながら離れる。


師匠?

今、ユキさんに向かって言ったよな?

どういう事だ?


「あのー」

「すまんな。零。要件なら後で聞くのじゃ」

仙蔵師匠はそう言うと、ユキさんの方に視線を向ける。

すると、ユキさんは軽く頷いて部屋から出て行った。


アイコンタクト?

いや、それよりも……。


今から何をするんだ?


「それじゃあ、大事な話をしようかの」

仙蔵師匠は扉の閉まる音が聴こえると同時に、真剣な表情でそう口にした。

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