第38話 襲来のJ
Side:ユキ=スノーデン
熊のようなバケモノが倒れてあまり時間が経たない内に目の前で零さんが倒れた。
「零さんっ!」
怪我をしている方の足を引きずりながら、彼に近寄り、口元に耳を近づける。
すると、少し弱ってはいるものの、しっかりとした呼吸音が聴こえてきた。
良かった。ちゃんと息をしている。
私は少し安心したからか、その場に座り込んでしまった。
それにしても、私の魔術が効かない相手がいるなんて……。
そんなことを考えつつ、視線を死んでいるバケモノの方に向ける。
バケモノは一見、熊のように見えるけれど、背中から生えている巨大な腕。
明らかに自然に生きている生物ではない。
『……キ』
それに……この雪山で生息している獣も氷系の魔術に耐性を持ってはいるけれど、完全に無効化するほどの耐性は見たことがない。
『……キ!』
この獣は本当に生物なのだろうか?
それとも……。
『ユキ!』
「はっ、ロンギヌス様。申し訳ございません。何でしょうか?」
どうやら、考え込み過ぎていたようだ。
『ユキ。零を連れて早く帰れ…と言いたいところじゃが……貴様! そこで何をこそこそとしておる』
ロンギヌス様?
一体何を?
ロンギヌス様の言葉に混乱していたその時だった。
私の背後から粘りつく様な殺意いや、敵意を抱えた言葉が聴こえてきたのは……。
「いやはや、まさか……私の隠密行動が察知されたのはこれで二度目DEATHか……。さすがは英雄と生涯を共にした神器なだけはある」
敵っ⁉
それに背後⁉
いつから?
混乱している中、声が聴こえてきた後ろを振り返ると、そこには道化のような恰好をした男が立っていた。
「お初お目にかかります。先代導師“氷結”殿。私、神霊教会の幹部を務めているジョーカーと申します。以後お見知りおきを」
道化の恰好をした男は私がこちらを見たのを確認すると、突然、自己紹介をし始めた。
神霊教会?
聞いたことがあります。
確か……昔の教え子からの手紙で書かれていたある組織の名前だったはずです。
でも、何故その組織の幹部がここに?
意味が分かりません。
ここに来る目的があるとすれば……まさか!
そうです。先程のバケモノの襲撃と言い、神霊教会の幹部の襲来と言い、こうも立て続けに起きることなのでしょうか?
こんな偶然が本当にあるのでしょうか?
もし、これが目の前にいる男の計画であるとするのであれば……目的は多分、私の暗殺……ですね。
「ふー。それで、ジョーカー。あなたは一体どういった御用でここにいらっしゃったのですか?」
私はにこにこと笑い、冷静さを保たせる。
いつ来るかは分かりませんが、少しでも怪しい動きを見せた瞬間、私の魔術を叩き込みます!
さあ、どう出ますか?
「……そうDEATHね。私の最初の目的はあなたの暗殺……」
「っ!」
随分とすんなり白状しましたね。
それにしても…やはり、私の暗殺が目的でしたか。
ならっ!
「雪の精霊よ。我が敵に白き罰を与えよ。『
辺りを漂う魔境の魔力を駆使して、数百本もの氷の剣をジョーカーの周りに生成する。
放てっ!
「おやおや、魔術師というのは血の気が多い方が多いようDEATHねぇ。はあー。消えなさい」
ジョーカーがそう口にした瞬間、ジョーカーに刺さろうとしていた数百本もの氷の剣が一気に粉砕されていく。
「何を……?」
一体、今。
何をしたんでしょうか?
全く見えませんでした。
視覚で捉えられなかったということは、風、もしくは空間系統でしょうか?
だとすると、あり得るとする可能性は前者の方でしょうか?
この魔境の魔力で充満している空間の中で、魔力の精密操作が必要な空間系統の魔術を行使するのは不可能でしょうし。
だからといって、風系の魔術に私の魔術を粉砕できるものは存在しないはずです。
なら、一体全体どんな魔術を使用したのでしょうか?
私は得体の知れない術に若干の恐怖を覚える。
『ユキには手を出させんぞ。小僧!』
先程の戦闘でほとんど力も残ってないはずなのに、ロンギヌス様は野球ボールくらいの大きさの火の玉を創り出し、ジョーカーに向かって飛ばした。
「ロンギヌス様!」
「フフフ。まさか……力を失ったあなたでもまだ、こんなに力が残っているなんて、あの御方はさぞかしお喜びになるでしょう」
あの御方?
ジョーカーの言葉に首を傾げる。
『さっきからわしの事を英雄と生涯を共にしただの、力を失っただの、貴様。何者じゃ。何故、わしの事をそんなに知っておる。あの御方とは誰じゃ!』
「フフフ。まあ、それはそのうち知ることになるでしょう。さて、私は任務に失敗したことDEATHし、3対1で不利になる前に帰るとしましょうか。では! またどこかでお会いしましょう」
ジョーカーはそう言い残すと、転移魔術を使用したのかどこかへ消えていった。
3対1?
ここにいるのは私とロンギヌス様です。
残り一人は一体?
ジョーカーが言い残した言葉に首を傾げていると、目の前の空間が歪み、そこから一人の老人が現れる。
「すまんのう。師匠。少し、来るのが遅れてしまったわい」
「あなたは……仙蔵? どうしてここに」
昔は頻繫に連絡を取っていましたが、最近はあまり取って無く、最後に連絡を取ったのは1月前くらいなはずです。
それに手紙の内容も最近の組織の活動がキツイとか、メンドクサイとかの愚痴ばかりで重要なことはあまり書かれていません。
なのに、連絡もなく何故急に?
「あー。そうじゃのう。師匠。わしの弟子はどうじゃったか」
「弟子?」
誰の事でしょうか?
仙蔵の言葉に首を傾げていると、仙蔵は何故か頭を抱え始める。
「そうじゃった。師匠にはまだ言うとらんかったのう。そこで虫の息になって倒れておるのがわしの弟子じゃ!」
仙蔵はビシッという効果音がなりそうなポーズをとると、ニヤリと悪戯が成功した少年ような悪い笑みをこぼす。
「……そうだったんですか」
零さんは弟子の弟子。
その事実に少しショックを受けながら、チラリと零さんの方に視線をやると、死にかけの零さんの姿が目に映る。
「……って、ショックを受けている場合じゃないじゃないですか。このままだと零さんが本当に死んでしまいます。仙蔵! 話したいことは山々ですが後の話は家でしましょう」
「へいへい」
私はそう言うと、零さんを担いで家の門を目指した。
・・・
「それで? 師匠。わしの弟子はどうじゃったか?」
寝込んでいる零さんを起こさないように気をつけながら、囲炉裏を囲むようにして私と仙蔵は話をしていた。
「ど、どうって……」
零さんの事を好んでいる自分もいます。
顔もタイプですし、性格も良い。
私を見ても、嫌悪感を出したり、欲情したりはしないし……。
それに……私を守ってくれた姿はとてもかっこよかったですし。
私がそんなことを考えていると、仙蔵の視線が肌に突き刺さる。
「な、何ですか? 仙蔵」
「齢300歳くらいの外見詐欺かつ生娘拗らせババアが恋する乙女のような顔をするとか……若干いや、大いに引くんじゃが」
仙蔵は引いているしぐさを見せながらそう言うと、どこからか瓢箪を取り出して中のモノを吞み始める。
この弟子はっ!
正直、今にも殴りたい衝動に駆られるけど、まだ聞けていないことがあるので我慢する。
「……それで? “どうじゃったか”とはどういうことですか?」
「あぁ、まあ、わざわざ聞かなくても良いんじゃろうけど、わしの弟子はバケモノを倒すのに役に立ったかのう?」
仙蔵の問いに私は一人、ああ。と納得する。
「はい。役に立った……ではありませんね。私は彼に助けられました」
「ほう。それなら良かったわい」
私の言葉に仙蔵は安心したような表情をした。
それにしても……なんで、仙蔵はバケモノの事を聞いてきたのでしょうか?
私が暗殺されそうになっているのを知っていたからなのでしょうか?
いや、もし、知っていたのだとしたら、仙蔵が連絡を取っていればいいのでは?
私の頭の中で疑問が疑問を呼んでくる中、仙蔵がチラリとこちらに視線を向けた後、突然、立ち上がり、懐から腕時計を取り出した。
一体どうしたんでしょうか?
「すまんな。師匠。わしはもうそろそろ帰らんといけん」
仙蔵は懐中時計で時間を確認しながらそう言うと、時計を懐にしまい、結晶のような物を取り出した。
……転移結晶ですか。
「分かりました。転移するのは良いですが外に出てしてくださいね」
「分かっておる。結界を張っておるのじゃろう?」
仙蔵はそう言いながら玄関へと歩き始める。
「見送りは必要ですか?」
「いや、いらんわい。わしはもう子供じゃないからのう」
本当に久々に会ったというのに、ろくな会話もせずに、すぐに帰るなんて師匠不幸者なんですから。
まったく。
はあ。
仙蔵、元気でいてくださいね
私がそんなことを考えながら、玄関の前に立つ仙蔵を見ていると、仙蔵は突然、振り返ってこちらを見てくる。
何か忘れ物でもしたんでしょうか?
「師匠。言い忘れておった。明日、師匠とわしの弟子を迎えに来るからのう。じゃっ!」
仙蔵はそう言うと、転移でどこかに飛んで行った。
はっ?
え?
「どういうことですか⁉ 仙蔵!」
私の叫びが虚しく響く。
まったく。
本当に仙蔵。あなたは、師匠不幸者です!
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