第37話 限界のその先へ
「さあ、熊公。第二ラウンドといこうか」
声高らかにそう宣言すると、視界に映る熊っぽい何かは様子をうかがっているのか、じっとこちらを見てくる。
……様子見か?
力も強いのに知恵もあるとか厄介すぎるだろっ!
まあ、そんなことはどうでもいい。
そんなことよりも……手、痛っっっっっぅぅ!
ジンジンと赤く染まる手を押さえたい衝動に駆られるが、我慢する。
思わず殴っちゃったけど……あいつ、硬くない?
滅茶苦茶手が痛いんだが……。
正直、ユキさんが近くにいなかったら、俺、絶対泣いてるよ?
『残念な奴じゃの』
うるせえ。男は女の人の目の前ではかっこつけたいものなんだよ。
『すっごく不純な理由じゃな』
ロンギヌスと会話しながら、目の前の熊っぽい何かに対して拳を構える。
ロンギヌス。いくぞ!
『了解なのじゃ』
「『
熊っぽい何かとの距離を詰めつつ、ロンギヌスの姿を剣へと変えていく。
一瞬にして、終わらせる!
「くらえっ! 熊公」
剣を熊っぽい何かに向かって振り下ろし、剣の刃が熊っぽい何かの皮膚に当たった瞬間、突然、横腹に衝撃が走る。
「がはっ⁉」
「零さんっ!」
予想外の方向から来た衝撃に少し、戸惑っていると、熊っぽい何かの背から黒くて太い腕のようなものが伸びてきているのが視界に入る。
なんだ?
まさか……カウンターか?
クソッ!
完全に今のはクリティカルヒットだ。
受け身をとることが出来ず、殴られた勢いのまま水切りの石みたいに吹き飛んでいく。
そして、2,3バウンドくらいしたところで勢いが無くなっていき、雪の上に大の字になって倒れた。
「はあ。はあ。ぐっ。ゴホッゴホッ」
内臓がやられたのか、口から血が出てくる。
戦闘中の興奮のせいで神経がマヒしているのか痛みはない。
だけど……身体がもうズタボロなせいか、身体を起こそうにもすぐに起き上がれそうにない。
『お主っ! 大丈夫か!』
ロンギヌスの心配しているこえが頭の中に響く。
ああ。大丈夫だ。
生きてはいる。
だけど……。起き上がるのが辛い。
『……そうか』
なあ、ロンギヌス。
頼みがある。
『なんじゃ?』
今、お前に借りてる“眼”を解除して、一時的でいいから俺の体の一部になってくれ。
『は、はあ~? お、お主の体の一部じゃと⁉』
頭の中で動揺しているロンギヌスの声が聴こえてくる。
すまん。少し言葉が足らなかった。
今の俺は、あの熊っぽい何かに“一時的な俊敏さ”では勝っているけど、反射スピードが遅いから、あいつの次の攻撃に間に合わない。
『……それで、わしはどうすればいいんじゃ?』
戦闘のサポートと神経に接続して、今よりも早い反射神経を創ってくれ。
『神経との接続は分かったのじゃ。しかしな。お主の言うとおりにすると、数分も経たない内にお主の神経が焼け切れて、わしと繋がっておる場所に激痛が走ることになるが良いのか?』
いいよ。
そんなの覚悟の上だ。
『さっき、素手で敵を殴って、手を痛めてた奴がよく言いおる。はあ。分かったのじゃ。それで? まだ、あるんじゃろ?』
うん。あと一つだけ。
剣を増やしたい。
『それは……双剣ということか?』
ああ。そういうことだ。
だって、双剣ならあいつと戦っても手数が足りるだろ?
『はあ。分かったのじゃ。なら、唱えよ。我が姿を変える呪文をっ!』
応っ!
「『
ロンギヌスの言葉に応えるように呪文を唱える。
すると、その呪文に呼応する様に先程まで1本の剣であったロンギヌスは光を放ちながら、2本の剣へと分裂していき、両手へと納まっていく。
これがロンギヌスの双剣形態か。
俺の視線の先には……一本だった剣の頃よりかは少し長さが短い2本の剣が握られている。
うん。長さしか変更点がなさそうだな。
『いや、まだじゃぞ』
ロンギヌスの声が聴こえてきた瞬間、2本の剣の柄から何か透明な管のようなものが4本伸びてきて背骨と肘に突き刺さる。
痛っ!
『まだ、神経への接続が終わっておらん』
いや、直接的だな。
すごく痛いんだけど。
『そんな痛みくらい我慢しろ。男は女の前では我慢するんじゃろ?』
そんなの今は関係ないだろ?
『……そうか。お主がそう言うのなら、さっき、お主が手を痛めてた話をユキにしてやるとするか』
だあー。もう。分かったよ。
文句は言わない。
それで、いいだろ?
そんな事よりも……。
『分かっておる。接続は完了したのじゃ。さあ、行ってまいれ』
行ってくるっ!
ロンギヌスの言葉に答えると同時に脚に闘気を纏って、先程まで熊っぽい何かと戦っていた場所まで走る。
「あんまり。これは言いたくないけどさぁ! 第3ラウンドといこうか! 熊公」
真っ白で何も見えない景色の中、一瞬だけ見えた黒く太い何かを斬りつける。
『グオォォォォ!』
傷口からこの世のモノとは思えない赤くも透明でもない緑色の液体が飛び散り、熊のようなバケモノの雄叫びが空気を通して伝わってくる。
「零さん⁉ け、怪我は?」
「大丈夫です。ユキさん。あんなヘロヘロパンチじゃ倒れませんよ」
俺は多分、ユキさんがいるであろう方向に声をかける。
『よく言うわっ! さっきまで死にかけとった癖に』
そんなこと言うなよ。ロンギヌス。
そんな事よりも……。
『そうじゃな。完全に……怒らせた様じゃ。ふうー。これからは一瞬の迷いが命取りじゃからな。集中していくぞ』
応っ!
熊のようなバケモノと向かい合うようにして双剣を構えると、熊のようなバケモノの真っ赤な眼が視界に入ってくる。
『ガアァァァァ!』
『来るぞっ!』
ロンギヌスの声が聴こえてきた瞬間、熊のようなバケモノの右腕が一瞬にして目の前まで迫って来る。
「やっぱ、早えな。クソッ!」
文句を言いながら、片方の剣で受け流す。
それに……硬い。
『次が来るぞ!』
分かってる。
ロンギヌスに返事しながら、剣を力強く握り、反射スピードでバケモノの連続的な攻撃を受け流していくが、偶に受け流し損なったバケモノの一撃が頬を掠っていく。
危ねえ。
当たらなくて良かった。
でも、安心するよりも前に手をもっと早く動かさねえと……攻撃が今度こそ当たる。
もっと強く、もっと早く。
闘気をより強くし、剣を今よりもより早く振るう。
「うおぉぉぉ!」
剣を振るスピードを徐々に上げ、目の前のバケモノの攻撃を全て受け流して攻撃へと入っていくが……。
『……限界じゃ』
「なっ⁉」
ロンギヌスの声が聴こえると同時に、右手に握られていた剣が明後日の方向へと飛んでいく。
……手が…動か……ない?
まさか……神経が焼き切れた?
このタイミングで?
噓だろ?
迫りくるバケモノの拳がゆっくりに感じ始めたその時……。
「零さんに手は出させません。『
ユキさんの声が聴こえると同時に、バケモノと俺の間に氷の壁が形成され、壁に触れたバケモノの拳が徐々に凍っていく。
「ユキさん⁉」
「今です。零さん!」
……そうだ。このチャンスを活かさねえとっ!
「『
口元に剣を創り出し、口に咥える。
これで終わりにしてやるっ!
「『
左手に握られていた剣と口に咥えていた剣に青い炎が灯り、バケモノの鋼のように硬い皮膚を切り裂いていく。
『ガアァァァァ!』
バケモノの叫び声と共に、傷口から出てくる血のような液体が顔にかかる。
うえっ。まずっ!
口に入った。
でも……。
そんな事より。
「勝ったよ。ロンギヌス。ユキさん」
目の前で傷口から緑色の液体を流して倒れているバケモノの姿を目にしながらそう呟く。
勝った。
そうだ。俺は…勝ったん……だ……。
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