第36話 レベル1

ユキさんと出会って2日目。


今日は昨日やっと、自分の意志で使えるようになった闘気を使用して、雪山で狩りをすることになった。


ユキさん曰く、この雪山の吹雪は魔境の魔力によって起こっているため、闘気だと打ち消せるんだとか……。


まあ、そんなわけで、今、俺は家の庭に来ている。


「零さん。準備は出来ましたか?」

家の門の目の前に立ち、後ろにいる俺に確認をするユキさん。

今日はいつも家で着ている真っ白な着物ではなく、何かの動物の革で作られた防具を身に纏い、弓と数十本の矢を矢筒に入れて装備している。



うん。

着物姿もいいけど、戦闘スタイルのユキさんも良い!


『お主。戦いの前にバカなことを考えるとは……阿呆なのか?』

目の前に立っているユキさんをじっと見つめていると、頭の中でロンギヌスの声が聴こえてくる。


むっ!

何だと!

俺が……阿呆だとっ⁉


『そうじゃ。お主は阿呆じゃ。戦いの前にユキの美しい姿に現を抜かす阿呆じゃ!』


なっ⁉

クソッ!

反論できねえ。

ぐぬぬぬっ!


『わははははっ! 阿呆。阿呆。お主の阿呆!』


「あ、あの~」


ロンギヌスと傍から見たら、しょうもないであろう喧嘩をしていると、今にも消え入りそうな声が目の前から聴こえてくる。


「『あ』」

声の聴こえた方に視線を向けると、顔を真っ赤にして恥ずかしがるユキさんがそこにいた。


やべ。ロンギヌスの声がユキさんにも聴こえるのを忘れてた。


『やってしまったのじゃ』


どうする?


『え、うーん。ま、まあ、これはこれで良いんじゃないかのう』

ロンギヌスがそう言った瞬間、辺りの空気が急に冷え込んでいく。


寒っ!

何で急に?

……あ。やばい。


『どうしたのじゃ? お主。顔を青くしよって……あ』

俺もロンギヌスもユキさんの方に視線を向け……固まった。


「零さん? ロンギヌス様? いい加減にしてくれませんか? 今から狩りに行くのですよ? 大怪我でも負いたいのですか?」

そうやって、ニコニコ笑顔で話すユキさんは眼が笑って無く、背後からラスボス顔負けと言っていいほどの威圧感が醸し出されていた。


……ロンギヌス。どうする?


『どうするって、そんなの決まっておるじゃろ』


……そうだな。


「『すみませんでしたー!』」

「はあ~。気をつけてくださいね。これから外に出るのですから。ふざけていると、本当に大怪我を負いますからね」

ユキさんは溜息を吐いた後、頬を膨らませて怒り始める。


うん。かわいい。


「ふうー。それでは! 今から結界を一部解除し、外へ出ようと思います。零さん。準備は良いですか?」

ユキさんはそう言うと、背にぶら下げていた弓を手にする。


それにしても、今から……外か。

正直言うと、少しだけ怖い。

まあ、死にかけたし……。


「零さん?」

「え、あ、はい。何でしょう? ユキさん」

「外は……不安ですか?」

表情が暗くなっていたのだろうか、ユキさんは心配そうな表情で俺を見ている。


「……少しだけ」

「そうですか。でも、大丈夫です。零さんが危なくなったら私が助けます。だから……安心してください」

ユキさんはそう言うと、ニコッと笑った。


「さて、では行きましょうか。『結界解除』」

ユキさんがそう口にした瞬間、目の前にあった門に穴が開き、穴の向こう側に猛吹雪で真っ白に染まった世界が映し出される。


「零さん。闘気の使用を忘れないでくださいね。では、私が先行するのでついて来て下さい」

ユキさんはそう言うと、穴の向こう側へと消えていく。


「……怖いけど、行くしかないよな。すー。ふうー」

未だに恐怖で震えている脚を叩き、目を閉じて呼吸を整える。


イメージだ。イメージ。

炎に生命の力を注ぎ込んで……燃やす!


丹田に闘気を集中させた後、全身に回していく。

すると、昨日のように全身の毛穴から熱が噴きだし、身体が次第に暖かくなっていく。


よし。成功だ。


『準備は整ったようじゃの』


ああ。一応な。


『では、行こうかの』


応っ!


俺は闘気がちゃんと全身を回っているのを確認した後、ユキさんが待っている穴の向こう側へと入っていった。


・・・


穴の向こう側、吹雪が吹き荒れ白く染まった世界。


二度目だが闘気を使用しているからか、寒さは感じない。

ただ、視界は吹雪のせいで全く見えないんだよな。

さて、ユキさんをどうやって探そうか?


『お主! ここから50m離れた場所でユキと思われる魔力とまた別の大きな魔力が交戦しておる』


ロンギヌス! 方向は!


『ここから南東方向じゃ。急げ!』


了解!

ロンギヌスの指示に従い、南東方向、ユキさんがいるであろう場所に向かっていると、その場所に近づいていくにつれて地面の揺れが次第に酷くなっていく。



近づいているのは分かるのに……。

あー! もう!

本当に視界が悪いなぁ


ロンギヌス!


『お主。正気か?』


どうした。ロンギヌス。

お前があの日…お前と初めて喋ったあの日、俺に色々な情報を渡してきたように……眼を貸すことくらい出来るだろ?


『……5分だけじゃぞ! それ以上だと……お主が壊れる』


わかった。

頼む!


『分かったのじゃ』

ロンギヌスの声が聴こえた瞬間、全身を回っている闘気とは別の電気のような何かが神経を伝って脳へと伝っていく。


見えるっ!

滅茶苦茶白黒だけど……。

自分の目で見えるよりかは鮮明に見える。


ユキさんは……そこか!

相手は……熊か?

白い背景に黒いシルエットしか分らんけど……デカいのだけは分かる。


「ユキさん! 今、そっちに行く!『Sword Creation剣創造 mode casting鋳造 type stainlessステンレス』」

「れ、零さん⁉」

ユキさんの驚く声を耳にしながら、剣を創り出し、ユキさんの元へと駆けつける。


「零さん。すみません。少し事情が変わりました。狩りは中止。すぐに家の中に戻ってください!」


ユキさんの声が少し焦っているように聴こえる。

いつもと違って息遣いが荒い。


それに……微妙に鼻につくこの鉄の臭いに、ユキさんのシルエットの脚の部分から流れ出ている液体のような灰色の何か。

これはまさか……血を流しているのだろうか?


『お主。頭を下げるか防御するのじゃ!』

ロンギヌスの悲鳴に近い声が頭の中で響いた瞬間、黒い何か、多分、熊っぽい何かの攻撃だと思うそれが避けるのが困難なレベルで近づいてくる。


やばい。防御っ!

急接近してくる何かを防御しようと、剣を構えるが……。

黒い何かが剣に当たった瞬間、理解が追い付かないほどの衝撃が全身を襲い、吹き飛ばされる。


「がはっ!」


今、何を?

殴られたのか?

あの一瞬で……?


「零さん!」

ユキさんの悲鳴が遠く聴こえる。


口の中で鉄の味がする。

それに……動けない。

今の一撃で全身のほとんどの骨が折れたのか?

なんつぅ威力だ。クソッ!

あいつらキメラかよっ!


あー。やばい。

意識は脳震盪のせいか朦朧とするし、闘気は消えかけてる。

フフッ、クソッたれ。


今の自分の絶望的な状況に毒づきながら、立ち上がろうとしたその時。


『お主。急げ! ユキが危ないのじゃ!』

頭の中でロンギヌスの悲鳴がサイレンの如く響く。


急いで先程までいた場所に視線を向けると、黒く巨大なシルエットが女性のシルエットの前に立っていた。


う、噓だろ。

あの熊っぽい何か、動きが早すぎるだろっ!


クソッ! 動け。動け。早く動け!


ボロボロになっている右手をユキさんのいる方へと伸ばす。

もちろんの事、その右手は届くはずもない。


……早く。今、自分が出せる限界より早くっ!

そうじゃないと……間に合わないっ!


『焦らないで。大丈夫。ゆっくりでいい。ゆっくりでいいから、闘気を。炎を燃やせ』

焦る俺の頭の中でロンギヌスではない誰かの声が聴こえてくると、目の前の光景がフリーズして動かなくなり、有限にも思えた時間がまるで、無限のように感じられる。


これは…。


『炎を燃やせ。より熱く。より強く。燃やせっ!』

謎の声がそう言った瞬間、身体の中で消えかけていた闘気がパチッと音を立てて燃え始める。


これなら……いけるっ!

まだ、間に合う!


「……『闘気開放オーラブースト』」

『お主。何を……』


このまま……突っ込む!

「『Lvレベル1 mode turboターボ』」

そう口にした瞬間、脹脛から蒸気が噴き出し、足裏からは炎が噴き出す。


「ふー。勝負だ。熊っぽい何かー!」

地面を強く蹴り、目の前にいる熊っぽい何かの顔面を殴りつけ、吹っ飛ばす。


「れ、零さん⁉」

後ろでユキさんの戸惑う声が聴こえてくる。


だけど……。

「大丈夫だ。ユキさん。あいつは俺が倒す」

俺は後ろを振り返り、今もなお戸惑っていると思われるユキさんに精一杯の笑顔をした後、熊っぽい何かを吹っ飛ばした方向に視線を戻す。


「さあ、熊公。第二ラウンドといこうか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る