第35話 ユキと闘気

「そういえば、えーっと。ごめんなさい。名前なんでしたっけ?」

囲炉裏を囲むようにして3人いや、2人と1つで夕飯を食べながら、目の前のスノーエルフの女性に質問する。


多分、まだ、名前を聞いてなかったはず……。


「あら。ごめんなさい。まだ自己紹介してなかったわ。私の名前はユキ。昔は人間社会で生活していたけど、今は隠居しているスノーエルフよ」

白い着物を着たスノーエルフの女性、ユキさんはそう言うと、ニッコリと笑いながら、夕食の味噌汁を啜る。


謎多き女性は魅力的というのはある意味あっているのかもな。

チラッとご飯をおいしそうに食べているユキさんを目にしながら、そんなアホな事を考える。


『はあ~。お主。ユキにホの字になっている場合ではなかろう』


べ、別に惚れてなんてないっ!


『そうか。まあ、お主が惚れておるかどうかはどうでもいいとして。お主は早くユキに聞かねばならぬことがあるのではないのか? 例えば……お主が何で気を失ったかとか』


そうだな。

確かにまだ聞いてなかった。

今、聞くか。


「あ、そういえば、もう一つ聞いてもいいですか?」

「何でしょうか。零さん」

ユキさんは首を傾げる。


ただ、その……なんというか。

エルフの美しさと首の傾げ方の美しさが相まって……。


と、尊い。

「ぐはっ!」

胸を押さえながら、すぐに鼻をチェックする。


よし、ギリ鼻血は出てない。

それにしても……これが尊いといった感情なのかっ!

クラスメイトが漫画を見ながら、尊い。なんて言っていて、鼻血を出した時はうわっと顔を顰めたが…。

なるほど、鼻血が出てもおかしくないなっ!


「零さんっ!」

「大丈夫です。何も問題はありません」

初めて感じる感情に興奮を覚えつつもチラッと心配そうにこちらを見つめるユキさんの方を見る。


うん。尊い。


『この色ボケ馬鹿たれ。早う話を進めんか』

頭の中ですごく怒ったロンギヌスの声が聴こえてくる。


ごめんなさい。


「それで……聞きたいのが。俺は何が原因で雪山の中で気を失っていたか分かりますか?」

俺がユキさんに質問すると、ユキさんは少し困った表情をする。


なんかあるのか?


「ごめんなさい。零さん。あなたが外で気絶していた原因は分かりませんが、発見当初に怪我を負っていた事と駆けつける前に聞こえた大きな音から推測するにこの辺りに住み着いている獣に襲われたのだと思います」

ユキさんはそう言い終わると味噌汁を啜りだす。


……獣か。

気絶する直前の事はあんまり覚えてないけど、普通、獣に襲われて爆発音のような音が鳴り響くもんかねぇ?


『あ、そうじゃ。言い忘れておった。魔境や魔境付近ではそこらにおる獣も星の魔力でより凶暴なバケモノへと変化を遂げるのじゃった』


そういうことは……早く言えよ!

それにしても……。


『なんじゃ?』


いや、いくら凶暴な獣に襲われたからとはいえ、わざわざユキさんに聞く必要があったのか? ロンギヌスには分かっていたんじゃないのか?

……俺が気絶した理由。


『……無いもん』


はっ、なんて?


『わしに目は無いもん。わしはいつも魔力でモノ、そして、その形を捉えているだけじゃもん。襲ってくる獣が早ければ魔力を把握できるくらいで、形は把握できないもん』


ああ。もう。

なんか、めんどいな。

ロンギヌスは放っておくか。


味噌汁を啜りながらロンギヌスの声を聞き流していると、じーっとこちらを見つめているユキさんが視界に入る。


「え、えーっと。何か?」

「あ、ごめんなさい。私も一つ零さんに聞きたいことがあったのですが……少々、お取込み中の様でしたので……」

ユキさんはそう言うと、俺の横に置かれているロンギヌスの方を見る。


うっ、なんかごめんなさい。

そういや、ユキさんにもロンギヌスの声が聴こえるんだったな。

完全に忘れてた。


「いえ、ロンギヌスとの話はもう終わっているのでユキさんの聞きたいことを話してもらって大丈夫ですよ」

「そうなんですか! なら……」

ユキさんはパアッと明るい表情になった後、手に持っていたお椀を床に置いて、真面目な表情へと変わっていく。


「零さん。あなたは何故、こんな場所へ来たのですか?」

「何故って……それは」

「いえ、言わなくてもわかります! 生きるのが辛くなったんですよね」

ユキさんは真剣そうな顔でうんうんと頷きながら、俺の手を握る。


え、いや。違うんだけど。

勝手に納得しないで。


「あ、あの」

「分かりますよ。私にもそんな時がありましたから。でも、零さん。あなたはまだ若いんです。だから……死なないでください!」

「いや、死なないって! だって、俺は……師匠に闘気の修行の一環として連れて来られただけなんだから」

「……え? 闘気の修行?」

ユキさんは俺の発言に驚いて、目をぱちくりさせている。


やっぱ、俺の事、自殺願望者と思っていたな。この人。


「え、えーっと。その。ごめんなさいね」

ユキさんは羞恥からか顔を真っ赤にした後、気まずそうに俺から手を離した。


「……そ、そういえば、零さんが倒れていた付近に他に人はいなかったのだけど……もしかして、遭難していたり…」

「いえ、師匠は帰りました。一週間後に来るとだけ言い残して……」


あのクソ爺。いつか殺す。

仙蔵師匠に対して強い私怨を抱きながら、味噌汁の残りを飲み干した。


「あ、……そう。一週間後ね」

そう口にするユキの表情はどこか曇っている。


「ユキさん?」


どうかしたのだろうか?


「ううん。なんでもないわ。それにしても……零さんは闘気の修行しに来たのね。フフフ。なら、私の出番かもしれないわね」

ユキさんはそう言うと、軽くウインクをした。


私の出番?

どういう事なんだろう?


・・・


ろうそくの灯りだけがぼんやりと灯っただけの薄暗い部屋の中、俺は……着物を上半身を晒すように脱いで座禅しており、ユキさんは顔を少し赤くしながら目を閉じて正座していた。


室内に漂う空気はどこか張りつめているように感じられる。

緊張からか心音が胸を触っていなくても分かるほど高く鳴り響き、座禅している脚の上に置いている手からは汗がこれでもかというほど滲み出て、掴んでいる着物を湿らせていく。


「あ、あのー。ユキさん。これは…一体?」

戸惑う俺の声にユキさんは赤くなった顔をより赤く紅潮させていく。


「零さん! いいですか! 今から目を瞑ってください!」

「え、どう……」

「早く瞑ってください! そして、声は出さないように!」

「は、はい!」

俺はユキさんに言われるがままに目を閉じると、木造の床を通して、ユキさんが近づいて来るのが分かる。


ゆ、ユキさんが近づいて来る。

一体何を……⁉


緊張と混乱で頭の中がぐちゃぐちゃになっていたその時、冷たい何かがツゥーっと背骨を沿うようにして伝っていった。


「ひうっ!」

あまりの衝撃にうっかり声が漏れ出る。


「ひゃっ!」

すると、俺の声に驚いたのか、ユキさんの驚く声が聴こえると同時に、冷たい何かも背中から離れていく。


「……零さん」

「ごめんなさい」

目は閉じていても怒っていると判断できるユキさんの声に俺は少し反省する。


「では、今から零さん。あなたに私の闘気を流し込みます。なので、今から私がすることに何も言わないでくださいね」

ユキさんがそう言った瞬間、背中に何か柔らかいものが当たり、耳元に暖かい吐息のようなものが吹きかかる。


っ‼⁉‼⁉


な、何⁉

目を瞑っているから、どんな状態かわからないけど……。

こ、これは…だ、抱きつかれてる⁉


「れ、零さん。集中してください!」

頭の中が暴発してしまいそうになっていると、耳元で焦ったようなユキさんの声が聴こえてくる。


「いや、でも……」

「集中してください」

口を開いて、何かを言おうとすると、ユキさんの冷たい声が耳元で聴こえて背筋がゾワリッとなって全身の毛が逆立つ。


今のは……軽い殺気?

……少しユキさんを怒らせてしまったのだろうか?

気をつけよう。


「……はい」

目を閉じまま返事を返し、集中する。


「今から……闘気を少しずつ流し込みます」

ユキさんがそう言った瞬間、背中から暖かい何かが流れ込んでくる。


……暖かい。

これが……闘気なのか?

まるで、消えそうで消えない炎のような何か。


「感覚は掴みましたか?」

「はい。一応」

「そうですか。なら、次は送り込んだ闘気をお腹の下付近、丹田に集めてみてください」

「はい!」

ユキさんの指示通りに丹田へと闘気を動かしていくが……なかなか上手くいかない。


難しいな。

魔力を動かす感覚と同じ様にやろうとしてもなかなか上手くいかない。

例えるなら、魔力が固体で。闘気が気体のような……。


「落ち着いて。零さん。魔力と違って、闘気は炎のようなモノなの。だから、酸素として常に自分の生命の力を送り込まないといけないの」


……炎か。

それに……生命の力。


生命の力を消えかけそうな炎に流し込みながら、丹田に闘気を集中させて、炎を燃やす。

すると、全身の毛穴という毛穴から熱が噴き出していき、身体が熱くなっていく。


「今のは……」

閉じていた目を開けて、自身の身体に視線を移すと、身体からオーラの様なモノが噴き出ている。


な、なんだこれ?


「成功しましたね! どうですか? 自分の力で闘気を使った気分は?」

俺が突然の変化に戸惑っていると、ニコニコ笑顔でテンションの高いユキさんが急に抱きついてくる。


「ゆ、ユキさん⁉」


うっ、流石に前から抱き着かれるのは……。

お腹当たり柔らかい何かが当たり、全身の血流が良くなっていく。


あ、やばい。

「ぐはっ!」

「零さん⁉」

ユキさんの驚く声をBGMにして、俺の視界は真っ赤に染まっていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る