第34話 雪山での出会い

「あ、今日の修行は雪山でやるぞ」

仙蔵師匠のあまりに唐突な申し出に思考が停止する。


ゆ、雪山?

じょ、冗談だよね。


「またまた。師匠もご冗談を……」

「何を言っておるんじゃ。冗談なわけがなかろう。今から楽しい楽しい7泊8日の雪山宿泊体験じゃ」

ひゃっほーいといった感じでノリノリな師匠を見て、寒気を感じる。


気のせいだと良いんだが……。


・・・


うん。全然、気のせいじゃなかった。


転移結晶という名の魔道具を師匠がニコニコしながら取り出したと思ったら、次の瞬間、ホワイトアウトと言えるほど吹雪いている雪の世界の中にいた。


あの爺っ!


「ゲホゲホッ!」

何か文句を言おうとするのに声が出ないどころか呼吸が苦しい。


周囲の気温のせいなのだろう。

喉から肺にかけて徐々に凍てついていく。


「苦しそうじゃのう? 大丈夫か?」

師匠いや、この際だからクソ爺でいいや。

クソ爺は呼吸がうまく出来ずにもがき苦しんでいる俺の姿を楽しそうに見ている。


なんて奴だ。


がはっ! ゴホゴホッ!大丈夫じゃねえわ! クソ爺

俺が目の前にいるクソ爺を睨みつけていると、目の前のクソ爺は何を考えたのか、ニヤッと笑い……。


「じゃ、また来るからの」

そう言って、転移結晶を懐から取り出し、消えた。


ふざけんな!

こんなところに一週間くらいいたら確実に死ぬわ。


それに……宿とか、食糧とかねえのかよ。


そんなことを考えていると、何とかせい。と笑う師匠の姿が思い浮かんでくる


ああ。ダメだ。

イラつく。


でも、そんな事よりも……。

このままだと寒さで俺が死ぬ。


所持品は……。

うん。今着ている魔術師専用スーツ以外に何も無い。


なら、魔術で何とか……いや、そもそも。

俺、火系統の魔術が使えねえんだった。


やばい。どうする?


『お主。いかん。横に避けるのじゃ』

猛吹雪の中、何とか呼吸を整えてブルブル震えながら立ち上がった瞬間、頭の中でロンギヌスの悲鳴に近い声が聴こえてくる。


「えっ?」


なんで? 横に……。

ロンギヌスの言葉の意味に疑問を感じた瞬間、爆発音に近い音が辺りに響き……。


・・・

ぼんやりとした暖かさを感じる。


ここはどこだろう?

身体が暖かい? いや、温いのか?


わからん。

ただ、先程までの凍てついた冷気は感じない。


目を開けると、すぐにぼんやりとした光が視界に入って来る。

寝ぼけ眼だから本当にぼんやりとしか見えないが、少なくとも日光ではないことがわかる。


首を動かして周りを確認すると、囲炉裏というのだろうか、それらしきものと古くなった木造の壁、そして自分が寝ている敷布団が視界に入る。


俺はどうやら、古い家屋? で寝ていたようだ。


それにしても……ここは、どこだ?

俺は先程まで雪山に居たはずだが……。


「うっ、痛っ」

身体を起こそうとすると、上半身に痛みが走り、起き上がれない。

それに何故か上半身が少し重い。

まるで、誰かが乗っかているような……。


うん?

なんか、おかしくない?


上半身が妙に重いことを疑問に感じ、掛け布団を剝がしてみると、何故か雪のように白い髪を持つ美女が生まれたままの姿で俺の腰辺りに抱き着くようにして寝ていた。


くぁwせdrftgyふじこlp⁉


うん。きっと悪い夢だ。

そうだ。深呼吸しよう。

すーは。すーは。


掛け布団を急いで元に戻し、少し冷静さを取り戻そうと深呼吸をするが……努力空しく心拍数はどんどん上昇していく。


やばい。

どうしよう?

頭の中がパニックで思考停止しかけたその時、頭の中に3人のミニ零が出現した。


『慌てるな。零。大丈夫。きっと幻だよ』

そう口にするのはミニ零一号。


一号。そうだよね。幻だよね。


『そうだ。そうだ。幻だ。だからさ。零。ちょーっと手を出しちゃってもいいと思うんだよなー』

悪い顔をしながらそう口にするのはミニ零二号。


いやいや。そんなことはダメだ。

絶対!


『でもよー。男が寝ている布団に真っ裸で入るんだぜ。そういう事なんじゃねえか?』


そ、そういうこと……なのか?


『ダメです。二号の言う事なんて聞いちゃいけません。そんなことしたら……ルナやアリスに一生、白い目で見られますよ? いいのですか?』

二号を睨みつけ、聖職者みたいなことを言いながら現実的に怖いことを言って脅してくるのはミニ零三号。


ぐっ、それは辛い。


『おいおい。零。まさか、ひよってるんじゃねえだろうな? もし、ひよってるならお前のこと一生、チキンって呼ぶぞ』


ち、チキンだと……。

くっ!


『零。二号の言葉に負けてはいけません。それに、零は元々チキンです。チキンって呼ばれても平気なはずです』


ぐはっ!


『ねえ、もう止めよう? 二号と三号。零のライフはもう0だよ』


よ、よくぞ言ってくれた一号。

わが友よっ!


『それでね。零。提案があるんだけど……聞いてくれる?』


なんだ? 一号わが友よ


『もう一回、掛布団の中を見てみない? チラッと確認するだけならきっと犯罪じゃないよ』


そ、そうなのか?

うん。……わかった。


掛け布団の中身を再確認するために右腕で掛け布団を掴むが、そこから右腕を動かそうとしても動かない。


『頑張れ。零』


うっ、頑張……。


右腕に力を入れ、掛け布団をのけた瞬間、布団の中で寝ていた美女が寝返りを打とうと動く。


ぶはっ!


『『『零っ!』』』

ミニ零たちの悲鳴が聞こえてくる中、赤い液体が自分から飛び散るのを最後に目にして俺は意識を失った。


・・・


「フフフ。お上手ね」

『美人を美人ってと言って何が悪い』


外と頭の中で声が聴こえてくる。

なんだか変な気分だ。


「うっ」


『お、そろそろ目を覚ましそうじゃ。こやつの世話とかは頼めるかのう?』

「はい。お任せください。ロンギヌス様」

外から聴こえてくる声の主がそう言うと、足音が近づいて来る。


だ、誰だ?


『ほれ、起きよ。もう目が覚めておるじゃろ』

頭の中でロンギヌスの大きな声が聴こえて、目をゆっくり開けると、白い着物を着た白い髪と深紅の眼が特徴的な女性の顔がぼんやりと映る。


「ふあ?」

何で、女性?


「おはようございます」

女性は俺と目が合うと突然、お辞儀してくる。


「あ、はい。おはようございます」


この女性……さっきの。


『お主。いつまで見つめておるのじゃ。いくら、この女子が美人じゃからって女性の顔をまじまじと見るのは失礼じゃぞ!』


ご、ごめんなさい。


「あらあら。ロンギヌス様。別に私は構いませんよ? それに……彼が見ているのは私の耳でしょうし」

そう口にする女性の耳は少しだけ先が尖っていて、耳の長さは人間の耳より少しだけ長かった。まるで、小説などで出てくるエルフのように……。


『お主。人間以外を見るのは初めてか?』


初めてだよ。

だって、俺。普通の人間だよ?


『はあ~。まあ、初めてだから仕方ないとして、スノーエルフの耳を見るのは失礼に値するのじゃぞ』


スノーエルフ?

エルフってあのエルフなのか?

うーん。わからん。


「まあまあ。ロンギヌス様、仕方ありませんよ。だって、今もなお、生きているエルフは皆。人間に擬態するか、ここ、魔境の一つ。“南極ピラミッド”のような魔境の近くに生息しているのですから。それに……こんなところに来る人なんて、無謀な探険家か、自殺願望者しかいませんもの」

女性は口元を手で隠しながら、微笑む。


「え、ちょっ、今、なんて?」

「無謀な探険家か、自殺願望者……」

「その前!」

「魔境」

「それ。その魔境って何?」


魔境。

初めて聞く言葉だ。

それに……南極?

は?


「魔境ですか。えーっと。魔境というのはですね。星の魔力が溢れ出す龍脈がある場所の事を指す言葉でして、普通の人が近づけば、即死。私でも長くいることは出来ない場所です。だから、近づかないでくださいね」

女性はニコニコしながら説明してくれる。


うん。

もう頭が追い付かねえわ。


『大丈夫じゃよ。こいつにはわしがついておるから』

「そうですね。なら、安心です。あ、そういえば、玄野さんでしたっけ? 一つ聞いていいですか?」

女性は急に俺の顔をじっと見つめてくる。


「な、何でしょうか?」

「先程、鼻から血を流して倒れていましたが、大丈夫ですか? 怪我口が開いてませんか?」


あっ……。


『ぶははははは』

真っ白になった頭の中、ロンギヌスの声だけが響き続けるのであった。

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