第33話 零の気持ち/ルナの悪夢
「今日もありがとうございました。仙蔵師匠」
「うむ」
今日の修行のメニューが終わり、俺は目の前に立っている老人、仙蔵に頭を下げて修練所から出ていく。
別に今からすぐに帰るわけではない。
これからとある場所へと向かうのだ。
最近、会えてなかったから、そろそろ会いに行かないと拗ねられそうだしな。
修練所から出た瞬間、通路を通るスタッフたちにぶつからないように気をつけながら、走って、『アガルタ』の療養病棟へと向かう。
「はあ。はあ」
大分走って来ていたせいか、療養病棟に近くまで来た辺りで少し息が切れた。
さすがに修行後だから、体力が残ってないな。
『さすがにいったん休むのじゃ』
分かってるよ。
「はあ。はあ。ふう。ふー」
ロンギヌスと会話しながら、いったん立ち止まって呼吸を整えていると、通路の向かい側から一人の女性が歩いて来る。
「あら。久しぶりね」
「そう……ですね。こうして顔を合わせるのは久しぶりですね。薬師寺さん」
俺は目の前の白衣を着た女性、薬師寺典子に軽く会釈する。
『お主。このナイスバディな女性は誰じゃ』
この人は薬師寺典子さん。
“導師”の一人で、表の世界って言えばいいのかな?
そこで病院の院長をしている人だよ。
そして……。
「今日は彼女のお見舞いに来たの?」
……ルナの世話をしてくれている人だ。
「はい。やっと、時間が空いたもので……それで、ルナの調子はどうですか?」
薬師寺さんは俺の質問に何かを喋ろうと口を開いた瞬間、突然、口を閉じて黙り込んだ。
「……良いとは言えないわ。まだ意識が無い状態よ」
「それは……治るんですか?」
……治らないとかないよな?
「分からないわ。ただ、今言えることは、彼女はただの魔力切れじゃないみたい」
「それは…どういう……」
「聞くよりも見た方が早いと思うわ。ついて来て」
薬師寺さんはそう言うと、来た道をまた戻り、療養病棟の中に入っていく。
俺たちも行くか。
『そうじゃの』
ロンギヌスと会話しながら、薬師寺さんの後をついて行く。
・・・
「ついたわ」
薬師寺さんはそう言うと、病室の扉を開けた。
部屋の中はいつも俺が入院している病室と同じ構造をしていて、部屋に中にポツンと置かれたベッドの上には一見すると、人形に見間違えてしまいそうな銀髪の少女が眠っている。
「……ルナ」
近くにあった椅子に座って、ルナの手を握りしめる。
『この女子がルナという少女かの?』
そうだよ。
俺の相棒で……俺の大切な存在だ。
『なんじゃ? 好きな女子ではないのか?』
ねえよ。
俺はロリコンじゃねえ。
それに、ルナは……。
『ルナは?』
いや、何でもない。
ロンギヌスとの会話をやめて、ルナの顔を見る。
呼吸は安定しているが、点滴等でしか栄養をとれていないため、少し瘦せているように見える。
ルナ……。
「すみません。薬師寺さん。少しだけルナと2人きりさせてもらってもいいですか?」
俺は椅子から立ち上がり、扉付近に立っていた薬師寺さんに声を掛けた。
「別にいいわよ。ただ……」
「ただ?」
「寝ている女の子にオイタはしちゃダメよ?」
「なっ⁉」
顔が次第に熱くなっていく。
「そ、そんなことしませんって!」
薬師寺さんの言葉に俺が顔を赤くしながらそう言うと、薬師寺さんは悪戯が成功した子供のようにニヤリと笑っていた。
「フフッ、元気が出た様で良かったわ。じゃあね」
薬師寺さんはそう言い残すと、部屋から出ていった。
『面白い女子じゃの』
うん。そうだな。
『あの女子の事は好きではないのかの?』
薬師寺さん?
いや、綺麗で美人さんだとは思うけど、無理だね。
実験と称して毒盛られそう。
『なんつう理由じゃ』
薬師寺さんについて話せば長くなりそうなのでロンギヌスを無視して椅子に戻る。
「もう、あれから2週間か」
あの森でジェスターと戦った時にルナが使ったあの黒い何か。
多分、あれを使用したせいで、ルナはもう2週間も経つのに昏睡状態にある。
「ルナ。俺さ、明子さん以外にも師匠が出来たんだ。それでさ……師匠、仙蔵って名前なんだけど。このお爺さんの修行がさ、途轍もなくスパルタなんだよね。俺、休みなくてさ」
長い眠りについているルナに笑顔で近況報告をするが、もちろんのこと、ルナの表情に変化はない。
まあ、そうだよな。
昏睡状態だし……笑うわけないよな。
「なあ、ルナ。いつになったら起きるんだよ」
ルナの冷たくなっている手を握りながら呟く。
お前が起きたら聞きたいことはたくさんある。
黒い何かの事とか。
お前が召喚魔術で呼ばれてきた理由とか。
お前がどんな気持ちで俺を助けてくれているのか…とか。
あと、お前の本当の目的は何なのか……とか。
いつか、きっと、お前が話してくれると思ってたから聞かなかったけど、聞きたいことはたくさんあるんだ。
でも……そんな事よりも……。
「ルナ。お前に聞きたいことはたくさんある。でも、今は正直そんなことはどうでもいいんだ。もう話さなくてもいいから……起きてくれよ。家族の1人が寝たきり状態っていうのは俺にとっては……辛いよ」
水が一滴、ベッドシーツに落ち、染み込んでいく。
俺にとって、ルナ。お前は相棒であり、家族の1人なんだよ。
「この2週間。相棒が……。家族が……死んでしまうかも、二度と目を覚まさないかもと思ったら、心配でたまんないんだよ」
ルナ。早く、早く。目を覚ましてくれ……。
・・・
Side:ルナ=セクト
真っ暗闇の世界。
誰もいない。
白と黒以外の色も存在しない。
温度も存在しない。
まるで、死んだ世界。
「……私はルナ=セクト。私はルナ=セクト。私はルナ=セクト。私は」
そんな世界の中で、私は頭を押さえながら必死に自分の名前を唱え続ける。
これが現実世界なら、頭の可笑しい人扱いされるだろうが……。
今の私はそれどころではなかった。
入ってこないで!
記憶を奪わないで!
お願いだから出てって!
心の中でそう叫びながら、自分の中に入って来る黒い何かの進行を拒絶する。
先程から入って来る黒い何かは何なのかは知らない。
だけど、最初に進行を許した時、自分の何かをソレに奪われた。
正直に言うと、奪われたものが記憶とは断定していない。
何となく、それが記憶だった気がするだけだ。
奪われたのが記憶というのが正解かどうかなんて正直どうでもいい。
いや、どうでもいいというより、そんなことを考える暇がないといった方が正解だった。
私にとっては、ただただ、私の中を進行し続けるその黒い何かが怖かった。
逃げても逃げても追いかけてくるソレに私は……得体の知れない恐怖を感じていたのだ。
『フヒヒ。キャハッ! キャハハハハハ。ねえ、ねえ!』
『憎い。憎い。ニクイ!』
『許さない。許さない。世界のスベテをユルサナイ!』
『苦しいよー。タスケテよー。おカアサーン。オトウサーン』
必死になって拒絶していると、頭の中で幻聴が聴こえてくる。
酷い幻聴だ。
耳を押さえても聴こえてくる。
最初はただの耳鳴りだったはずなのに……。
「うぐっ、はあ。はあ。はあ」
胸を押さえて倒れ込む。
また少し、黒いのが進行したらしい。
身体が黒く染まっていく。
これが最後まで進行したら、私はどうなってしまうのだろう?
……怖い。
「はあ。はあ。はあ。……それにしても、ここは……」
どこ?
ここに来て何時間が経過したの?
皆は?
皆はどこにいるの?
零。アリス。マルティン先生。明子さん。
■■■さん。
……『アガルタ』の皆。
誰か、誰か。助けて。
ワタシをここから救い出して。
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