最終話 さよなら(15/15)

■シーン19■ 宮殿、大広間


       正装をした大勢の人々と、カメラの放列。ストロボがまぶしく焚かれる。


       日本国代表。ゆったりした話し方。


代表   :「皆様の、我が国への訪れを、心より、嬉しく、思います」


       吉祥天女、静かな足取りでマイクの前に進み出る。一礼する。


吉祥天女 :「只今の陛下の歓迎のお言葉を、私共一同、まことに光栄に存じます。私共も、皆様との交わりの旧に復する事を、心から嬉しく存じております」


吉祥天女 :「ですが、私共は、ただ旧を懐かしみ、皆様との交わりを復する事のみのために参ったのではございません。この星に暮らす全ての生き物が共通して関わる問題、第3物質の問題について、皆様と協議するために参ったのです。私は、この問題に皆様が真摯に取り組み、私共との話し合いに臨まれる事を、切に願うものです」


       大広間。頭を下げる吉祥天女。ストロボが次々に焚かれる。



■シーン20■ 皇居前広場


       皇居前広場。豪華な牛車が3台並んでいる。


       皇居前広場。内堀通りを挟んで女性レポーター。背後に大勢の報道陣、見物人ら。


レポーター:「私は今、皇居、二重橋前に来ています。ご覧下さい。この大変な人の数」


       群集。警官がその前にロープを引き、人々を規制している。


レポーター:「橋の前には、先ほど、3台の牛車がつけられました。すでに宮城の門は開かれており、間もなく、吉祥天女一行は私達の前に姿を現わすでしょう」


       群集。その中に啓吾。後ろから押されながらも最前列に立っている。


スタジオ: 「立花さん、現場に危険はありませんか?」

レポーター:「大丈夫です。現場は整然と、天女たちの登場を待っています」


       二重橋、遠景。


レポーター:「(声のみ)あ、今、橋の上に吉祥天女が現れました。私たちの目の前に、今、吉祥天女が姿を現しました。続いて天女達、吉祥天女を先頭に、橋を渡っております。ゆったりとした足取り。吉祥天女とその後に8人の天女が従っております。吉祥天女が今、橋を渡り終えました。そのまま、牛車の方へ歩いて来ます。まっすぐに私達の方へ歩いて来ます。美しい着物姿です。美しい純白の羽衣です。天女達が続きます」


レポーター:「キャー! 天女の一人が手を振りました。天女様が私に手を振って下さいました。私も手を振り返します。私も今、天女様に手を振り返しています。天女様がまた。キャー! 素敵! 吉祥天女様が牛車に乗り込まれました。手を振って下さった天女様も、今、牛車に乗り込みます!」


       順番待ちをする天女達。

       その後ろから2番目に彩香、桃色の地に紅葉の柄の小袖に袴肩衣姿、白い羽衣、吉祥宮天女の身分を示す日輪の冠を額につけている。

       彩香、ふっと群集の方へ顔を向ける。


       群集の中の啓吾。


       立ち尽くす彩香。風花が不審げに声をかける。


風花   :「彩香、どうしたの?」

       彩香の視線を追って群集を見る。


       群集の中に啓吾、彩香を見つめている。


風花   :「(厳しい声で)駄目よ、彩香!」

彩香   : 風花を見る。再び群集を見る。もう一度風花を見る。

      「風花、ごめん。少しだけ」

       風花を振り切り、列を離れて歩き出す。

風花   :「彩香!」


       彩香、広場を横切り群集の方へ歩く。

       群集にどよめきが起こる。ストロボが次々に焚かれる。

       が、彩香が内堀通りに差し掛かると、逆に後ろに下がり出す。


       群集から取り残されるようにして一人立つ啓吾。無表情に立ち続ける。

       その前まで歩み出る彩香、後ろ姿。


       立ち止まる彩香。

       画面、彩香の足元から上にチルトして衣装、そして表情を捉える。

       少し大人びた表情。日輪の冠が日差しを受けて輝く。

       まっすぐに啓吾を見つめる。


       啓吾、表情を消して彩香を見つめ返す。


彩香   : 正面から啓吾を見つめて、

      「どこかで、お会いしましたか?」


       見つめ返す啓吾。ふっと目を上げて広場の奥を見る。

       広場、彩香の背後に風花、首を横に振り、口元に指を立ててみせる。

       啓吾、再び彩香を見る。口を開く。


啓吾   :「いや‥‥」


       彩香の顔に落胆の色が浮かぶ。目を伏せる。


彩香   :「そう、ですか‥‥」


       啓吾、彩香を見つめ続ける。ふと、声を掛ける。


啓吾   :「結婚‥‥、しなかったんだ」


       彩香、驚いた表情で顔を上げる。

       啓吾、あわてて、


啓吾   :「あ、いや、失礼な事を‥‥」


       彩香、それがくせで口元に指を当ててくすっと笑う。


彩香   :「いえ。もう慣れてます。自分で播いた種ですから」

       可笑しげに啓吾を見、そして、目を伏せる。


       啓吾、彩香を見つめ続ける。


       彩香、しばらく顔を伏せている。ふと、声を上げる。


彩香   :「ある人に、やりたい事を目いっぱいやれって言われたんです」


       啓吾、驚きの表情が浮かぶ。


彩香   : 目を伏せながら、

      「夢‥‥だったのかも知れないんです。みんなにはそう言われるんです。でも‥‥」

       思い切った様に、顔を上げてはっきりと啓吾を見つめる。

      「でも! その方と、この星のどこかでもう一度会えるような気がするんです」


       啓吾、驚いた表情のまま彩香を見つめ返す。やがて、表情を和らげる。


啓吾   :「きっと会えるよ」


       彩香、驚いた表情を浮かべる。


啓吾   : 彩香を見つめて、

      「きっと、君を待っているよ!」


彩香   : 表情を輝かせて、

      「はい!」


       街路俯瞰。彩香、啓吾に深々と頭を下げると、踵(きびす)を返し、静かな足取りで仲間たちの元に戻って行く。


       啓吾、彩香を見送り続ける。その背後で報道陣が画面右方へ走り始める。


       皇居前、俯瞰、南方を望む。内堀通りを、赤坂迎賓館に向けて牛車が走り出す。それを追って報道陣が道の左側を走る。

       啓吾、取り残されたように路上にたたずみ続ける。

       ズームアウト。ビル街の上に秋の空がまぶしい。



物語 完


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(仮題)1998年夏 デリカテッセン38 @Delicatessen38

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