最終350話 国破れて山河あり―2

 由利鎌之助は、佐江姫の墓前に白い布包みを供え、深々とぬかづいた。

 土屋重蔵もこれにならう。


 鎌之助が瞑目し、合掌しつつ、佐江姫の墓に語りかける。

「姫さま、若が還ってまいられましたぞ」

 重蔵が涙目になってつぶやいた。

「姫さまの願いが叶い、若は日ノ本一のになられまいたぞ」


 やがて白い布包みを墓の下に納めた二人は、放心したかのように眼下の眺望に目を移した。

 幸村から授けられた遺命をついに果たしたのだ。ついに果たし終えたのだ。

 蒼天のもと、信濃の青い野に風が吹き渡る。千曲川の水面が陽光をね返し、上田の里をまぶしい銀色の輝きとなってつらぬく。

 鎌之助が感に堪えたように、声を漏らした。

「この景色を眺めておると、何やら心ががらんと晴れ渡ってくるような……」

「うむ。いかにも」

 重蔵がへの字に口を結んだ口を開け、大きくうなずいた。


 風が光り、樹々の葉が陽光にひらめく。その後、二人は肩を並べて無言で座し、眼下の風光に目を遊ばせた。

 そのまま四半刻(約30分)――。

 白い山袴やまばかまちりを払って立ち上がった鎌之助が、意を決したように声を張り上げた。

「天下など徳川にくれてやるわ。われらには、この信濃の天地がある。それだけでよい」

 重蔵がつづいた。

「そうじゃ。われらには信濃の山河がある。この光も風もわれらのもの。それだけで十分じゃ」

 どこかで鷹の啼き声が聞こえた。

 二人は北の戸隠村の方向に視線を移した。

 青い山の連なりが目に入った。


 慶長という年号が、元和げんなと改められたのは、それからまもなくの7月13日のことであった。

 大坂夏の陣を最後に、150年もの長きにわたる戦後の世は終わりを告げた。徳川幕府が元和偃武えんぶと称する天下泰平の時代が到来したのである。


 ――完

(ここまでおつきあいをいただいた皆様に感謝申し上げます)

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真田幸村の恋 海石榴 @umi-zakuro7132

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