第24話 気持ち悪いから好きじゃないの
「は?どうしたの?頭でも打った?」
彩は何かおかしなものを見るような目を俺に向ける。俺は黙ったまま真っすぐに彼女の方を見る。
「私、なんかおかしいこと言ってる?」
彼女の声音は苛立ちや困惑、動揺、様々な感情がごちゃ混ぜになったような感じだった。
「別に」
「なにそれ。ぱっとしない答え。そういうところ、好きじゃない」
沈黙が流れる。二人の間だけ、空気が停滞しているような気がした。いっそ、弟のことを言ってしまうべきなのだろうか。そんなことを頭の中で考えていたとき、偶然なのか彼女の口から出た言葉は核心をついていた。
「あんた、もしかして弟のこと知ってんの?」
「……うん。話したこともあるよ」
隠したところで、きっと彼女は真相を突き止めるだろう。そう思ったから、正直に告白した。彼女は俺のさっきまでの行動に納得がいったような雰囲気を見せた。
「あー、だからそんな擁護してたのか。らしくないと思った。だったら私の気持ちもわかってよ。気持ち悪いから好きじゃないの」
気持ち悪い。理屈では説明のつかない、根源的な感情による拒絶。きっと現在でもそのような気持ちを抱いている人も少なくないのだろう。ましてや自分の身内がそうなってしまったら。
「俺は、わからない。別に誰がどんな格好してもかまわないと思いたい」
「私だって他人だったら、適当に距離取るなりして上手く付き合うよ。でもさ、弟なんだよ。ずっと一緒にいてきた弟なんだよ。ある日突然スカートを履いたとしてさ、それを許容なんてできないよ」
感情が爆発した涙声に周りの人の奇妙な視線が集まる。たぶん、痴情のもつれか何かと勘違いされるのだろう。彼女は目を伏せて、すすり泣きをしていた。
「急じゃなかったら、例えば咲空が昔からプリキュアが好きだったとしたら、受け入れられたと思う?」
「わかんない。考えたくない」
正直、彼女にかける言葉も見つからなければ、自分自身がどのような方法でこの問題を解決に向かわせることができるのか、俺には全く見当がつかなかった。ただ、彼女が考えたくない問題を、誰かが考えてやらない限りは、事態は何も進まないだろうし、それができるのはおそらく俺だけだろうと、そう思った。
「あのさ、ちょっとだけ時間をくれないか」
「どういうこと?」
「俺はさっきまで彩の気持ちは何も知らなかった。弟を避けているんなら、彼もその気持ちは知らないと思う。直接話すのが難しいなら、俺が真ん中に入って二人の話を聞いて、ちょっとずつでいいから気持ちを近づけていって、関係を戻してほしいと思ってる」
「嫌って言ったら?」
「知らない。勝手にするかもしれない。咲空も友達だから」
「そう。いいよ。勝手にしてほしい。私の気持ちは変わらないと思うけど」
「わかった、咲空には俺から伝えておくから気にしないで」
「ん。じゃあ」
それだけの短い返事で彼女はどこかへ行ってしまった。時計を見るともうすぐ昼休みは終わろうとしていた。少しだけ時間を空けてから教室に戻ろうとしたとき。
「あ」
「どうも、お久しぶりです」
彩の親友の佐々木結愛と出会った。彼女は相変わらず、少しだけのんびりとしたお嬢様といった感じだった。
「この前の件は、解決しましたか?」
「え?」
「ご友人が不仲だったという話をしていただいた気が……」
「ああ」
彼女に二人の関係を伏せてそんな話をしていたことを思い出す。
「まあ、一旦話を聞くことはできたから、これから何とかしていくしかないかなって感じ」
「そうですか。あまり無理せず、自分ができる範囲で頑張ってくださいね」
「ありがとう。佐々木さん」
そんな軽い話を終えて自分の教室に戻ると、既に彩は自分の席に座っていた。俺は彼女の姿を横目にちらっと確認した後、自分の席に座ってスマホを開く。
『放課後、少し話があるんだけど、いいか?』
咲空へメッセージを送る。
『何かありましたか?全然大丈夫ですけど……』
すぐに既読がついてメッセージが返ってきた。
『じゃあ、放課後、昇降口で待ってる』
『わかりました』
その返信の後、俺はどのように彼に昼休みのことを伝えるべきかを考えすぎて、午後の授業はあまり頭に入ってこなかった。
姉に女装させられたらすべてが拗れた件について 赤井あおい @migimimihidarimimi
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