第2話 パールゴールドの邂逅

 頭を抱えて唸っていると、馴染み深い声が降って来た。


「ケイト?」


 顔を上げれば、幼馴染のクリスロードが首を傾げて佇んでいる。

 健康的な肌色に小麦色の髪、優しいオリーブ色の瞳を見たら、ケイトは彼に抱き着いていた。


「クリスーっ」

「何があったの?」


 慌てることなくケイトを抱き留めたクリスロードは、安心させるように柔らかな髪を指で優しく梳いた。

 暖かな温もりだ。

 優しい心音と森の中にいるような穏やかな香りに包まれて、ケイトも徐々に落ち着きを取り戻す。


「それがさ、あー、おまえの部屋どこ? 今ルームメイトいる?」

「いるけど、ジョーだから」

「ジョー!?」

「うん。俺も驚いた」


 クリスロードは苦笑して自分たちの部屋へケイトを誘った。


 ジョーことジョーニォは、二人の共通の友である。初めて会ったとき、ケイトは彼の外見から狐を連想した。山吹色の髪は真ん中分けの外跳ねで、ヘーゼルの瞳は猫目。今でもそのイメージはあるが、中身を知ると、コヨーテの方がピッタリだと思う。

 ジョーニォはトビになると言っていた。それで見習い修業に励んでいたはずである。そんな彼がなぜ、学問所にいるのだろう。


「ケイトはルームメイトともう会った?」

「……会った」


 ずぅんと沈んだケイトを見やり、クリスロードは微かに眉を上げた。


「合わなそうな人だった?」

「アヲイだった」

「え」


 思わず足を止めたクリスロードも、オランジュ家とアヲイ家の不仲は知っている。


「クリスー、部屋交換してくれよ」

「いや、それは俺にも無理だから」

「あいつ、なんか俺のこと知ってるみたいだけど、俺、初対面だよな?」

「彼に会った話をケイトから聞いたのはこれが初めてだけど。とりあえず、部屋に行こう」


 クリスロードは気を取り直し、ケイトの背中をそっと押した。


  ◇◆◇

  

「あれ、ケートじゃん」

「本当にジョーだし……」

「あ? なんかテンション低いな」


 クリスロードの部屋へ入ると、ジョーニォがベッドで寛いでおり、ケイトは脱力してフローリングに敷かれた絨毯の上に座り込んだ。


「何かあったのか?」

「ケイトのルームメイトがアヲイ家の人で」

「アヲイ家?」

「貴族の間では有名なんだ。古い血筋の大貴族だよ」

「ほー」


 一般家庭で育ったジョーニォは、適当に相槌を打ってケイトに目をやる。


「そんで、その家のやつと同室だと、なんかマズいことでもあるのかよ?」


 クリスロードはケイトの近くに腰を下ろし、ベッドを背凭れにしてジョーニォを見上げた。


「アヲイ家とケイトの家は仲が悪いんだ」

「は?」

「詳しいことは知らないんだけどね。ほら、うちは田舎の小貴族だから」


 そこでケイトがボソリと言った。


「でも、クリスの家は新興貴族のうちと違って歴史がある」

「歴史だけはね」

「……貴族にも色々あるんだな」


 ジョーニォは初めて耳にする情報の数々に遠い目をしてしまった。けれど、目の前には俯いたままのケイトがいるわけで。


「あー、つまり、ケートはキライなやつと同室になっちまったと」


 貴族云々という前に、彼らは友だちなのである。


「べつにキライとか、そういうのじゃないけど」


 ケイトは抱えた膝に顎を乗せ、降り頻る花弁の中で見た彼を思う。

 そもそも、個人的な感情を抱くほどの関わりが今日までなかった。当然だ。父がアヲイ家をうとむので、家族は同調し、アヲイ家に関わらないようにしていたのだ。


「じゃあなんだよ」


 ジョーニォが片眉を上げる。


「関わらないように、父さんから言われてるし……」

「なんで」

「わかんないけど、」


 ケイトは微かに眉根を寄せた。


「親の言うことなんて、聞かなくてよくねぇ?」

「だけど、理由もなくそんな事言うかな」

「案外、いけ好かねぇだけだったりしてな」

「そうかなぁ」


 二人の会話をどこか遠くに感じながら、ケイトはゆっくりと目蓋を閉じた。

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