第9話 カラフル弾ける

 ――絶対取ってやる!


 梯子はしごなど眼中にない。ケイトは目当ての本の背表紙を睨みつけ、軽くジャンプし、本を抜き取ろうとした。

 少し手前へ出せた。

 もう一度。

 ここまで斜めにすれば取れるだろう。

 背伸びして、手前に傾いた本を手で掴んだときだった。不意に人の気配を感じ、ケイトはギクリと動きを止める。

 そちらに首を回して、目を見開いた。


 ジュリオン――。


 バッチリ目が合い、カァッと顔が熱くなる。

 慌てて本を引っぱり出したら、左右の本まで一緒に降って来た。


「っ、」


 目を瞑って首を引っ込める。

 目蓋の向こうでバサバサと本が落ちる音。けれど、身体に衝撃はない。

 薄目を開けたケイトは、目に飛び込んできたローブにハッと顔を上げた。

 近距離で、切れ長の目と目が合う。

 ジュリオンは、ケイトを閉じ込めるように後ろの本棚へ腕を付いていた。


 トサッ


 遅れて降ってきた本が、彼の後頭部に当たって落ちていく。ジュリオンはその本が床に到達する前に手で掴み、小さく息を吐き出した。


「だ、大丈夫か?」


 ケイトの声は、喉からやっと出たようだった。


「ああ」


 藍色の瞳が向けられる。

 足元に散らばった本へそろりと目をやり、ケイトはウッと息を呑んだ。

 いや、それより今は、ジュリオンの後頭部を心配すべきだろう。何事もなかったかのような顔をしているが、直撃したのを見てしまったのだ。


「ちょっと屈めよ」


 思わず言えば、ジュリオンは腰を折り、ケイトの目の前に顔が来るようにした。


 ――身長差!


 ピクリと眉が動いてしまう。

 けれどもケイトは何食わぬ顔で視線を外し、彼の後頭部――さらりとしたウグイス色の髪に手を当てる。微かに反応したジュリオンは、しかしそのままケイトに任せた。不調を訴える場所に自身のオウルを流して調和させれば、すぐに不調のシグナルは消えていった。


「どうだ?」

「ありがとう」


 ジュリオンは髪を揺らして姿勢を正す。

 その、いかにも貴族といった立ち姿を目にしたケイトは、顔を強ばらせた。


「これくらい、自分で出来たな」


 ジュリオンは古い血筋の貴族なのだ。オウルに関して、ケイトより詳しくても不思議はない。

 しかしジュリオンは首を振り、微笑を浮かべる。


「治癒はやってもらった方が治りが早い」


 そうして、何事もなかったかのように床の本を拾い始めた。ケイトもそれに加わったが、本棚に戻す作業は情けなくも見守るしかなかった。


「他に必要な本は?」

「え? えーっと……」


 手持ち無沙汰なケイトは手が届かない棚へ目をやり、背表紙に目を走らせた。気になるタイトルに視線が止まると、すかさずジュリオンが手を伸ばす。


「これ?」

「うん、」

「課題の参考文献か」

「まあ」


 あの講義にはジュリオンもいたなと思いつつ、ケイトは差し出された本に目を落としたまま、ぶっきらぼうに言う。


「使えるのあったら、貸してやる」

「……ありがとう」


 耳通りの良い涼やかな声だ。

 ケイトはむず痒くて落ち着かず、眉根を寄せて顔を上げた。


「本、わるかったな。……さっきのこと誰にも言うなよ」


 するとジュリオンは目を瞬いて、微かに首を傾げる。何も分かっていなさそうな表情に、ケイトの眉間のシワが深まった。


「だから、俺が本を取ろうとして、その……」

「ああ、背伸びして必死に手を伸ばしていたこと? あるいはジャンプして、」

「言わなくていいッ」


 どこから見ていたのだ。ケイトは顔を真っ赤にし、小声ながら声を荒げた。

 ケイトを見下ろす瞳が楽しげに細められる。


 ――こいつ!


 けれども言葉を発する前に声をひそめた話し声が近づいて、ケイトがハッと反応すると、ジュリオンは優美な微笑を残して行ってしまった。

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