第6話 たけなわスプリング

 ケイトはふと顔を上げ、その姿を見つけた。


「あ、クリスだ」


 芝生の向こうから、ケイトとジョーニォを見つけてやって来る。どことなく落ち着かない様子だ。


「トイレか?」

「ちがう。メイリーちゃんと会って来たんだ」

「メイリーちゃん?」


 突然飛び出した女の子の名前に、ジョーニォが目を丸くした。


「隣の女子校にいて。田舎の小貴族同士、親が仲良くて、たまに会っていたんだ」


 クリスロードはオウルを煌めかせつつも控え目に話す。

 ケイトは半目になって茶化すように言った。


「そのメイリーちゃんがなんだよ。告白でもされたのか?」

「ケイトは鋭いな。実は、そうなんだ。俺たち、付き合うことになって、」

「はあ!? 学生生活初日で彼女ゲットってなんだオラァ!」

「ジョー、声が大きい。落ち着いてっ」


 火花が飛びそうな勢いだ。

 握り拳を作ってわめくジョーニォには、並々ならぬ思いを感じる。

 クリスロードは助けを求めてケイトに目をやった。


「ジョー、女子校は隣にあるんだ。チャンスはいくらでもある」


 ケイトはそれらしいことをそれらしく言った。


「テメェは余裕だなぁケート」

「ケイトは恋愛とかあんまり興味ないよな。告白されても振ってしまうし」

「ンだと!? お前モテるのか」

「いや、……よく知りもしない相手に、付き合うなんて言えないだろ」


 実際のところ、ケイトは誰かを好きになったことがない。ジョーニォがこんなに固執するなんて、恋愛とは、そんなに素晴らしいものなのか。


「男ならよぅ、女の子とあんな事やこんな事してえと思うだろうが」

「そうなのか? クリス」

「ケイトっ、俺はそんなつもりじゃ……」


 クリスロードは顔を真っ赤にしてアワアワする。

 それが新鮮でおかしくて、ケイトはくつくつ笑ってしまった。味を占めたジョーニォがクリスロードを弄り倒している。

 そんな時、上級生とおぼしき学生がスタスタやって来て、三人の前で足を止めた。青色と若葉色のオッドアイが特徴的だ。


「お、お兄さん」


 クリスロードがギョッとする。すると上級生は額に青筋を浮かべ、ビシリとクリスロードを指差した。


「貴様のお兄さんになった覚えはない! 俺を兄と慕っていいのはメイリーだけだ」

「すみませんっ、メイリーさんのお兄さん」

「フンッ、最初からそう言いたまえ」


 メイリーさんのお兄さんらしき彼は、腕を組んでそっぽを向いた。クリームイエローのふわふわな髪が、どことなく羊を思わせる。


「シードルー、いきなりいなくなるなよ」

「ああ、すまん。いいカモ……あー、部員候補を見つけてな」

「へえ。君たち、居合道に興味があるのか」


 ケイトたち一年生は、顔を見合わせた。


 初日は講義もなく、のんびりできると思っていたのが大間違い。

 道場に連行された三人は、終わる頃には話すことすら億劫になっていた。


「そんなに、身体動かしてないのに、なんで、こんなに疲れんだ?」

「ジョーはまだ、意識的に身体を使うことに慣れていないから」


 クリスロードが苦笑する傍ら、ケイトがボソリと落とす。


「あのシードルって先輩、やたらと絡んできたな」

「なんかごめん……」


 春の淡い夕日が沁みる。


「ま、クリスに彼女できたのは目出度めでてぇことだし。今夜はお祝いだな」

「よかったな、クリス」

「うん、ありがとう」


 ふやけたように笑うクリスロードは幸せそうだ。

 真新しいローブに身を包んだ幼馴染が、なんだか少し、大人びて見えた。



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