第3話
…………。
…………。
あー、ごめん。これを撮ろうとしたの、ついさっきで……アドリブで話すの、苦手なんだ。
うん、だから……えーっと……。ちょっと、聞き苦しいかもしれない。
ん? そういえば、変換装置がないとこの言葉クーちゃんに聞こえてないじゃん?
うーわ、今気付いた。えっと、どうしよう、どうしよう……。
うーんと……。
……。
……いや、どうでもいっか。あってもなくても、きみにあたしの言葉が届いていたかどうかなんてわかんないし。
そう、わかんないんだ。だからこれから話すことは、あたしの自己満足。独り言。……とりあえず、そう、言い訳させて貰うね。自分が、納得するために、うん。
まず何から話そう……えっと……。うーんと、そうだね、ますこれを録音しようと思ったきっかけ。
なんでかな、ずっと……一週間前に、きみと別れてからずっと、頭の片隅で考えてたんだ。きみの映像を編集しながら……きみの一挙一投足をじっくりと観察しながら。
それで、わかった。きみのこと、本当に何もわかんないんだって。
仮にきみが人間と同じものを、ちゃんと同じように感じていたとしても、あたしには伝わってない……自分の中で、どうせこうだろう、って考えるのが……えっと、えっと……えーっと……乱暴だけど、イラッとくるの。
イラッとくる……むかつく……。上手く言い表せないけど、そういう気持ちになる。
きみは悪くないって言ったはずなのに……あたし何に怒ってるんだろうって。そう思ったら、この気持ちをどうしても清算したくて……きみに言い聞かせるっていう形で、これを録音しています。
聞こえてるか、わかんないけど……ってこれさっきも言ったな。それに言い聞かせるって……聞いてるかもわかんない相手に言うなんて、おかしい……。
……。
だめだ、余計なこと考えて、話が進まない……悪い癖。
……あたし、どうしても口下手でさ。言葉一個一個を、……なんというか、考え過ぎちゃう? というか……うーんと。
……そう。今のこんな感じが、そう。だから、本当は人と話すのも苦手で……どういう反応が返ってくるかもわかんない言葉を、突発的に……突発、的に? うん……喋っちゃうのがどうしても受け付けなくて。
だって、それが誰かに響いたって、あたしの言葉じゃないような気がするから。反射から生まれた言葉は、あたしとは違う生き物の言葉のようで……それがみんなにどう伝わるかがわからないのが、怖い。
うん、怖いんだ。だから、ちゃんと台本を組んで、自分の言葉として自分を表現することのできる『マイノリティレポート』が好き。
好き……は、ちょっと違ったかも。気に入ってるんだ、この撮影形式も、動画の趣旨も。
あたしみたいなの、多分珍しくもないし、それはそれとして頑張ってるっていう人もいっぱいいて……その中でも、本当に日の目を浴びない物事も、そんな人たちと同じ数だけいると思う。
今の情報社会ってさ、もしかしたら自分の見たいものしか見ることのできないようになってるんだよね。ん? ちがうかな……あたしも含めたみんなは……みんなかな? うーんと少なくともあたしは、わからないことも自分で思い込んで知った気になるんだと、思う。ちょうど、あたしがクマムシのきみを見ないようにしたように……。はやぶさに二号機がいたことも知らなかったように……。
あたし、そんなものの足がかりになればいいなって思って、このチャンネルを作ったんだ。
……そうだ。そのはずなのに、きみのことを都合良く見ているあたしが、とても嫌。そっか、あたし……きみのことを勝手に思い込むのが嫌だったんだ。
動画なんて、一方通行のコミュニケーションだって思ってた。これがどういう人に届いて、どんな反応をして高評価やコメントをしてくれるか……長いこと続けていればパターンもわかるけど、結局は想像の上でしかない。改心の出来だーって思っても伸び悩んでへこんだり、適当に考えた企画とか配信が思いのほかバズって、ちょっと複雑な気分になったり。
でもね、本当は画面の向こうに十人十色の人生があって……その一人一人の人生、その一端は中心か……極彩色の中にあたしの動画が組み込まれているの。
それと同じように、きみは生きてる。生きてるはずのきみは、あたしの言葉に、きみ自身の感情が一喜一憂するはずなのに……それをわからないからって、勝手に決めつけようとするのあたしが、気持ち悪いんだ。
ああそっか。そういうことだったんだ。あはは……。そんなの、きみの言葉が聞けないんじゃ解決しようがないじゃん。じゃあずっと……あたしがきみを忘れるまで、モヤモヤしっぱなしだ。
……今からでもきみに話せないかな。きみの本心じゃなくてもいい。きみの言葉を、どうにかして聞いてみたいな。
…………。
ねぇ。
きみは、あたしを通して、人間のことを好きになってくれたかな?
そんなわけない? あたしなんてただ喋ってるだけだったし、こんなこと聞いても、重たい奴だって思われるだけかな?……そうかもしれない。
きみはそんな人間に対して、義理も人情もないのに、人間の発展のために神風になる。
きみは、どう思ってるかな。
死にたくない?
生きていたい?
人間が憎い?
案外、誉れに思ってくれたり?
そのどれもこれも、あたしの妄想……でも、これだけは伝わって欲しい。きみがどう思っていようと、死に行き神風になるきみを、あたしはずっと誇りに思う。
もし帰ってくるとしたら四十年後……それまで、あたしはきみの情報を追い続けてみる。きみを乗せたスターショットが今どこにいるのか、無事着陸したのか……きみが向かった惑星から、何かが飛び出してこないか。
もし帰ってくるなら、四十年じゃ済まないかも。あたしが生きてられるまでいくつになるかわかんないな……きみが教えてくれれば、楽なんだけど。
生きて帰れるのかって、思ってる?
大丈夫、だってきみは、
真空に耐えて、
絶対零度をものともせず、
放射能にも負けない、
そんな無敵の生物なんだから。
だから絶対生きて帰ってくる。
着陸した星の生態系なんて喰らい尽くして、環境なんて気にせず我が物顔で闊歩して……、
…………。
……そしていつか! あたしが生きているうちに、あたしたちの地球に中指立てて帰ってこい!
あたしはきみに待ってやらない! 会いにも行かない!
人間が好きでも嫌いでも……きみがそれを伝えに来るまで、きみが生きて帰ってくるなんて信じない!
その時は、もっと体大きくして、イケメンになって、あたしの言葉をわかるようにしとけよ!
だから……行ってらっしゃい。心を見せず、聞かせず、話さずのきみ。
あたしはきみを、絶対に忘れないから。
くまむし、かみかぜ。 葛猫サユ @kazuraneko_sayu
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