第2話
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3……2……1……、
さて、あたしが今いるのはつくば市にある筑波宇宙センター。ここでは宇宙開発を行う研究施設の他に見学者向けの展示を行っています。今回はそれをクマムシのクーちゃんと見ていきましょう! よろしくね、クーちゃん。
まずは入り口に入ってすぐ、半球の地球の模型が出迎えてくれます。こちら『ドリームポート』は宇宙との境界を示す白線と線上を漂う衛星のイメージがあります……この『スペースドーム』では、主にあたしたちの生活や安全を支える衛星が紹介されています。
うーん、ここはあまりクーちゃんには馴染みがないかなぁ? でもあたしたちの使うGPSなんかは、地球の周りの回る衛星のおかげで使えるんだよ。それらを衛星軌道に乗せるために開発や実験が進められて……クーちゃんもそのおかげで宇宙に出られるんだとしたら、全く無関係ってわけじゃないのかも。
裏側はどうなってるのかな……お? はやぶさ……。
おお! これ、あたしも見たこと聞いたことある! 『はやぶさ』の模型だ! 惑星探査機!
クーちゃんも見てよこれ! なんだかわかる? 惑星に着陸して、そこの土を持って帰った世界初の衛星! これから惑星に着陸しようとするクーちゃんの先輩みたいなものだよ。
『はやぶさ』の着陸、ニュースでもやってたなぁ……。もし、実験が成功して惑星の着陸に成功したら、クーちゃんも有名人になってニュースに報道されたりして……いや、人じゃないか、あはは。
ん? あれ? でもこれ、『はやぶさ』じゃなくて、『はやぶさ2』……? へー、二号機なんてあったんだ。知らなかった……。
こっちは……あ、宇宙食の展示だ。
最近の宇宙食って凄いんだよ。いろんなバリエーションがあって、カレーとかハンバーグも食べられるみたいで……。
え? 嘘……見てクーちゃん! 柿ピーがあるよ! からあげくんも!? すごい! 本当になんでもあるんだね!
あぁでも……クーちゃんは緑藻じゃないと食べられないのか……残念。
からあげくん、おいしいんだよ? いつか食べられたらいいのにね。……緑藻もからあげ味とかにできないのかな。クーちゃんだって、同じ味のごはん食べるの飽きちゃうよね。
次はここ……、ISS実験棟『きぼう』……国際宇宙ステーションの一部? を、見学できるみたいです!
おぉ……、ここが宇宙ステーションの中……。区切られたラックの中でいろんな実験をしてるみたい……あ、でも冷蔵庫もある。
ん? 細胞実験ラック……。
クーちゃん、このシリンダーの中に入れそうだね。……あはは! 冗談だって!
……こうしてみると宇宙ステーションって狭いのかな。ここは実験棟だからわからないけど、狭い所ってちょっと息苦しい……。
あぁでも、このサイズならクーちゃんにとっては豪邸だよね。
……『一度でいいから、これくらい広い家に住みたいっクー!』
……うん、安着。ここはカットで。っていうか何クーって、語尾ダサ……。
あ、はは。ごめんごめん、次行こっか。
ここは……ロケットのエンジン部の展示ですね。
おぉ、さすがにおっきいですねぇ。ロケットは大気圏を突破して宇宙空間に行くために大量の燃料を積み込んでおく必要があるんだよね。だからその関係で、部品の一つ一つがこんなにおっきくなるだよ。
これでも開発を重ねて、このエンジンが初めて使われたロケットと今運用されているロケットでは、大きさも半分までになってるみたいですよ。
ちなみに最大五十メートル以上もの大きさを誇るロケットですが、一番最初に開発されたのは全長二十三センチのペンシルロケット。
……クーちゃんには、こっちのほうが良さそうだね。でもこれじゃ、宇宙まで飛べないんだ……地球の重力を突破するのって大変。
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というわけで、展示スペースを回って、ここ特設ブースに戻ってきましたがいかがだったでしょうか。宇宙や衛星のスケールがとっても非日常的で楽しかったね、クーちゃん。
……楽しかったの、かな? うーん、あたしだけ楽しんでいただけかも……。
おっと。えーっと……。ちなみに、今クーちゃんとあたしがいるのがこの宇宙センターの敷地内に用意されたクーちゃん専用特設ブースになります。期間内であればいつでもクーちゃんに会えるので、詳しくは概要欄から公式ページをご覧ください! ふふーん。実はここ、まだ準備中の見学ブースだったんですよ?
さて……ここまで見てきたみなさん、これまでの展示で何か気付いたことはありますか?
そう、宇宙開発は何もかもが規模が大きい! 人間! 開発期間! 技術! スペース! そして何より、お金!
現代の惑星間航行というのは、国が支援をしながら、莫大なお金と時間をかけて行う壮大な計画で……あたしたち庶民……と、クマムシには雲の上のような話です。
SFアニメみたいに、いつか簡単に宇宙へ飛んで、いろんな惑星同士を自由に旅行することができたら……。そう思うことってありますよね?
それを叶えることができるのが、今回クーちゃんが協力する『スターライトプロジェクト』なのです!
本当はスタッフさんが解説して頂くのが一番なんですが、先ほども言ったようにご多忙ということで……なんと、プロジェクトのプロモーションのために展示用のフリップを用意して頂きました! これは後日このブース内に張り付けられるそうですが、今回は紹介のために使わせて頂きましょう。
早速説明します。『スターライトプロジェクト』とは、カリフォルニアの大学から端を発した宇宙進出計画のことです。
その目的は『現実的で経済性のある宇宙旅行』……先ほど見て頂いたように、現在の宇宙進出は庶民にとっては現実味のある出来事とは言えません。未だ夢物語のように実感がないという人もいらっしゃるでしょう。そんなイメージを払拭し、惑星間の航行を身近にさせようというのが本プロジェクトの目的なのです。
要するに、どうすれば安く現実的に宇宙旅行ができるか……そのために今、さまざまな実験・研究をしているんですね。
それにどうしてこのクーちゃんが関わってくるのかというと……それはクーちゃんの乗り込む宇宙船に秘密があります。
クーちゃんの登場する宇宙船の全長は……おお、なんと約六センチ。このフリップに描かれているのが原寸大ですよ!
この切手とほぼ同じサイズの宇宙船に太陽帆と呼ばれる一メートル四方のとても薄い帆を取り付けたものに、クーちゃんは乗り込みます。
太陽帆は風の代わりに照射される光によって推力を得て、その最大速度は……なんとなんと! 亜光速にまで達するそうです!
これの特徴はなんといっても燃料を積む必要がないこと。地上からレーザーを照射する以上ちょっと電気代はかかってしまうんですけれども、それでもコストはこっちの方が下なのは間違いなし! これが無事目標へと着陸すれば、惑星間を宇宙旅行する未来がグッと近づくわけです!
近づくんですが……この宇宙船、見ての通り人間が乗り込むことができません。
仮にこれを今のロケットのサイズにできたとしても、燃料を積まない関係で中はとっても寒いんだそうです。それに宇宙放射線を遮断することもできないので危険ですし、何より着陸予定の惑星に着くには亜光速でも片道二十年近くかかってしまうわけで……残念ながら、これはまだ人間を乗せることを想定していません。
ですが代わりに、このクマムシのクーちゃんが乗り込んでくれます!
冒頭で無敵の生物を称しましたこのクーちゃん、実は乾眠という特殊な形態に移行することによって、さっき言った欠点を全て克服することができるのです!
(パンッ)はいっ、クーちゃん! 乾眠して!
……。
まぁ、そう簡単にはなれないので……こちら写真をご覧ください。
そう、こう丸まって樽のような形になるみたいですねぇ。……これならまだ、丸っこくて可愛いかも。
おほん。この形態になったクーちゃんは、絶体零度、煮沸、放射能、真空、秒速八キロメートル以上の衝撃エトセトラ……、あらゆる現象に非常に強固な耐性を持つことができます。
今回、二十年……いえ、往復四十年の旅を経てクーちゃんにどんな変化が訪れるのか……そもそも無事にたどり着けることができるのか、その意図は様々ですが……。何よりこの子が、人類でも成し遂げられなかった恒星間航行を行う最初の地球生物かもしれないということが、あたしはとても驚きです。
この旅は、無敵と言われるクマムシでも過酷なものになるそうです。ですが昔、月に墜落したロケット内部のクマムシが、今も生きているのではないかという噂話もありますし、真偽は定かではありませんが、百三十年乾眠から目覚めずに生きていた個体もいると言われています。
なので、これを見ているみなさん……。もし、四十年後、このことを覚えていたなら、ここにいるクーちゃんのことを祝ってあげたいですね。
そんなクーちゃんとの触れあい……触れあい? えっと、応援できる特設ブースは、明後日からここ筑波宇宙センターロケット広場前にて解放になります。是非遊びに来てください!
……以上、今回は『マイノリティ・レポート』から筑波宇宙センターと『スターライトプロジェジェクト』……そして、クマムシのクーちゃんの紹介でした~!
…………。
…………。
よし、撮影終了~。
いやーお疲れ様クーちゃん。あたしも久しぶりに喋りっぱなしだったから疲れちゃった。
……でも、いいなぁ、この感じ。自分の言葉をちゃんと整理して、台本にしてしっかり伝えられる感じ。
クーちゃん、きみにも届いてくれたらいいんだけどね。……結局、きみが何を考えてるのかさっぱり。
……せっかく労ったんだからさ、少し反応くらいしてくれてもいいのに。このっ、このっ……(コツッ、コツッ)。
……ん? あれ?
んん? その、台座の影に、隠れて、る……の、って……。
あ……あああああ!? 展示用のフリップ!? 待って、あたしが紹介したのと別の奴じゃん! 見落としたままあたし撮影してたってこと!?
うわぁやらかした……あれ? でもおっかしいなぁ。スタッフさんが用意したのはあれで最後のはず……それで台本も組んだんだから、間違いない。
でも、ここにあるってことは、このブースで紹介されるものだろうし……単にミス?
うーん……。と、とりあえず確認しよう。もしかしたら動画に載せちゃいけないものかも……それならスタッフさんにも連絡しなきゃだし……。
えーっと、なになに……。『スターライトプロジェクトの課題点』……?
…………。
……え……?
……なにそれ。つまり……なに? あたし、さっきまで……。
は……、ばっかみたい。
……そう。そうよね。でもどうせ伝わらないなら、結局……。
……。
…………ねぇ、クーちゃん。
きみ、死ぬんだって。
……驚いた? あたしもびっくりしてる。……本当に? いや本当に。きみはどうかな? あたしから見るぶんにはさっきまで通りに見えるけど……んーん、やっぱりわかんないや。
――『光速の三十パーセントまで加速するスターショットには現状、減速手段を搭載することはできない。本実験においてクマムシの生死は、目標惑星の生態系への汚染を考慮する関係上、着陸時に分子レベルまで粉砕されていることが望ましい』
……あくまで今回の実験は、燃料を積まない宇宙船が星間移動できるかどうかが目的で、きみの生死は考慮されてない。太陽帆の宇宙船……スターショットは理論上、亜光速まで宇宙船を加速させることはできても、減速の手段はない。
亜光速、わかる? 秒速約三十万キロ。地球を一秒で七周できちゃうスピードの三十パーセントの速さできみは、目標の惑星に突っ込んで、目に見えないくらい粉々になるんだって。しかもそうなることも計画のうち。きみが生きたまま未開の星に降り立つと、その星の生態系が狂っちゃうかもしれないからって。
最初からきみには、恒星間航行の片道切符しか渡されてないんだよ。
ひどい話。まるで神風特攻隊みたい。いや、もしかしたらそれよりもひどいかも。
だってそうでしょ? 真珠湾に突っ込んでいったあの人たちは、自分が戻らないことをちゃんと知っていたんだから。だから覚悟もできたし、後悔もできた。今際の際で、お母さんに謝ることだってできた。それでもお国のためと、言うことができた。
でもきみは違う。きみはただの実験で飛ばされる。それを尊い犠牲だと解釈される。きみが何を考えているかなんて、わかるわけないのにね。
……何言ってんだろ、あたし。カミカゼなんて言っても、クーちゃんにわかるわけないのに。
なんだか笑っちゃう。さっきまでずっと、きみが地球に帰還してヒーローインタビューを受けるところまで想像して、あまつさえネットに上げようとしてたのに。
あーあ、恥ずかしい。本当に馬鹿みたい。
きみにとっては笑い事じゃないかな? でもしょうがないじゃん?
だって、きみがあたしの言葉をどう感じているかなんて、あたしにはさっぱり伝わってないんだから。
犬や猫だって、人間の言葉を真に理解しているわけじゃない。音や声のパターンを、彼らなりの勝手な解釈で理解して、それを反応としてあたしたちに返す。だけど今日きみに会って、撮影して、展示を見回って……きみの感情なんてものは、あたしにはなんもわかんなかった。
きみが悪いんじゃないよ、誤解しないで。
それと、ごめん。
きみはこの装置のおかげで、あたし……人間の言葉や仕草を読み取ってくれているんだと思う。きみはあたしの感情に、その一ミリにも満たない体で反応してくれているんだと思う。それをあたしが読み取れないだけ。
だから、ごめん。
……いいや。謝る必要なんて、ある? きみに意識を見いだせていないあたしのこの謝罪に、なんか意味がある?
…………。
なん、て……。答えてくれたところで、ね……。
……さぁーて! 撮影終わったら、さっさと撤収! 撤収!
…………。
…………。
カメラ、よし。照明、よし。
モニター……装置の電源は、ちゃんとオフになってるね。
…………。
じゃあね、クーちゃん。楽しかったよ。
……聞こえてないか。
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