くまむし、かみかぜ。

葛猫サユ

第1話


 …………。

 …………。


 カメラ、よし。照明、よし。

 モニターも……おっけー……うん、やっぱり気持ち悪いなぁ。

 っとまずいまずい。これ聞かれてるかもしれないんだ、気をつけなきゃ。

 おほん。ねぇ、きみ。……きみ、きみだよきみ。聞こえてるの? もぞもぞしてちゃわかんないんですけど~? 

 今から撮影だから、ちゃんと映りよく……って言われてもわかんないよね。とりあえず変に気取らなくていいから。きみは、このモニターの中央に映ってるだけでいい。わかる? このカメラのレンズに、目線を……目線? うーん? とにかく、そこにいて、しばらくしたらあたしが話を振るから、適当にリアクション取ってくれない? ちょっと腕を動かすだけでもいいからさ。

 ……本当に聞こえてるの、これ? まぁいいや。

 じゃあ……3……2……1……、


 みなさんごきげんよう、ヒノチャンネルの狩路かりみち比乃ひのです!

 さぁ、あたしが外でカメラを回していると言うことは~? はい、久しぶりにやってきました! 『マイノリティ・レポート』の企画動画でーす!

 ええ、本当に久しぶりです。ちょっとね、最近は感染症の問題でロケができず、家でゲーム配信ばっかりやってたんですけれども! ようやく、満を持して! ヒノチャンネルのアイデンティティであるこの企画を再始動することができました!

 この企画を知らない初見さんや、ちょっとまだ見せられないゲストさんに向けてね、狩路比乃の『マイノリティ・レポート』について軽く説明しましょう!


 …………。

 と、いうわけで簡単に説明……っていうか、自己紹介もまだだよね。

 あたし、狩路比乃。YouTubeで活動してる動画クリエイター……所謂ユーチューバーってやつ。あたしのチャンネルでは、日常生活ではなかなか日の目を浴びないイベントや事業をプレゼンして盛り上げようって企画の動画を出してるの。

 ヒノだけに、なんつって。

 ……通じてる? わっかんないなぁ……。ま、まぁそんなわけで、今回はきみときみの関わる事業についてレポートさせていただくために、きみはここに呼ばれたってわけ。まぁさっきも言ったけど、きみはあたしの言葉に合わせて適当に動いて貰うだけでいいから。これでも結構場数は踏んでるんだからね、あたし。

 それじゃあ、撮影再開するね。3……2……1……、


 さて、今回紹介する事業は……なんと! このチャンネルではじめて、企業さんのほうから紹介して欲しいと案件をいただきました。わぁー!(パチパチ)。

 というわけであたしは今、つくば市の宇宙センターに来ています。皆さんご存知、ここは日本における宇宙開発の第一線を担う一柱……そう、今回のテーマは宇宙です!

 宇宙……なん、です、が!……みなさん、クマムシという生き物を知っていますか?

 そう、マニアなら知る人ぞ知るあの無敵生物、クマムシさんです。

 全長一ミリメートル以下という極小の生物でありながら、


 真空に耐え、

 絶対零度もものともせず、

 放射能の中でも生きながらえることのできる。


 そんなクマムシさんがなんと! 宇宙飛行士になって未開の惑星へと着陸する実験が行われているんです!

 そしてこれが! 今回宇宙飛行士となるヨコヅナクマムシさんです!

 はいっ、きみ、ご挨拶!


 ……。

 ……はいっ、というわけでね……、あっ、あたしがこの小さな生物に向かって話掛けて、果たして言葉が通じるのかと思った視聴者もいるかもしれません。

 別におかしくなったわけじゃありませんよ? 実は今回、以前に動画の撮影許可を頂いた札幌の研究所から専用の装置をお借りしました。周りに見えている小さいモニターがそうですね。

 えーっと、ですね……。この装置は昆虫等の節足動物などにあるシンケーセツを人間の持つニューロネットワークニチカンスルコトデガイブノシンゴウヲヒトノカンカクヤトオナジシゲキニヘンカンシテ……、

 えーっ……とにかく、ですね。この装置によって、あたしは今モニターにいるクマムシさんに言葉を届けることができるらしい、です!

 今回スタッフさんもご多忙と言うことで、代わりにこのクマムシさんとあたしが、宇宙センターにある展示スペースの見学を通して、クマムシさんの関わる『スターライトプロジェクト』についてインタビューしていきたいと思います!

 それでは早速、やっていきましょう! 今日はよろしく! クマムシさん!

 …………。ん? クマムシさん?

 ……。

 あ、あはは……。それは、どういう感情?


 …………。

 …………。


 ……あー、もう! これじゃゲーム配信してるときとなんも変わんないじゃない!

 ねぇ! きみ! ちゃんと聞こえてるの!? その体もぞもぞさせてるのは何を表してるの!?

 っていうかこの装置、完全に一方通行じゃない! こっちの言葉は届いてるかもしれないけど、きみのほうから何を言ってるかが全っ然わからないんですけど!

 これじゃこっちのメッセージ届いてるかもわかんないじゃん! 独り言じゃん! どーしろってゆーのよー!!(バシーン!)。

 はぁ、はぁ……。

 はぁ……落ち着け、落ち着くのよ狩野比乃。撮影トラブルなんて、これまでいくらでもあったじゃない。

 確かに、考えてみればそうよね。犬や猫だって、人間の言語をちゃんと理解して反応してるわけじゃない。あくまでこっちの声や音を彼らなりの解釈で学習してるだけで、言語の意味そのものを共有してるわけじゃないもんね。

 ……ごめんなさい。伝わってるかわかんないけど、一応。自分勝手なことを言ったのは、本当だから。

 でも、そうなるとあたしは、これからきみがあたしの言葉にどう反応するか、その反応が人間的にどういう感情を表しているのかを知る必要があるのね……。

 この装置がハリボテじゃないなら……こっちの言葉が届いてるなら、反応にもパターンがあるはず。……よしっ! めげるなあたし!

 じーっ……。おっ、動いてる動いてる。こっちに気付いた?……気付いてる? カメラを認識してくれれば、モニター越しに目だけでも合わせられるんだけど……。

 ふん、ふんふん……なんかきみ、最初は見た目グロそうって思ったけど、慣れてくるとちょっと愛嬌ある……、ような、ないような……。

 あ、そうだ。たしか餌も貰ってるんだった。あげたら喜ぶかな。

 えーっとどこにやったっけ……、あった。んー? ビンと……なにこれ? スポイト?

 ふむふむ、なるほど。あぁ、この液状の緑藻をここに垂らせばいいのね。

 これで終わり? あ、でも食べてる。

 ……おいしいかい? クマムシさん。うん、あたしがあげたんだよ? こっち見て~?


 …………。

 …………。


 いや、無理。無理だって。

 だって、全長が一ミリちょっとしかない六足歩行動物の感情表現なんて、見たことも聞いたこともないし、こっちをどう認識してるかもわかんないし……。

 ねぇきみ、なんで前足持ち上げてるの? っていうか話聞いてる? 聞こえてるならせめてカメラに顔向けて欲しいな。これ、これなんだけど(ぺちぺち)見えてないのかな~?

 そもそも、クマムシに感情なんてある? 意識は? それがわかんなきゃただのシュールギャグじゃん……。

 ……もしかして、企画倒れ? いや、装置まで借りて特設ブースも用意して貰ってるのに、今さらキャンセルなんてできない……。

 それに……ようやく、あたしのやりたかった企画ができるのに、これを逃したら今度はいつになるか……。

 またゲーム配信? やだな、あれ苦手なのに……、うぅ……。

 うん……こうなったら、あたしが自力で解釈するしかない。アフレコでそれっぽいことを後付けして乗り切るしかない……。

 そしたら、きみのキャラを決めないといけないね。

 うーん、クマムシ……宇宙……クーちゃん……?

 ……よし、きみは今からクマムシのクーちゃん! 宇宙に憧れる少女系クマムシという設定でやっていこう!

 ……あれ? カメラから離れてる? ちょっと? 嫌なの? ねぇ嫌なの!? 嫌なら嫌って言ってくんない!?

 お願い! ようやくの企画動画なの! 一~二時間だけでいいから我慢して! ねぇ~! いいでしょ、さっき餌あげんだから~!

 ほら、戻って戻って! 下手にきみのこと突っついたら潰れちゃんだから! きみだって宇宙に出る前に死にたくないでしょ? ね?

 ……戻った、のかな? 単純に引き返しただけなのか……まぁ、いっか。

 はぁ……気を取り直して、展示スペースの見学に行く準備しなきゃ。きみも移動させなきゃいけないんだから……って。

 あぁ、そっか。きみはその台座でモニターと飼育槽ごと移動させるから、結局あたしと一緒に動画撮影を手伝わなきゃいけないんだね。

 ……それはそれで、強要してるみたいでなんかいやだけど……うーん……。

 わかった! あたし、今回はきみを楽しませるために頑張るから! 人間と同じ感覚を得ているなら、きっとそれができるはず!

 よし! 動画タイトルも決まった! 史上初、クマムシとデートするユーチューバーwith宇宙センター!

 ……なんてどうかな? うれしい?

 ……。

 ……反応なし。はぁ……。どうしたらきみがわかるかな、クーちゃん。


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