23 赤ずきんと死人の小人2 - <淫蕩のドミニオン/スローンズ>




「聞いて損はない話よ。聞くだけならタダなんだから、判断するならあたしとお喋りしてからにしましょう? あたしは戦いたくないの。そういうつもりはまったくないし、最初からそんなことはしていないでしょう? 『加虐』と『被虐』は外に置いてきたわ。何より――使い手の心がそんなに揺れていては、火力も出ないんじゃなくって?」


『――――』


 聖剣の声が頭に響かない――ロストは息を整え、改めてアリスに向き直る。


 魔女は、敵だという。襲われたという話を聞いた――しかし、その実感がない。記憶がないのだ。そのためか、ロストのなかにはいまいち危機感というか、聖剣から流れ込む「戦おう」というような意思が湧いてこないのだ。


 それが話を聞こうという心の余裕、姿勢に繋がっているのだが――それ以上に、


(確かに、、昨日今日知り合った赤の他人だけど――)


 躊躇いと、


(外に出る方法……? 聖剣さまの大事なヒト――?)


 戸惑い。


 戦うには、知らないことが多すぎる。


「あたしの話は簡単よ――ううん、とっても複雑ね。でもシンプルに伝えられるわ――あたしはこの壁の中から、外に出る方法を知っている。それを教えてあげられる。あなたたちも出られるわ――この扉の向こう側に。小人さんたちが望んでいた外の世界に――」


「この扉の向こう……」


 扉のかたちをした、何か。今は闇のなかに隠れてしまっているが、扉には先がなかった。かといって、「外の世界」が存在しないという話にはならない。この扉以外の出入り口がある――それは小人たちでさえ知りえなかった情報だ。


『信じられるはずがないでしょう――知っているなら、既にお前は外に出ている』


「そう思うわよね。だから、根拠を挙げるわ――あなたたちが前に会った、ワタクシ――彼女がどこから来たと思う? 彼女だって、この子同様にあたしの依代の一つ。どこからともなく現れたんじゃないし、あたしがつくったものでもない……ちゃんと名前もあって、人生もあったの――『マリエラ』っていうのよ、彼女。あなたは知っているでしょう――大切な王子さまを捜しに来たの」


「!」


 言われ、ロスト脳裏をよぎるいくつかのシーン――マリエラ――そうだ、その名前を知っている。


「彼女を壊した結果、彼女をかたちづくっていた浄気があなたに流れ込んだのよ。『一緒になった』せいもあるかしら? ふふ――ともあれ、だからあなたは彼女を知っている。その記憶を含んでいる――だから、あたしの言葉も信じられるわよね? 彼女は、<ホール>の外からやってきた」


『……それは、どうやら事実のようですね。その記憶から肝心なところが欠け落ちているようですが』


「そう、肝心なところ――そこがあたしの大事なカード。あたしを傷つければ、その記憶カードが失われてしまうかもしれないわよ?」


 傷をつければ、それを治すために浄気が働く――記憶が失われる。なるほど、それなら確かに人質だ。


「まあ、そうでなくても、あたしはこの壁のなかの全てのことを知っているのだけど――だって、空気だもの。だから、あなたの大事なヒトの居場所も知ってるのよ、聖剣さま」


 声にも言葉にも出さないが――それでも確実に、聖剣の動揺する気配をロストは感じ取っていた。


「でもその前に、もう一つ――大事な話があるのよ。壁の外に出る方法を知っていても、あたしが外に出ない――出られない理由。それはあなたたちにも関することよ。今のままじゃ――あなたたちだって、出られない」


「それは、どういう――」


「『浄気体』と言っていたわね、それはとっても適切な表現――あたしの身体、中身はまだまだナマモノだけれど、外はほとんど浄気に置き換わってるの。――浄気あたしがなければ、生きられない身体ってこと。それはあなたも同様よ――感じているでしょう? 自分の異変」


「…………」


 怪我をしても、異常な速度で治るこの身体。痛みこそまだ感じるが、疲れはすぐに消し飛んでしまう――


「浄気によって変質してしまったそれはもう、真に肉体とは言えないの。単なる酸素じゃ息も出来ない身体になっている――だけど、壁の外に浄気はない――浄気体は、この壁のなかだからこそ生きられるのよ。魔女あたしなんて特に――浄気そのものと言っても過言でない存在だもの、肉の器がなければ外に出ることもままならない」


「……アリスも、浄気体になってるんだろ。それなら、アリスの身体を使っても、お前も外に出られない」


「そういうことね。でも、お喋りは出来るわ。だから、外に出られるようになる方法を教えてあげられる――それはね、あなたとあたしが交わること――」


『話は終わりです、ぶち殺しますよ!』


「待って!」


 聖剣の柄を握る手に自分の意思とは異なる電気が走ったが――ロストはそれを押さえつけ、魔女を睨みつけながら、


「聖剣さまも……いいんですか。大事なヒトって――聖騎士さまのことでしょう? その居場所を知ってるって――」


『あれが知っているということは、この壁のなかにいるということでしょう。なら――探せばいいだけです。教えを乞うまでもなく、自ずとわたくしたちは出会います』


「すごい自信は感じますが――ボクはまだ、この人の話を聞きたい」


「ふふ――」


 聖剣が大人しくなる。思えば、こうして強く自分の意見を訴えたのは初めてだ。


「正しい判断よ。これは冗談じゃなく、事実なんだから――浄気体になったヒトがこの壁の外に出るには、肉体を取り戻す必要がある――肉体に近い性質を取り戻す必要がある、と言った方が適切ね。元の肉体にはもう、戻れないのだから」


 元には戻れない――まだ全ての話を呑み込んだ訳ではないからか、今は不安や恐怖といった感情は湧かない。理性が律しているのか、あるいはそうした感情すら、もう――


「肉体に近い――あるいはそれ以上の状態――浄気体に、『穢根エネ』……アンギル――ケガレと呼んだ方が分かりやすいかしら。つまり、こういう黒いものを加えること」


 アリスが片腕を上げる――ゆったりとした黒い袖口がどろりと溶け、手首を伝いその手のひらを濡らした。液体のようでいて――固体のような様相をとる。影のようでありながら、確実な実体がある――


「完全に混ざり合って、溶け合って――ひとつになる――『混源体こんげんたい』。そういう状態に至る必要があるのよ。壁の中にいるその辺の動物たちは生まれた時からそうなってるけど、ニンゲンは違う。こればかりは、動物の肉を摂ってもダメなの――少なすぎる。だから、交わるの――ケガレそのものである魔女あたしと、浄気体であるあなたが――」


『何を……馬鹿馬鹿しい――』


「金属の塊に過ぎない聖剣さまには関係のない話だわ――これはヒトと、ヒトの会話。……小人さんたちを見たでしょう? あの子たちはもう外には出られない身体になっていた。けれど、あなたが道を開いた――『せいけんさま』。あなたが開通したのよ、憶えてる?」


「開通って……」


 指を――あれした時の――


「マリエラの記憶と一緒にあなたの中にはあたしの一部が宿った。ケガレね。だからあなたの指は――ほとんど感覚を失っていた小人たちに、それを取り戻すことが出来た。ケガレと浄気体の交わり――まあ、ケガレは少量だったから、結局あのままでは誰も外には出られなかったのだけど」


「…………」


「宿す程度ではダメ。確実に取り込まなくちゃ――そのためには、交わらなくちゃいけないわ。あなたもあたしも、感覚のあるうちが一番――気持ち良くなれるわ」


 魔女の目的が――真実の中に混入した嘘が――露わになる。


『この変質者の目的がハッキリしましたね――どこまで本当かは知れませんが、「交わる」ことが魔女の目的――外に出る云々は、こいつの本意ではない』


 外に出ようと思えば、今の魔女なら可能だろう。魔女の言葉が真実なら、アリスという浄気体を既に得ているのだから――


「あら、外に出たいのはあたしも一緒よ。それに、小人さんたちの願いでもあるわ――だけど、あたしは今のままでは足りないの――あたしは『淫蕩』の魔女なのだから」


「――ひとつ、」


 ロストは口を開いた。


「聞かせろ」




 ――小人たちに、何をしたのでありますか、と。


 レリエフの問いに、ネコは笑った。そして、


「何をしたのかといえば、何も。あの子たちは勝手に――そうね、向こうのあたしに触れられて、イっちゃったの。特に感じやすい小人さんたちが――開通し、感覚を取り戻した小人さんたちがね。小人さんたちは感覚を共有しているから、一人が感じたものを全員が――あたしが、全員が感じられるようにしてあげたの。『淫蕩のデュナメス』――この村の小人たちの中には、あたしがいるから」


『……殺した、と』


「違うわ――解き放たれたのよ。解放。それがあの子たちの望み――失っていた性感を取り戻した上でイケるなんて――きっと、幸福だったでしょうね。これぞ『淫蕩』の本懐だわ――」


 うっとり、と。


「まあ、その魂はまだ、その中にあるのだけど」


『…………』


 二体の巨人に挟まれている。一方は壁のように微動だにしないが、もう一方は静かに、そのサイズに見合わず音もなく、レリエフに近づいてくる。


「他には何が聞きたいの? いいわよ、教えてあげる――その欲求を満たしてあげるわ」


『「断痕さま」の正体は、これでありますか。これは、いったい――』


 迷う。この巨人には魔女の持つケガレを感じても――どこか、小人たちと同じモノを感じるからだ。


 ――その魂を、感じている。


 元より不思議な存在である、小人たち――彼らのかたちは失われたが、それは魔女の仕業であって、あるいは――


「それは小人さんたちの亡骸――浄気体を混ぜ合わせてつくったものよ。再構成した、というべきかしら」


『……!』


「『断痕さま』は幻よ。ただの信仰――そんなものは実在しない。だけど、巨人は実在したし、長老さまはそれを視た――だから、あの奥にいる、手に負えないほどの闇を、あたしを、長老さまは信仰したの――あたしにとっては都合の良い依代ね」


 知識を求める、外に出ることを目的とする……解放されたいと願う小人たちの欲求が、性行為によって得られる満足への代替となって――今の『淫蕩』の魔女という、かたちをつくりあげた。


「あの子たちには性感がないから、知識を求めること、そうした心の満足がその代替。外に出る、解放されたいという欲求――それを、『断痕さま』という希望に求めた。そうしてあたしにかたちを与えた。あたしは道を示しただけ――『せいけんさま』を見つけなさい、と。扉を開くにはカギが必要だと――あたしを満たしてくれる、そんなニンゲンを……おびき寄せ、捕えるために、都合のいい環境だったのよ」


『……利用した、と』


「共通の利益のために、お互いにね。一方的じゃないわ、一時的、刹那的にしろ、あたしはちゃんと小人たちの望む、魂の解放を与えたし――ちゃんと、外に連れて行くつもり。今はまだ、その木偶の坊のなかに魂を閉じ込めてはいるけれど、役目が終わったら出してあげてもいいし――また、かたちを与えることも出来るわ。その巨人みたいにね。外の世界で、元の姿をつくり直してあげる――」


 つくり直せる――小人たちは、まだ助かるかもしれない、ということなのか。


 その可能性が僅かでもある以上――浮かんでしまった以上――<聖炎>を揮うという選択に躊躇が生まれる。


「そこに、オオカミがいるでしょう? イッヌ――あれはね、あたしの身内の『眷属』なのよ。中に対応するケガレを含む、アンギル――混源体の一つ。だからかもしれないわね、あの聖剣に懐いていたの。故郷のケガレを感じたんだわ」


 地面に転がっている、看板のニオイを嗅いでいる小柄なオオカミ――


「ああいう風に、あたしも『眷属』としてあの子たちを使えるの。依代にするには、性感がないから使えないけれど――いくらでもつくれるし、殺せるわ。その魂がすり潰れるまで」


『――――』


 ――そうか。


「そのためにはね、邪魔されちゃ困るのよ。向こうの契約が終わるまで――まあ、あなたが代わりにしてくれるなら、それはそれでアリだけど――あたし、約束は守るタイプなの」


『お前は、許さないであります』


 小人たちの望む、解放とは――この魔女の言うそれとは、違う。


「そう、奇遇ね――あたしもあなたは許せないみたいだわ――あなたは犯すわ、個人的にね」



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