第444話



 郷の馬に乗り替えて、案内にあの老戦士だけを借りてすぐさま行動に移す。森を抜け、河を越え、山を登って険しい地形を目の前にする。辺りはもう暗くなってきていた、よく状況がつかめない。


「瓦礫でも朽木でも構わん、資材を集積するんだ!」


 障害物があるだけでも全く違う、細い道に関所を置くだけでは防御能力は低い。もっと兵力を展開できる場所に縄張りを作り、細い道には別の検問を作る。そちらは完全に遮蔽するだけで構わない、その違いを理解しなければならないのは兵士ではなく指揮官だ。


 松明をともして堀を作り、石を積み上げ、土で固め、木柵を作る。深夜になり住民らがようやく到達して来る、悪いが普段なら寝ているだろう時間でも休ませるわけにはいかない。


「長老、推移の具合は」


「郷にはもう誰も残っておりません。夜明け前には皆が洞窟というあたりで」


「警備、敵の様子はどうだ」


「まだ姿を見ておりません!」


 ならば間に合ったと判断して良いのかもしれない、郷の住民らはこんな時間に無理して移動させられていることに不満を持つ者が居るらしく、雰囲気が悪い。そんなことまで聞いてられないが、狭い場所に何日も閉じ込めておくのだから、こういうこともケアすべきとは理解しているのと相反した。こんな時に気が利く副官が居てくれたらとすら思ってしまった。


 騎馬が駆ける足音と嘶き、何かが篝火のある所へと急いでくる。警備兵らが警戒して差し止めようとしたのを制する。顔つきでは見分けがつかないが、本部兵らが「郷の者です」識別を代わりにしてくれたから。


「大変です、難烏桓兵が攻めてきました!」


「状況を」


「合図によると騎兵が三百以上、郷に入り込み周囲を捜索中、こちらの場所に気づいているようです。今頃追っ手を放っているとの見込み!」


 目を細めると夜明けまでにどれだけ時間があるかを読み、最後尾のものらの足を想像する。とてもではないが無傷とはいかないだろう。


「長老、みなを急がせるように指示を。負傷兵で移動に不都合なものはここを守れ、そうでないものは民の移動を助けるんだ」


「すると伯龍殿は?」


「決まっている、本隊は追撃を食い止める為に出るぞ!」


 数は三十騎、どれだけのことが出来るかは解らないが、それでもやらないわけにはいかなかった。深夜に移動し不満タラタラだった者らも俯いて黙ってしまう、これが正解だったと証明されてしまったから。関所の構築を補佐に預け、騎乗すると住民らの列を横に見て馬を進める。


 ピー! どこかで警笛がなるのが聞こえて来た、一般的なものなのかどうか聞き分けはつかない。とにかく最後尾目指して行くと、小走りで動いている者の切れ間が見えた。


「う、後ろに馬が!」


「ここは任せて急げ!」


 あべこべにすれ違うわけにはゆかないので、左右に兵を展開させて松明を前に投げさせる。明かりがついている場所に誰かが近寄って来た、武装している騎兵だ。そんなのを後方に残してきてはいないので、自然とそれが難烏桓兵だと解った。


「撃て」


 手にしていた短弓で狙いを定めるまでもなく射抜く、先制攻撃という奴だ。外した矢が馬にあたり叫びをあげて転げまわる、直ぐに攻撃を受けたと解る位に。森の中から騎兵がいくつも姿を現してきた。これらを全て漏らさずに防ぐのは難しい、ではどうするか。


「蹴散らすぞ、かかれ!」


 守らずに攻める、これだ。目に入った敵を片っ端から攻めて回る、そうすることで戦場を報告する伝令が増えてここに集まって来る。目的地を変えてやれば、まずは島介らを倒してからとなる。気が回る奴が居たとしても、敵の部隊を倒したのと女子供をなぎ倒したとではどちらが功績になるか。損な役回りだということなど百も承知している、これが使命だと信じて疑わない。


「骨都族の防衛部隊だ、近いぞ!」


 隊がいるならば族だって傍に居るだろう見込み、そんなことは戦闘部隊を全滅させてから考えたら良い。武器を抜くと襲い掛かって来る。木々が邪魔をして一斉には戦えない、少数でも何とかやり合えている。いくら倒しても直ぐに補充が現れる敵と違い、味方は減ったらおしまい。


「限界です!」


 仲間は半数が倒されてしまい、残りも負傷していっぱいいっぱいになっている。確かに限界でこれ以上は全滅するだけ、合図を送り笛を吹かせる。ピョー! 例の離散撤退の笛の音、味方が一斉に背を見せて逃げ出す、当然数人が仕留められたが、それでも逃げ出せたやつはいた。


「悪いが俺も行かせて貰う。ではな」


 飛んでくる矢を矛で振り払い、木々をすり抜けるとあっさりと脱出した。囲まれてさえ居なければ、そして障害物があればこの程度の敵ならば心配ない。それだけの実戦経験を山ほど積んできたと、今さらながらに思い出してしまう。


「これが曹操相手とかだと、森を出た瞬間にお疲れだかと言って待ち構えてるんだよなきっと」


 司馬懿だとか、郭淮将軍だとか、そういうのを想像するとぞっとした。幸い良くわからないままだが難山烏桓ではそこまで先が見えているやつとは出会っていない。そういうのとはずっと出会わない方が幸せだと苦笑しながら関所へと戻る。


「伯龍殿! 郷の者は全員通過しました!」


「そうか、仲間を大分失ってしまった」


 自分が最後だと聞かされてあり合わせで作られた門をくぐった。その後は土砂を寄せてしまい出入りできないようにしてしまう、何せもう必要が無いから。


「族を守るために散ったなら本望でしょう。関所を補強しておきました」


 補佐があちこちの説明をかいつまんで行う、なるほど納得がいく防御が作られている。万全には程遠いが、敵を数日防ぐだけなら充分だろう。興奮して眠気などは全くないが、徹夜をしているので疲労が蓄積しているのが解った。


「ご苦労。本隊の奴らを休ませてやるんだ、防衛は郷の警備兵を並べて置け。まだ何日も戦う必要がある、お前も休むんだ」


「でしたら伯龍殿もです。郷の戦士らだけでも寝ている間位充分守れます」


 じっと補佐の目を見詰めると「そうだな、休むとしよう」信頼して任せてしまう。雇われの雑兵とは違い、家族の命が掛かっているのだからやる気の心配もない。小屋があるわけではないが、矢が降って来ないように屋根と衝立が用意された区画でごろんと転がる。直ぐに寝息を立てて意識を失ってしまった。


 不思議と外で戦いをしていても気にならずに眠ることが出来る、何せ某ファッキンサージに『良い兵士とは寝ることが出来る奴の事を言う』と教育されていたので。むくりと起き上がり、そこらにあるカメから水を汲んで飲むと一息ついた。外に出ると絶賛防衛戦闘中だった。


「おう、やってるな」


「奴ら、本気で攻めてきてない感じが」


「どれ」


 お立ち台から周囲を観察する、確かに攻めてきている相手はいるが全力かといわれたらそうではない。なぜかというのは簡単に想像出来た。


「ふむ。どうせあたりを偵察してスキがないかってのを探っているんだよ、お前達も交代で休んでおけよ」


 相手を知るために探る、戦いの基本だ。実際に切り合いをしているとそのあたりの事すら抜けてしまう、指揮官は余所者であるとの思考で物事を考えるべきというのがよく理解出来た。







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武将転生 島介の志! 〜劉備が死んでからの蜀で孔明を支えて中原を制覇するまでの長い長い道のり〜 愛LOVEルピア☆ミ @miraukakka

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