第6話 最後もやらかしました!
ガラス工房に寄った後、私とスティグは他のお店も覗いた。
毎回、何か買おうとするスティグを止めるのは大変だったが、私はとても楽しかった。この異世界に来て、ようやく充実した日々を過ごしている。
とんだミスを私はしていることに未だ気づかずに。
「可愛い~」
港町のゴール地点といえば、船の
転生前でも見慣れた三毛猫、茶トラ、キジトラ。その姿に思わず駆けて行きたくなる。しかし今の私は一人で行動することができない。
スティグに聞いてみる? 猫のところに行きたいって。
でも、貴族令嬢が猫を触りに行くのは、さすがにアウトな気がした。はしたないと思われるのも嫌だ。
けれど声までは抑えられなかった。
「あっちの猫も可愛い~」
癒される~。猫の可愛さは、いや可愛いに癒されるのは、どの世界でも一緒!
それに私は、入院する前まで猫を飼っていた。余命宣告をされると、新しい環境に慣れてほしくて、すぐに引き取り先を探した。今頃は、快適な生活をしているといいけど。
そう言えば、貴族物の話で犬を飼っている場面はあったけど、猫はどうなのかな。飼えるなら飼いたい。
私はスティグの名前を呼ばないように気をつけながら、横を見た。すると、なぜか優しい眼差しを向けられる。
なんで、そんな反応をするの?
「猫が好きなんだな」
私はその瞬間、色々やらかしていたことに気がついた。
もしかして、カティアは猫に興味がなかった? 海はどうだろう。
そもそも自分の家の近くにある街を、十八歳の女の子が興味津々な態度を取るのは不自然だ。
考えてみると、私は異世界にはしゃぎすぎていて、カティアを演じていた自信がない。
貴族令嬢としての振る舞いは、スティグと手を繋いでいたから、問題はないはず。あとは何かおかしなことを言っていないかだ。
おそらく今の私の顔は、青くなっていただろう。
ゆっくりと右から左へ頭を動かす。そして、体も左へそっと横に移動した。右手もさりげなく外そうと、指を広げる。が、それにスティグは気づいたのか、強く握ってきた。
「っ!」
一瞬目を
「すまない」
あの時と同じセリフが返って来た。違うのは、スティグの手が私の頬に届いたこと。
「……顔色が悪い。今日はもうここまでにしよう」
私は黙って頷いた。すると、突然スティグに抱き上げられる。それも横抱きで。
「ま、待ってください。いくらなんでも歩けます」
「ダメだ」
「人が見ています」
「病人を運んでいるんだ。誰も不思議には思わない」
「私は病人じゃありません」
「じゃ、なんで顔が青いんだ?」
「それは……」
私がカティアじゃないってバレたから、とは言えず、口を閉じた。その間にも、スティグは私を抱えたまま街中を歩いて行く。
「君がカティアじゃないことは、もう知っている」
「!!」
「そんなに怯えないでくれ。責めているわけじゃないんだ」
スティグは私を
「いつ、からですか?」
「君が質問をしてきた時、かな。カティアはもう知っていることを、改めて聞くようなことはしないから」
「カティアも聞いたんですか? どこを好きになったかを」
「……告白した後、すぐに聞かれた」
そっか。つまり、スティグの中では、最近耳にした質問だったから、私がカティアじゃない、と分かったんだ。
その前に求婚書を送り返していたし。おそらくメルだけでなく、お父様から聞いたと言っていたのも、あながち嘘じゃないのだろう。
転生直後は、随分周りの人たちに迷惑と心配をかけたから。
それを総合した結果、導き出した答えだったのだ。しかし、私は質問を続ける。
「カティアの性格が変わった、と思ってもよさそうなのに、別人と判断したのはなぜですか?」
「俺がカティアを見間違えるはずはない」
「っ!」
胸に強く突き刺さった。
分かっていたことじゃない。スティグは物凄くカティアが好きなのよ。私はただその体に入ってしまっただけ。
これ以上、何も言わなければいいのに、悲しくなる気持ちが溢れて、口から飛び出した。
「それならどうして、私の相手をしてくれるんですか?
「違う。あの時、君が俺を好きになってくれたように、俺も好きになったんだ」
「なっ!」
「そうだろう。『好きでもない人と結婚なんてできません!』と言う君のことだ。好きでもない人に、髪をキスされて、拒否しなかったのは、そう言うことだろう?」
私がわなわなしていると、いつの間にか馬車が置いてある場所に着いたらしい。車内に入り、ようやく人の目がなくなって安堵したが、私たちの体勢はなぜかそのままだった。
「カティアのこと、凄く好きじゃないですか。そんなにすぐ心変わりするなんて」
「信用できないのは無理もない。だが、嘆いていてカティアが返ってくるのか?」
「それは、断言できません」
今まで見てきた異世界転生ものでも、中の人と意思の疎通ができた案件はある。けれど今の私は、カティアの存在を感じることができない。
だから、本当に成り代わってしまったのか、別の所にいるのか、判断の仕様はなかった。
「なら、いいじゃないか。正直、カティアの姿をした君が他の男と一緒にいるところは見たくない」
あっ、一目惚れって言っていたよね、確か。それに、ずっと思っていた相手だ。その姿形は忘れたくても忘れることはできない。
「君は俺が他の女と一緒にいても、構わないだろうが」
「そ、それはズルいです。まだ何も知らない私に対して」
「他の男に目が行く前に、牽制する必要があるからな」
「現れてもいないのに、大袈裟すぎませんか?」
「それくらい、君が好きだと思ってほしいんだが」
私が真っ赤な顔を背けると、スティグは目の前に現れた、赤い頬に向かって口付けた。
してほしくて、背けたわけでも、差し出したわけでもないんですけど!
私は頬を触りながら、抗議の目を向けた。
スティグはその手を取って、口付ける。
「だから改めて、いや君には初めて言うから、そうだな。シンプルに聞いてほしい、だろうな」
「何がですか?」
「今度こそ、求婚書を受け取って貰える言葉だよ」
確信を持った言葉だった。私も否定しない。それが嬉しかったのか、スティグは表情を和らげた。
「俺と結婚してくれますか? ティア」
「喜んで」
私は笑顔でそう言うと、スティグの首に腕を回してキスをした。カティアの体では初めてじゃないだろうけど、私にとっては初めてのキス。
スティグは空いていた腕も私の背中に回して、強く抱き締めてくれた。
***
「ティアってなんですか?」
唇が離れ、息を整えると、私は一つ疑問を投げかけた。
「君のことだよ。カティアじゃないのに、カティアというのはおかしいだろ。だが、他の呼び名だと周りが不審に思う。だから、愛称ではないけど、周りが愛称だと思えるようなものなら、不便はないだろうから。ティアと名付けてみたんだが、気に入らなかったか?」
思った以上に色々考えてくれていたことに、反対する通りはない。
「いいえ。気に入りました。それと今更なんですが」
「何だ?」
スティグの声が硬かった。
「敬語が取れる自信がないんです。こんな私でもいいですか?」
「それは、取れるまで待たなくていいと言う風にも聞こえるんだが」
え? そこまで考えてなかった。が、私もスティグの意地悪さがうつったのだろう。
「了承してくれるのなら、もう求婚書を返却しません」
「分かった。諦めるよ。求婚書を返されるのは、もうこりごりだからな」
「すみません」
私は再度スティグにキスした。私ができる精一杯の謝罪を込めて。
求婚書を返却してすみません! 有木珠乃 @Neighboring
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