08 文化祭二日目の琴音さん
以上で、演劇部の発表を終わります。演劇部の皆さん、そして助っ人の黒坂琴音さん、素晴らしい作品を上演してくださりありがとうございました。
ぼくは、やりとげたのか? 台本通りの⋯⋯いや、台本よりもクオリティの高いキャラを、演じることができたのだろうか。
カーテンコールのときのお客さんが、あんなにも拍手をしてくれるとは思わなくて。夢でも見ているような気持ちにさせられたよ。
そりゃあ、応援とは違う緊張があるさ。ステージからの光景は何度も見てきたが、今日の方が何倍も圧倒されたからね。
今日の演目は、演劇部の大きな挑戦だ。ジェンダーレスの制服を、取り入れている学校はまだまだ少ない。わが西高も、「古き良き伝統を途絶えさせる訳にはいかない」なんて言う卒業生も多い。スカートとスラックスの選択ができるだけでいいのにさ。反対意見の理由が「ほかの高校の実例がない」とは、笑わせてくれる。
あの劇を見た人が、少しでも〈選べる制服〉に共感してもらえたら。西高だって、もっといい学校になるはずなんだ。
生徒会長役、かっこよかった?
そうか。思わず惚れて……いや。忘れてくれ。
気にするな。思わず惚れ……ほれ……ほうれん草のスムージーが飲みたくなっただけだ!
はぁ。文化祭二日目も残りわずか。文化祭実行委員の挨拶が終われば、後片付けになってしまう。あっという間だったな。きみが一緒にいてくれたおかげだ。感謝してもしきれないよ。
きみも、文化祭を楽しめたかい?
どうした? スマホを取り出して。
『着たくないスカートを、着たくないズボンを強要させるのか? たった一人でもつらい思いをする生徒がいるのなら、ぼくは見て見ぬふりなんてできない』
それは……! さっきの、ぼくのセリフじゃないか!
い、いつの間にボイスレコーダーで録音していたのか? 嘘。録音じゃなくて動画? 動画なんて撮らないでくれよ。きみは特に。
『ジェンダーレスの制服はいらないと言う、根拠を教えてくれないか? いらないという選択肢を、あなたはたまたま選ばなかっただけに過ぎない。選べない苦しさを分かっていないから、そんな非情なことが言えるんだ!』
⋯⋯あのさ。そろそろ、勘弁してくれ。勘弁してもらえないだろうか?
『学ランに似合うスカート、セーラー服を着ても違和感がないズボン。そういう組み合わせ自由な制服を選べる時代は、遠い未来ではないのだよ。今この瞬間を、歴史的第一歩にしてみないか?』
だ、大事なセリフだけど、凄く恥ずかしいな。黒歴史ではないのに、のたうち回りたくなるよ。
もしかして、昨日のことを気にしてる? きみが部誌に載せた小説を読んだから、その仕返しなのかい?サボってなんかいないさ。一日目の売上冊数、五十冊の目標は叶っただろう?
そうか。さすがに書いた本人の前で読むのは、気まずかったよな。でもさ。どんな小説を書いたのか、早く確かめたかったんだ。
きみの書いた小説が大好きだから。
新作も面白かった。時間を忘れるくらい、夢中で読んだ。家に帰ってからも、読み直していたな。何回読み直していたっけ……?
うわぁっ! またぼくだけしか映っていない動画を再生するつもりか! やめたまえよ! 再生ボタンから指を離しなさい!
こほん。
せっかく本人がいるのに、動画の声で満足するつもりか?
ここは、舞台裏の倉庫。文化祭が終わるまで、邪魔者は来ない。きみだけに囁いてやるよ。
あれ。やけに真っ赤になって熱中症か? それは危険だ。待ってくれ、今すぐ冷たいドリンクを飲ませるから。ほら、口を開けて。ダメか、反応がない。それなら。
プシュ。ゴクッ。
ちゅっ。くちゅ。……ぷはぁ。
ん、すまない。きみの舌と当たってしまった。医療行為だから許せ。
火照った熱は、下がりそうか?
もじもじして可愛すぎ。……じゃ、なくて。まだ体調が心配だ。よかったら、ぼくの膝を使うかい? きみの体調がよくなるまで、膝枕してあげる。
ほら、おいで。
よしよし。よーし、よし。
皆で楽しく過ごす文化祭もいいが、こうして二人きりで過ごす文化祭も思い出に残るな。
根暗オタクには刺激が強すぎた?
きみは、根暗じゃないよ。好きなものに、ひたむきな姿は誰よりも眩しい。そんなきみと出会えて、ぼくは世界一幸せだ。
だいぶ前からきみに言おうと思っていたことがあるんだけど。真面目に聞いてくれるかい?
ぼくは、きみのことが……!
ね、寝ちゃったのか? さっきまで会話していただろうに。
まぁ、はしゃいで疲れも溜まっていたなら仕方ないな。ただ、次のチャンスは逃さないから覚悟しろよな。
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