何でもない日の特別な琴音さん

09 片思いの琴音さん

 やっぱり屋上にいたか。


 最近、ぼくのことを避けていないか? 文化祭あたりから、よそよそしくなった気がするのだが。

 ぼくの考えすぎならいいんだ。いや、ぼくの考えすぎであってほしい。


 怒らせた訳ではないから安心してくれ? あぁ。きみの言っていることを、信じよう。


 あのさ。放課後、ひま?

 誰かと一緒に、帰る予定はある?


 そうか。それなら安心した。


 いや、特に深い意味はないんだよ。ぼくより先に約束している人がいたら、かたじけないと思っただけだ。

 じゃあ、急な話で申し訳ないのだけど。


 ぼくと付き合ってよ。


 きみ、顔を両手で隠してどうしたんだ? ぼくのことが、そんなに嫌いだったのか? 嫌いと言うよりは、むしろ好き? 食い気味に答えられると、びっくりするんだが。あと、ぼくが照れる。

 ぼくのことが嫌いじゃないのなら、なぜ挙動不審な態度を取るんだよ。紛らわしいじゃないか。


 もしかして、きみ……熱でもあるのか? 少し体温を確かめさせてくれ。


 良かった。ぼくの体温と変わらないみたいだね。三十五度九分、と言ったところか。ただ……。


 さっきよりも、呼吸が荒くなってきているようだ。大きく息を吸って、吐いて……。そうだ、その調子だ。


 体調が優れない人を、巻き込む訳にはいかないよな。きみとコラボカフェに行くのは、次の楽しみにとっておこう。きみは家で安静にしていなさい。


 なんの話かって……?

 デパートの催事場に、コラボカフェが期間限定で出店していただろう。きみが好きな漫画のやつ。


 あ。きみの顔、また真っ赤になった。ぼくとコラボカフェに行くの、そんなに嬉しかったのか? 高校生がデパートに一人で行くのは、結構ハードルが高いからな。ぼくも、きみと一緒に行けたら嬉しいと思ったんだ。だけど、きみの体調を優先したいからさ。今日の放課後は、そのまま家に帰ることにするよ。


 えっ? 勘違いして恥ずかしい? きみは、一体何を勘違いしていたんだよ。通りで、妙に話が噛み合わないと思った。きみが風邪を引いたんじゃないかって、かなり心配したんだぞ。


 それで? 行くの? 行かないの?


 じゃあ、放課後にきみの教室まで迎えに行くよ。

 約束だ。ぼくとの約束をすっぽかすようなことがあれば、どうなるか分かるよな?


 怯えるなよ。きみが怖がることはしない。当たり前じゃないか。きみは、ぼくにとって大切な存在なんだ。ちょっぴり悪戯したいときはあっても、傷つけることはしない。きみは小動物のように愛らしいからね。悲しそうな顔をされるだけで、ぼくの心は苦しくなる。

 ぼくがこんな体になったのは、きみのせいだよ。責任取ってもらおうか……って、顔が近い!


 あっ……そこ、くすぐったい。うなじはやめてくれ。吐息だけで身体中熱くなるのに、舐められたら……ふうっ。はぁっ。こんな感触、知らない!


 ずるいよ。急にキスするなんて。


 ぼくの真似? ば、ばかばかばかっ! あれは医療行為であって、ししし下心なんて全然なかったんだからな。

 冷静になった後で、自分がどんなに大胆な行いをしたか思い知らされたけどさ。若気の至りって言うか、何と言うか……。


 そんな訳ないだろう。モテないきみのことを同情して、一夏の思い出を作ってあげたなんて。まさか本気で思っているのかい?


 きみは知らないかもしれないが、ぼくはずっと前からきみだけを想っていた。友達として好きだった。いつの間にか、きみのことを恋愛対象として見つめるようになっていた。この気持ちは大事にしていきたいと、思って……いた、のに。こんな形で、きみへの想いを伝えたくなんかなかった。


 申し訳ない。変な空気にさせてしまって。まだ昼休みは残っている。ぼくは自分の教室に戻るから、きみは弁当を食べ終えるといい。


 さっき言ったことだが。全部忘れてくれ。放課後の誘いのことも。きみは何も聞いていない。すすり泣きなんて、聞こえる訳ないじゃないか。


 では、ぼくは失敬するよ。

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