07 文化祭一日目の琴音さん

 文芸部のブースに、お客さんがたくさん来ますように。ぼくの全身全霊の祈りが届きますように!


 今年は、たくさんお客さんがやって来ている? それはよかった。まだ一日目の昼前だけどさ。


 ぼくのエールのおかげ? 確かに「祈る」とは言ったよ。オープンスクールのときも「文芸部の魅力が、中学生達に伝わることを祈っている」と言ったっけ。

 あのときの言葉に偽りはない。だけど、三三七拍子のリズムに合わせていないし、いささか簡略化しすぎた応援だったと思うよ。


 でも、ぼくの応援が少しでも力になれたのなら、嬉しい。

 

 おや。地図を持って右往左往している人がいる。行ってきてもいいかな? 大丈夫。この間みたいに、きみを放置しないから。すぐ戻るから安心して。




 ただいまぁー。

 声は死んでない。表情筋も生きているよ。ただ……あまり大きな声で話せない内容だから、耳を貸してくれるかな?


 うちの学校にあるのは、手芸部ではなく文芸部だ!

 手芸部も文芸部も、両方ものを創る部活だ。しかし、活動の中身は全然違う。文芸部で使うものは針と糸ではなく、想像力と詩的な感覚だ。何もない場所から、一つの世界を創る。それは凄いことだと、ぼくは思うよ。

 なのに、手芸部に間違われるだとぉ?


 おいおい。きみは肩を震わせて、どうしたんだ? もしかして笑っていると言うのか? ぼくがこんなにも怒っているのに!


 全国の手芸部の人に失礼すぎたから、笑っているのか? 


 ほかの誰かのために怒れる人が、素敵だと思っただけ? かわ……違う。ぼくは可愛くなんてない。可愛くなんてないんだからな!


 や、やぁ。後輩ちゃん。チラシ配りは順調みたいだな。ぼくらは夫婦漫才なんてやっていないぞ。見世物なんかじゃ……お願いだ。その温かい視線をやめてくれないか。穴があったら入りたい。

 お腹が空いているだろうから、唐揚げを買ってきた? きみの後輩は気配り上手だな。こちらが「恋の駆け引きハニーマスタード」で、そっちが「青春爽やかおろしポン酢」か。どちらも美味しそうだ。ありがとう。部長といただくよ。




 では、早速。

 ふぅ、ふぅ、ふぅー。


 よし。これくらいが食べごろかな。こっちを向いてくれるかい?


 お食べ。


 そんなに口を閉じていたら、唐揚げが入らないじゃないか。ほら、早くしないと固くなってしまうぞ。


 もしかして猫舌だったか?

 それなら、もう少し冷ました方がいいな。


 だって、手がふさがっているだろう? 「部誌一冊百円。しおり五十円」の看板で。だから、ぼくが食べさせてあげようと思ってね。


 そっぽを向くなよ。どこが不服なんだ? 人が息を吹きかけた食べ物は、生理的に無理だったとか? すまない、きみが潔癖症だったとは、配慮が欠けていたよ。ここは責任を持って、ぼくが唐揚げを美味しくいただくことにするよ。


 定番のセリフを言ってくれないと食べない? 定番って、もしかしてアレのことか?


 こ、心の準備をさせてくれ。あのセリフは、少々心臓に悪い。


「お食べ」の方は、それほど恥ずかしくなかったと言うのに。ぼくと縁遠いセリフは、こそばゆい気持ちになる。


 言うよ。言ってしまうから、覚悟しろよ。


 あー。

 あーーん。


 ほら、ちゃんと言えているじゃないか。口を開けてくれよ。うぅっ。


 あーん。


 ようやく食べてくれた。えっ? 全部食べさせてほしい? 分かった。ぼくが、食べさせてあげる。


 はい。……あーん。



 おや。少し待ってほしい。

 鏡を見てくれないか?


 つまようじがあって助かったな。いやいや、鏡ぐらいいつでも貸すよ。照れることないのに。


 ……ぼくが世話を焼く大義名分を、奪わないでくれよ。


 ううん。何も言っていないから安心して。午後の売り子も頑張ろうな。

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