文化祭の琴音さん

06 蠱惑的な琴音さん

 真夏なのにストッキングなんか履いて、暑くないのか?


 ベージュのストッキングを見せつけられてもゾクッとするのに、黒いストッキングか。そそられるな 。そんな格好をしていると、ぼくに脱がせてくれと言っているようなものじゃないか。


 あぁ。悪かったよ、怖がらせてしまったね。大好きなきみに怖い思いをさせるのを覚悟で、ぼくはあえて厳しい言葉を使ったんだ。嫌われてもいいから、きみの無自覚さを伝えなきゃって思ったんだよ。


 分かってくれたかい? よしよし、いい子だ。


 じゃあ、これからは、ぼく以外の人におみ足の美しさを見せつけないでくれよな。どこの骨とも分からないオオカミに、襲われたくはないだろう?


 きみを襲うのは、後にも先にもぼく一人だけにさせてくれ。ぼくなら、きみのことを甘く溶かしてあげられる。ぼくに身を委ねてくれさえすればいいんだ。きみの体も、心も、幸せで満たしてやると約束しよう。


 当然だ。きみは足だけじゃなくて、どこもかしこも愛おしいんだから。ぼくだけのために、とろとろに惚けた顔を見せてくれ。




 こほん。こんな感じかな。


 演劇部の部長さん、さっきから腕組みをして俯いていますけど……ぼくの演技はそんなにダメでした?


 あー。いや、その、そこまでべた褒めされると照れちゃいます。あと、このシーンは本番で使いませんよね?


 よかった。さすがに学校の文化祭ですからね。あまりにも刺激が強すぎると先生からストップされてしまいますし。ぼく自身、同じセリフを何回も言うのはしんどいですし。


 ……あ。すみません。少し席を外していいですか? 知り合いが来てくれたみたいなんです。



 やっほー! 差し入れに来てくれたのか?


 ありがとう。とても嬉しいよ。タイミングは最悪だけどね。まるで、ぼくが変態みたいじゃないか。役に入り込んでしまっていたとはいえ、あれはぼくの本当の姿ではないぞ。


 あぁ。今思うと、恥ずかしいセリフを言っていた気がする。


 劇の演目は何かって?


 学校にジェンダーレスの制服を導入しようとする、生徒会長の話だ。スカートを履くのが嫌な幼馴染のために、頭の硬い大人達と戦う物語。ネタバレになっていないだろうか? 本番の楽しみを奪ってしまっていないか心配だ。


 さっきの場面は、部長さんから主人公の別バージョンも見たいと指示があってね。本番が明後日に迫っているから、追加するセリフを見極めたいんだろう。


 ちょい悪王子様の設定でよろしく、なんて要望があったからさ。ついつい楽しくなってしまったんだ。ぼくは西高のプリンスなんて呼ばれているみたいだけど、爽やか王子もたまにはイメチェンしてもいいだろ?


 それで、あんな王子様が生まれてしまった訳だ。

 お願いだから、足を隠さないでくれよ。人の服を勝手に脱がすことはしないからさ。


 どうして残念そうな顔をする? まったく、きみと言う人は。

 明後日の本番を楽しみにしていてくれ。


 なぜって……? きみも文化祭のステージを見るだろう?


 文化祭二日目は来ないつもりだった? いやいや、普通に登校日だからな。無遅刻無欠席の記録を途絶えさせてもいいと言うのかい?


 ぼくが劇に出るから、やっぱり行く? まさか主役のピンチヒッターとは思わなかった?

 じゃあ、明後日のステージを来てくれるんだな?


 とても嬉しいよ。本当にありがとう。


 午後のリハーサルを頑張れそうだ。誰かを応援するのも、誰かに応援されるのも幸せな気分になれるんだな。きみのおかげで、ぼくはまた成長できた気がするよ。


 本当に、いつも感謝しているよ。もし、きみがよければ、明日は一緒に回らないか? 出店巡りしようよ。


 文芸部のシフトがある?

 それなら、ぼくも売り子さんしてもいいかな?


 よっしゃ。たくさん売っちゃうぞ!

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