02 お人好しの琴音さん

 ぷはぁー!

 くぅー! 五臓六腑に染み渡るね。


 誰がおっさんみたいだって? 失礼だな。


 サイダーを飲んだら、誰だって豪快な声を上げたくなるものだ。きみだって乳酸菌飲料を一気飲みしたくせに。風呂上がりの牛乳かっていうぐらい、豪快にね。だから、お互い様ということにしようじゃないか。


 可愛くサイダーを飲んでみろって? 可愛く? ぼくが?


 ……仮に可愛く飲んだところで、一体誰が得するんだ? きみか? また、きみしか得しない案件だろう?


 でも……きみがせっかくリクエストしてくれたから、断るのは申し訳ないな。それに、ほかの生徒は、オープンスクールの準備でバタバタしているはずだ。今の時間帯なら、ほかの生徒に聞かれる心配もなさそうだし。


 分かった。きみのお願いを叶えてやる。少しボイスをチェンジさせてくれ。んっ……。




 わーい、サイダーくれるのぉ? やったぁ~!

 ぷしゅっと。ごくごく。

 わ~。口の中、しゅわしゅわ~が止まらないよぉ。おいし~。




 うっ。


 うううっ。


 一生の不覚……! ぼくはどこから声を出していたんだ? しかも、短い時間で語彙力が著しく低下していたな。サイダーは炭酸だから、しゅわしゅわするのは分かりきっているだろうに。アホとしか言いようがない!


 純粋で可愛かった? いやいやいや。幼稚園児のころのぼくは、そこまで頭が悪くないぞ。無邪気ではあったが、あんなお花畑の思考は持ち合わせていないからな。


 なぁ、あそこにいる女の子、有名私立中学校の制服だよな。うちの高校から、電車で一時間ぐらいかかった気がする。休日の電車の本数は少ない。早く来すぎてしまうのは、仕方のないことだろう。学校を通して参加希望書を提出している以上、遅刻できないからな。時間に余裕を持って行動できるのは、素晴らしい。

 ぼくもオープンスクールに行ったとき、一時間前から会場付近をうろついていたよ。


 きみ、少し待っていてくれないか。受付担当に連絡を取る。午前中とは言え、外で待つのは暑すぎる。体育館の最終確認が終わっていたら、あの女の子を誘導してもらえるように掛け合ってみるよ。




 もしもし、黒坂だ。今は、昇降口にいる。実は、すでに女子生徒が一名、外で待っているんだ。熱中症にならないか心配だよな。体育館の最終確認はいつ終わるのだろうか? ちょうど終わったところ? では、女子生徒を体育館に誘導してもよいのだろうか? 了解した。彼女に説明をしておこう。では、失礼するよ。




 きみは、ぼくのそばで聞いていたから、会話の内容が何となく分かっただろう?

 誘導係が来るまで、もう少しだけ待っていてくれ。彼女に説明してくる。




 ふぅ。係の人が誘導してくれたから、これで一安心だ。


 お人好し? そうかもしれない。

 ぼくはね。誰かの笑顔を見るのが好きなんだ。心の底から楽しんでいるのが分かると、自分のことのように嬉しくなる。もちろん、きみが笑っている今この瞬間も。


 そ、そろそろ、ほかの中学生も、もうすぐ来そうな時間帯になってきたな。きみも、部活に戻った方がいい。部のトップがいないと、円陣を組めないからさ。


 じゃあ、ぼくはこれでお暇するよ。文芸部の魅力が、中学生達に伝わることを祈っているぞ!

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