#リリとイズミのちょっとエッチな心霊譚

バチカ

#1 一家〇中が起きた空き家でとんでもないものを見つけてしまった

「はい、どうも、はじめましてー! 心”REI”チャンネルのR担当のリリと――」


「——I担当のイズミですー」


 今日は待ちに待った憧れの心霊Youtuberチーム『心”REI”チャンネル』の初配信!


「で、E担当のエイコ、ここがどこか紹介してくれる?」


 あたし達が挨拶をした後に、あたしがカメラマン担当のエイコに場所を訊く。ここまでは、撮影前までにあたし達があらかじめ決めていた段取りだ。


 オープニングの挨拶こそ元気にやってみたわけだが、明るいのは挨拶と――カメラマンのエイコが持ってる照明だけ。それ以外は一切の明かりの無い、暗黒。


「ここは、〇〇さん家です」


 丁寧な口調でエイコは答えた。


 『〇〇さん家』という名前の通り、あたし達の背後には一軒の戸建てがある。ガラガラと開ける感じの引き戸に、白っぽい壁、二階建てといういかにも普通な感じの家。


 だけど、明かりは一切ついてなくて、二階とか輪郭すら把握できない。隣の家も皆遠くに離れていて『ポツンと一軒家』状態。


 つまり、この家は――空き家。


「かつて、この家には両親と子供1人の計3人が住んでいましたが、一家心中によって家族全員が死亡。その後は、誰も住んでいない空き家となってしまいました」


 エイコが淡々と説明していく。


「その後、空き家を訪れた人達曰く、


 ①子供部屋で男の子の霊が出る。

 ②2階で物音がする。


 といった現象があったそうです。


 今回は、これら2つの霊現象を実際に確かめるため、かつて悲惨な事件が発生した空き家を私達で調査したいと思います」


 エイコの説明が終わった後、改めて〇〇さん家の方を振り返る。


 一家心中が起きた――エイコが解説してくれるまで、あたしとイズミはその情報を知らない。


 まず、イズミがコメント。


「どおりで見るからに気味が悪かったのね。でも、一家心中があったからなのか、元から良くない場所だったからなのかは、まだ分からないけど」


「まあ、ここ山奥だし、周りも木に囲まれてるし、なぜかこの家とその周りだけ雰囲気おかしいってのもあるよね」


 続いてあたしがコメントし、最後にエイコが締める。


「それでは、早速潜入しましょう!」


 ★★★


 エイコが管理人から借りたカギを受け取り、自分の分の懐中電灯はイズミに持ってもらい、自分のスマホカメラで鍵穴を映しながら、あたしはカギを差し込む。捻るとガチャリと音がした。


 引き戸の取っ手に手を伸ばす。


 正直、凄く緊張する。曰くを知ってしまったせいか、ただでさえくすんだ色彩の引き戸が余計に不気味に見えてしまう。


「もう、これだけでも怖い。引き戸の摺りガラスの向こうに何か影があったり、バンって叩いてきそうで怖いなあ。うわ、ひんやりしてる……あれ?」


 レポートしながらドアを開けようとした途端、あたしは早くも問題にぶつかった。


「どうしました?」


「開かない。鍵を開いてる筈なのに、全然開かない」


 イズミやエイコが試しても、引き戸はびくともしなかった。


「うーん、動かしても何か引っかかるような音とかしない辺り、つっかえ棒とかがあるって感じじゃないね。なんというか、この扉自体がもともと動かないものなのか、あるいは、向こうからのか……」


「イズミ、いきなり怖い考察止めて。それより、どうする?」


 もちろん、撤収なんて二文字はまだ早くて、別の入り口を探すべく、あたし達は家の周囲を周ることにした。


 結論から言うと、入り口は簡単に見付かった。勝手口のドアを見つけたんだけど、そこが簡単に開いた。思わず拍子抜けしちゃったあたし達だけど、とりあえずここから潜入してみる。


 先頭はあたし、イズミが続く。二人は片手に懐中電灯、もう片方に撮影用グリップを備えた録画設定済みのスマホ。最後に、ライトとマイク付きのビデオカメラを構えたイーちゃん。


 生ぬるい空気が、勝手口を開けたあたし達を出迎えた。かつて家族が住んでた家の台所だろうか、むあっとした独特な生活臭が鼻腔を撫でる。


 廃屋ではなく空き家なので、当然ながら土足は禁止。昔の家の台所らしい床の独特の感触が靴下越しに伝わってくる。


 スカートなんか履いてくるんじゃなかったなあ。足元を流れる空気が妙に生ぬるくて気味が悪い。


「足元気を付けてくださいよ。ただでさえ、リリとイズミはスリムなくせに体系をしているんですからね」


 エイコからそんなことを言われ、あたしはむすっとした表情で振り向いた。


「なにそれ。セクハラ?」


「いやいや、事実を指摘して注意しただけですよ」


 エイコはしれっとした顔で返すのみ。


 さて、明かりひとつない台所を懐中電灯で照らしながら大方探ってみたけれど、特に物は置かれてなかった。


「一家心中の事件が起きた後、遺品の整理とかがあったのかなあ。テーブルとかも大して色々置かれてる感じはしないね。でも、壁のシミとか、そういうのは不気味。何か出てきそう」


「けど、この台所は特に何かあるって感じはしないかな。別の部屋へ移動しよう」


 付近のすりガラスの引き戸を開けると、長い廊下に出た。懐中電灯で左右を照らしてみると、片方はすぐ玄関に繋がってるようだ。


「玄関が気になりますね。なんでさっき開かなかったのか、確かめてみましょう」


 エイコの提案に、あたし達は同意した。やっぱり気になるんだ、開かなかったあのドアの裏側がどうなっていたのかを。正直、怖いけど。


 廊下は段ボールやら何やらが土間にも床にも雑多に積まれていた。中に何が入っているかは分からないが、その生々しい生活感がかえって不気味さを煽っている。でも、


「見た感じ、扉の周りに何かものが引っ掛かってるってわけではなさそう」


 あたしがコメントするように、土間に積まれた段ボール類も引き戸のレール辺りまで侵食しているわけじゃなくて、引き戸の周囲には何も無かった。だからこそ、


「余計おかしいですね。リリちゃん、ちょっとドアを開けてみてください」


 やっぱりそうなるよね。というわけで、あたしはまず土間に足を乗せてから、玄関のドアを開けることにする。


 他所の空き家だけど、土間に足を付ける所から緊張する。ひんやりとした石のような感覚がつま先の靴下越しに伝わる。更に手を伸ばし、引き戸の格子の隙間に指をひっかけて……


 からり


 簡単に開いた。ちょんと指の力だけで動かしただけなのに、滑るように軽々と開いてしまった。夜の闇に覆われた外の景色が目の前に映る。


「うそ、簡単に開いちゃった……」


「内と外じゃ開けるのに使う力が違うとか? そんなことあるかな?」


「おかしいですね。では、なんであの時、開かなかったのでしょうか」


 謎すぎる現象に顔を合わせるあたし達。


 ——その時だった。


 

 ……ふふふ


 たったったったっ……



「——!?」


「——!?」


「二人とも、何か笑いました? 走りました?」


 エイコの問いかけに、あたしとイズミは振り返って首を左右にぶんぶん振った。


 大人っぽく低い声に定評のあるエイコはさておき、あたしとイズミの声は甲高い方だけど、あの笑い声はどちらにも当てはまらない。


「笑ってないよ。後でカメラ確認したら分かると思うけど、あたし達、笑ってないよ?」


 そして、さらに問題なのは笑い声の後に起きた足音。明らかに、あたし達が今いる玄関からした。


「というか、さっき変な足音したような。カメラも多分拾ってると思うんだけど、ここから向こうへ走っていったような音だったよ」


 イズミはそう言いながら、玄関先から伸びる廊下の向こうを懐中電灯の光で照らした。廊下、その向こうにある壁と小窓——懐中電灯の照らすそれら以外、闇に包まれているのが不気味さを煽る。


「確かにその足音は私にも聞こえました。ちょっと辿ってみましょう」


 エイコの提案にあたし達は一瞬戸惑うも、拒否権は無し。まあ、謎の足音の行く先に何があるのかは視聴者も気になるだろう。臆病風に吹かれて貴重な取れ高のチャンスを失うのは配信者としてあるまじき行為だし。


 足音が最も良く聞こえたイズミが先導する。と、イズミがとある部屋の手前で止めた。廊下の突き当りにあった部屋だ。襖のような引き戸で開くタイプの部屋だ。


じゃないかな……?」


 遅れて部屋の内部をイーちゃんと見た途端、あたしは思わず息を飲んだ。


 酷く荒れた部屋だった。床は多分畳なんだろうけど、カビてるのか腐ってるのか、奥の方とか黒ずんだ大きな穴が空いている。収納の襖は割れた中板が丸見えで、布団と思しき中身が畳の上にまで散乱している。


 でも、更に問題なのは、置かれた備品。壁一面に貼られたシール、引き出しが半壊した学習机、何かよく分からないオモチャ、薄汚れたボール。つまり、


「もしかして、ここが例の子供部屋!?」


 あたし達は顔を合わせた。みんな首を縦に振った。


「恐らく、そうでしょう。中に入ってみましょう」


 というわけで、あたし先頭で子供部屋の中に入る。噂の場所だってのもあるけど、まず床が汚すぎて、それだけで一歩踏み込むのに勇気がいる。


 入った瞬間、すぐさま異変に気付いた。


「あれ? なんか、ここだけ温度高くない? 人肌というか、人一人が抱きついてきたみたいな気温してるんだけど」


 それは後続のイズミも同様だった。「確かにそうかも。でも、それってつまり――」と言い出したのは、流石に止めさせた。怖いから。


 続いてエイコが入ってくる。


「あっ。確かに、お二人の言う通りですね。この部屋だけ、人肌程度に温かいです。——しかし、部屋の荒れ具合がおかしいですね。なんでここだけこんなに荒れてるのでしょうか?」


「それ。あたしも同じこと考えてた。荒れ方がこの部屋だけ異常なんだよね」


 なんてやり取りをしながらあたし達は子供部屋を調べる。エイコに至ってはビデオカメラとは別にスマホで写真を撮りまくってる。


 と、ここでイズミが何かに気付いた。


「なにこれ? みんな見てみて!」


 イズミが発見したのは、机に置かれた自由帳だった。今時らしい鮮やかな花の写真が表紙に飾られているものだ。


 みんなが確認してる前で、イズミがぱらぱらとめくり始める。小学生の自由帳らしく、よく分からない落書きや科目のノートを忘れた時の代用とかに使われていて……


「——ん?」


 最後のページが気になった。ほぼまっさらなんだけど、なぜか隅っこに


『                                




                                       

                                  あか』



「……なにこれ?」


「分かんない。なんでか分かんないけど、私、気になったんだよね」


 あたし達は眉を潜めた。まあでも、子供の自由帳だし、そういう使い方もあるか。と、あたし達は無理やり結論付けた。


 で、ここでエイコが提案する。


「さて、この部屋が噂の子供部屋の可能性が高いことが分かりましたので、ここで実証実験をしてみましょう」


 あたし達は息を飲んだ。出た。心霊Youtuberなら必ずあるイベント――実証実験!


「検証内容は、『この部屋に一人ずつ残って立って、写真を撮ってみる』というものです。もしかしたら、一人だけの方が心霊写真とか撮れるかもしれませんので」


 というわけで、あたしとイズミを被写体にして、子供部屋に一人残ってそれぞれ写真を撮ってみることに。


 まずは、あたしから。一人だけ残るということは、つまり、


「えっ!? そんなに下がるの? ちょっと待って、マジで怖い!」


 次に取るイズミはさておき、撮影用カメラをこちらへ構えたエイコまで立ってる位置は廊下側まで!


「いやだって、この子供部屋にリリ一人の状況じゃないと成立しませんから」


 この子供部屋は、立ち込める雰囲気ひとつでも他のフロアとは全くの別世界。部屋と廊下を隔てる襖のレールの向こうにエイコ達がいるだけなのに、すぐ目の前にいるのに、途方もない彼方まで離れられているような孤独感がある。それが余計に恐怖を煽る。


「ねえ、まだ!?」


 エイコがシャッター押すまでの時間が異様に長く感じる。靴下越しのカビたイグサの感触がちりちりしてくる。足元がむあっとしてくる。スカートの内側の太ももすら冷や汗で汗ばんでる。なんか視線を感じるけど、もしかしてあの穴から?


 パシャリ


「ねえ、もういい? もういい?」


「待ってください。演者なんですから、もっと可愛いポーズとか出来ませんか?」


「は、はあああ!!?」


 まったく、なんてヤバいこと言うんだこの鬼畜ディレクターは!!?


 しかし、部屋から出してくれる様子じゃなかったので、結局二枚目。可愛いポーズとか知るか! とりあえず、知人からエロいねって言われたポーズでもするか?


「あ、いいですねー! それでは――」


 もう、他人事だと思って――っ!



 ——ッッパァン!



「うわああああっ!」


 はじけた音がして、あたしは反射的に部屋を飛び出した。半ばエイコを突き飛ばしてしまった。


「……ねえ、聞こえたよね? 聞こえたよね?」


 ラップ音。それが子供部屋から発生したのだ。当然、エイコもイズミも無言で首を縦に振る。


「確かに聞こえました。子供部屋の方です。何かいるかもしれませんね。……それでは、次はイズミの番です」


「え、いや、このタイミングで?」


 出た。エイコの鬼ディレクターぶりが。結局、イズミも検証することに。


 パシャリ―—


 パシャリ――


 思ったより早く終わった。イズミも特に何も言わなかった。そこが余計気になって、撮影が終わってすぐさま、あたしはイズミに近寄った。


「どうだった? 怖くなかった?」 


「うーん、撮影中、なんか、さっき音がした箇所が異様に気になった。やっぱり、あの自由帳が気になってしかたない」


「え?」


「あの自由帳ですか? もう一回、確認してみます?」


 というわけで、机の上に置いてあった自由帳を再度確認する。置いてあった場所が、さっき音がした場所と本当に一緒。だから、手に取ろうとするだけでも、全身がぞわぞわする。


 中身がエイコのビデオカメラに映っているのを確認しつつ、一枚一枚めくっていく。内容は特に変わらないようだけど……


『                                



                               

                                   あか     

                                 あかあか』


 最後のページを見て首を傾げた。


「あれ? 最後の『あか』ってこんな感じだったっけ?」


「……おかしいですね。なんだか、『あか』が増えてる気がします」


 エイコの指摘に、あたし達はぎょっとした。


「増えてる? そんなことある? だって、最後に自由帳を触ったのって、ここで検証する前だよね? あたし達の写真を交互に取ってる時、誰かこの自由帳触った?」


 あたしの問いに、エイコもイズミも首を左右に振るのみ。


「触ってるわけないよ。でも、『あか』の数は違ってる」


「……前のノートの映像も撮ってあるはずですので、その確認は後でしましょう。とりあえず、実証実験は完了です。部屋を出ましょう。次は、2階の探索です」


 ★★★


 2階へ行く階段はすぐに見付かった。


「なにこの階段。ここもここでヤバいんだけど」


 途中で90度に折れ曲がって2階へ到達するタイプの階段なんだけど、問題はその外見。(具体的な名称は後で調べたんだけど)一般的な階段にある蹴込み板が無い透かし階段。足の乗る板だけが段々と並んでるだけと説明したら伝わるかな? つまり、何が言いたいかというと、


「この階段の隙間とか見たくないなあ。あたし達が上がってるのを下から誰かが見ててそう」


「リリは前方を照らしながら進めばいいから。足元とか隙間は、私が後ろから照らしておく」


「ちょっと待って。あたしが先頭行く前提?」


「子供部屋までは私が先導したから、良いでしょ?」


 ……というわけで、あたし先頭で2階へ。


「うわあ、まずは廊下なんだけど、これまた雰囲気がなあ」


 二階はフローリングなんだけど、隙間が嫌なくらい埃っぽい。


「手すりに乗っかってるのはネズミのフンかもしれません。触るのは控えた方が良いでしょう」


 後から上がってきたエイコがそんなコメント。やめてよ、めっちゃ気持ち悪いじゃん。


「さて、ここでの曰くは『物音がする』というものです。2階を散策しつつ、曰くである音の真相を検証していきましょう」


 というわけで、2階を探索するあたし達。


「思ったより、この部屋は何もないね……」


「ここは寝室かな?」


「ここも片付いているなあ」


 結論から言うと、特に目立った現象は起こらなかった。まず、あの子供部屋らしき部屋に勝るインパクトの部屋がそもそも無かった。なにも無かったり、ちょっと埃っぽかったり、あの部屋よりも異様な空気感を持つ部屋が無かったんだ。


 2階に入って最初にドアを開けた部屋に、あたし達は一端集合する。広さから察するに寝室だと思うんだけど、本当に何もない。ただ、ひたすら埃っぽかっただけの部屋だ。


「うーん、2階は特に何も無かったね。曰くの物音だって全然しなかったし」


「そうですね。ですけど、もしかすると私達が3人もいるから何も起こしてこない可能性もあります。1人で待機していれば何か変わるのではないでしょうか?」


「えー、ここでも何かやるの?」


 なんて会話をしていた、次の瞬間


 

 ……ふふふふっ


 たたたたたたた……



「——!?」


「——みんな、聞こえた?」


「2人が笑っている、わけではなさそうですね」


 エイコの問いかけに、あたしとイズミは首を縦に振る。


「玄関で聞いた笑い声と一緒だ。しかもあの足音、すぐ隣の廊下から聞こえたよ?」


「笑い声の主が玄関のと同じだとしたら、2階にまで私達についてきてたってことになる」


「え、それヤバくない? だってそれ、玄関からずっと一緒だったってことだよ?」


 あたしが少し冷静さを失う一方、エイコが冷静な一言。


「ですが、あの足音は、階段を駆け下りるような音でした。ついてきたと仮定するとしたら、気まぐれで去ったのでしょうか。それとも、また私達を案内したい場所があるのかもしれません」


「ちょっとそれ、マジ?」


「確かに、階段を駆け下りた音ってのは、私も分かるかも。さらに言えば、階段を駆け下りた後、1階で足音が少しだけ続いていた。2階で検証するよりも、私は今の足音について行った方が良いと思う」


 あの足音が2階から1階へ駆け下りる音だったという説が、エイコとイズミの中で濃厚に。ちょっと待って。あたし、単なる足音にしか聞こえてなかったんだけど。あの状況でよく冷静に聞き分けられたな。


 だけど、2階でひとりぼっちで検証するのに比べたら、みんなで足音を追っていく方がずっとマシ。あたしは、イズミの提案に同意した。


 最も足音が良く聞こえたイズミを先頭にしてあたし達は1階に降りる。「さて、聞こえたのは向こうだけど」と呟きながら向かった先は……


「え……子供部屋じゃん?」


「うわ、ほんとだ。ぼうっと足音辿っただけだったから、気付かなかった」


 あたしに後ろから指摘されて、やっとイズミも気が付いた。


「最初の足音然り、さっきの足音然り、同一の何かが子供部屋に何度も私達を誘っているみたいですね。目的は分かりませんが、前にこの部屋に訪れた時と比べて何か変化があるかもしれません。もう一度、あの部屋を調べてみましょう」


 というわけで、3人で子供部屋へ。もう本当にこの部屋だけ纏っている雰囲気が違う。皮膚にまとわりついてくるような湿気と視線のような気配が嫌な予感をさせてしまう。


「私、あの自由帳、もう凄く気になってるんだけど」


「あたしも同じ」


 イズミの言う通り、例の自由帳が、これまで以上に気になって仕方ない。というわけで、ほぼ吸い寄せられるかのように、あたし達は自由帳の前に集まっていた。


「というか、この自由帳、誰か裏返しました? 私の記憶なら、リリが閉じた後、表にして置いてたような気がするのですが」


「そんな怖い確認やめてよ! ……開くよ」


 嫌な予感がしすぎるあまり、そんなやり取りを挟みつつ、あたしは最初の1ページ目を開く――





『あかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあかあか』




「うわあっ!」


 大声が出た。


 おびただしい数の『あか』が、自由帳全体にびっしり。


「なにこれ、どういうこと……?」


 あたしは思わず投げ出しちゃったので、代わりにイズミがページをめくる。エイコのカメラに映し出される、おびただしい数の『あか』


 『あか』が書かれていたのは、最初から書かれていた最後のページだけじゃない。お絵描きとか忘れ物の代用として使われていた全てのページに、それらの上から無理やり書きなぐるように、無数の『あか』『あか』『あか』……。


「これは、ダメですね。一旦、撤退しましょう」


 流石のエイコも撤退宣言を口にして――



 ふふふふふふふふ……


 ……ふふふふふっ



 直後に、笑い声。


 今までのと、一緒。


「やばいやばいやばい! これだめだって! 出よう! 逃げよう! マジで!」


 無理過ぎた。


 あたし達は一斉に飛び出すと、台所の勝手口から空き家を脱出した。


 靴の踵を潰しながら空き家の前の通りに停めた車にまで一気に走った。後はもう早かった。すぐさま出発して、麓の空き地にまで降りて行った。


 あの家はもう見えない。でもあの笑い声が、まだ耳の中にこびりついているような気がした。


 ——ちょっと息を整えた所で、エンディングの撮影が始まる。


「はい、というわけで、一家心中のあった空き家を探索してみましたが、いかがだったでしょうか」


「いやもう、色々とヤバいでしょ。笑い声に、足音に、極めつけはあの自由帳! なんなの『あか』って! もう意味わかんない!」


「あの笑い声、なんか子供の笑い声っぽかった。玄関と2階と子供部屋でしたのも全部一緒だったとしたら、ずっとついてきてたんだろうね。今は気配が無いんだけど、あの家に何かがいたのは間違いないと思う」


「最初のスポットでしたが、取れ高がたくさんありました。それではリリさん、最後にこの心霊スポットについて、『S』から『D』の5段階評価を御願いします!」


「えーと、『A』!」


「A? 上から2番目ですね」


「まあ、最初だからね。まずはここを基準でって感じ。でも、さっきも言ったけど、笑い声とか『あか』とか有り得なさすぎるし、一家心中があったとて所詮ただの空き家だと思ってたけど、Bとかそんなんじゃないって」


「はい、というわけで心”REI”チャンネルを終了しますー!」


 そして、最後にカメラがイズミの方へズームイン。


「いや、最初からここは強気すぎたと思う」


 ★★★


 収録が終わって解散した後、家に帰って早々、あたしは居間兼寝室のベッドに荷物適当に放り込んで、浴室へと一直線に向かった。


 最初の収録だから近所のにしようって提案したのはあたしだったけど、あんなスポットだったとは予想外すぎた。嫌な汗をかきすぎた。だから、一刻も早くシャワーを浴びたかった。


 服を脱ぎ、下着姿に。まずはブラから……と視線を落とす。


 そうだ。今日は最初の収録だからって、気合い入れるために真っ赤な下着を身に付けてたんだよね。異様な取れ高に恵まれたのは、この赤いブラとパンツのおかげなんだろうか。


「ん?」


 あかい――パンツ?


 妙な胸騒ぎがして、あたしは下着姿のまま居間に戻った。カバンを開けて、スマホを開く。


 メッセージアプリにてエイコから連絡が来ていた。アプリを起動し、中身を確認する――


『リリさん、今日の収録で撮れた写真を早速確認してみたのですが、とんでもないものが写っていました。子供部屋でリリさんを撮った写真なのですが、リリさんも見てくれませんか?』


 写真の画像も送られてきて、あたしはタップして中身を確認する。


 例の子供部屋で、実証実験として撮られたあたしの写真だ。あの鬼ディレクターの撮影が遅いせいで、あたしの笑顔が普段じゃ考えられなくらいこわばってる。


 でも、問題なのはそこじゃなかった。


 足元——履いてるスカートから伸びるあたしの脚がおかしかった。


 あたしの脚の後ろに、もっと別の脚がある。もっと細くて、もっと短くて、屈んでいるのか、ちょっと曲がっている。多分、男の子の脚。スカートの裾辺りには、腰もわずかに見ている。何より問題なのは、スカートの位置より上には何も写っていないこと。つまり、この謎の人影は、あたしのスカートの中に入っていた。


 改めて自分の下着を確認する。


 あの自由帳に書かれていた『あか』の正体はなんだったのか。


 点と線がつながり、あたしの顔は青くなったり赤くなったりした。


 今日、あの一家心中が起きたと言われている空き家にて、


 あたし、幽霊にずっとパンツを見られていたんだ。


 

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