小さな願い、されど拭えぬ咎
アオピーナ
小さな願い、されど拭えぬ咎
もしも願い事を叶える魔法があるのなら、私は死ぬだろう。
ロマンチックなお願いに、私は殺されるだろう。
学び舎に巣食うおぞましい咎人たち。
私をいじめる恐ろしい魔物たち。
彼らが面白おかしく、私を指差して言うのだ。
……あいつを消して。
……あいつを豚に変えて
……あいつを奴隷にして。
新しい洋服を買ってから実際に袖を通すまで、さほど時間はかからない。
群れを愛し、異を厭うケダモノたちは、魔法を授かったら最後、なんの迷いも無く、罪を犯す。
――ああ、でも。
そうしたら、彼らは罪を負って、一生を咎人として歩むだろう。
時を経て、業の足枷の重みを知ることになるだろう。
たぶん、私は天から嘲笑っていると思うから、それはそれで楽しみだ。
では、私の願いが叶うのなら、何を望む?
答えはとっくに出ている。
目の前で、すでに形を帯びている。
屍の山となって。
「きらきら光る、流れ星」
おまじないを、呪詛のように繰り返す。
「三度の声を、したたかに交え」
真っ赤な水溜まりがバシャリと音を立て、立ち込める死臭に鼻がねじまがる。
「望み、叶えたまえ」
素足で骨を踏む。
ぐちゃり、と肉を踏み潰す。
モノクロの空に、虚ろな瞳を向ける。
「望み、叶えたまえ」
心の裡をあらわすように、雨が降りしきる。それでも手に付く血は消えず、目に罪の程を刻み込む。
「望み、叶えたまえ……っ」
この手は真っ赤に汚れている。
心は咎にまみれて、目を閉じれば、瞼の裏に焼き付く悲劇。
この星の、すべての人は死んだ。
たった一つの願いを汲み取って、罪無き人も、星の裏側で暮らす人たちも、みんな。
願っただけだ。
祈っただけだ。
望んだ、だけだ。
でも、意地悪な神様はすべてを叶えた。
私に神の責務を押し付けて、彼は、そのまま深い眠りに。
「望み、望み、望み……」
見渡す限りの死の海を、赤薔薇さえも稚気に見える深い紅の世界を、私は一生忘れないだろう。
――願いは、人を狂わせる。
だから心のなかで噛み締めて、前に進む。
――願いは、人を惑わせる。
だからきちんと考えて、前に進む。
――願いは、人を悪魔にさせる。
だから世界と向き合う。
被害者面して世界を呪った私への、大きな罰。
心から願うは、醒めぬ夢の終わり。
痛むことも、折れることも、朽ちることも、死ぬことすらなく、屍の雑踏を踏み越えて、前に進む。
狂気がじわじわと心を侵す。
昏く、暗い思いが、煤のように魂を穢す。
「神なる私よ」
ふと立ち止まって、唇を三日月に歪めて、曇天を仰いで言った。
「私を殺したまえ」
まるでアネモネの花に包まれるようだった。
白い煌めきのヴェールが私を覆い、包み、隠し……、
魔なる神は消えて、世界は彩りを戻した。
「とんだ笑い話ね」
形の無い私は、空から学び舎を見下ろしてそう呟いた。
「人が世界を創る。当たり前の幸せが、そこにあったのに」
日差しに照らされた空席に。
白いアネモネの花が、瓶に添えられて飾られていた――。
小さな願い、されど拭えぬ咎 アオピーナ @aopina
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