3 魔女の一撃
だからみんな本当は、ドイツ生まれの魔女の血を引くエリィのことが、内心では気になって仕方がないんだ。
星香が噂を広めたくなるのは、
ばさばさと閉じたり開いたりしている一馬は
そういうぼくだって、河童だ。陸の上ならともかく、水の中ならクラスの誰にも負けない。
ぼくの言葉に、全員が黙り込む。気まずい雰囲気が教室を満たそうとしたところで。
「みんなーっ! グッドニュースよ! さっき電話があって、綿木先生が明日から来れるんですって!」
がらり! と教室の引き戸を開けた長井先生が、あわや顔をドアレールにぶつけそうになりながら、明るい声を張り上げる。
にょろっと長い首を短くし忘れて飛び込んでくるなんて、よほど早くぼく達に知らせようとしてくれたんだろう。
「……あら? どうしたの?」
教室の微妙な雰囲気に気づいたのか、ろくろ首の長井先生が、長い首をにょろんと動かす。
「さっき、職員室で綿木先生が休んでいる原因は、『魔女の一撃』だってジャネット先生が言ってるのを聞いて……」
ぼそぼそと星香が口を開く。ちなみにジャネット先生はアメリカ生まれのジャック・オー・ランタンだ。
「ねぇ、長井先生。綿木先生が休んだのは、魔女のエリィのせいじゃないの?」
珠希が長井先生に詰め寄る。
驚いたように目を見開いた長井先生が――、すぐに、ふふっと吹き出した。
「違うわよ。植市さんのせいなんかじゃないわ。綿木先生が休んでいるのは、ぎっくり腰のせいだもの」
ふふふ、と笑った長井先生が、とっておきの秘密を打ち明けるように告げる。
「あのね、ぎっくり腰は英語で『witch’s shot』つまり『魔女の一撃』とも言われるの。ジャネット先生が言ったのはそれね」
「なんだぁ! そうだったのか~!」
大輝が体に負けない大きな声を出す。ほっと息を吐きだしたその様子に、教室の雰囲気もとたんに緩む。
「ったく、星香ってば人騒がせだなぁ~」
ばさばさと傘を閉じたり開いたりしながら言ったのは一馬だ。
「だって、ジャネット先生がまぎらわしいことを言うから……。でも、ごめん……」
ぼそぼそと呟いた星香が、くるりとぼくに――いや、ぼくの後ろに立つエリィに向き直る。
「エリィもごめんね」
「私も……。ごめん」
頭を下げた星香に続いて、珠希も謝る。
「う、ううん……っ! 魔女なのに、『魔女の一撃』って言葉を知らなかったのは私もだから……っ」
ふるふると首を横に振ったエリィが、「そ、その……っ」と緊張をにじませながら口を開く。
「よ、よかったら、今度うちに遊びに来て……っ! もっとちゃんと、魔女のこと知ってほしいから……」
「いいの?」
「うんっ、行ってみたい!」
星香と珠希が興味津々な様子でうなずく。
「え~っ、女子だけずるいぞ! 俺も行ってみたい! 魔女の家って楽しそうだよなっ、大輝」
「おう。おれもよかったら……」
「うんっ! みんなで来てくれたら嬉しい!」
ようやく緊張を解いたエリィが、花が咲くような笑顔で大きくうなずく。
「ねえ、ぼくも行っていい?」
小さいころに魔女の出てくる絵本を読んでから、魔女ってどんなのか、ずっと気になってたんだよね。
こそっと尋ねたぼくに、エリィが嬉しそうに笑顔でうなずく。
「もちろん、河里くんにも来てほしい! それと……」
エリィが照れたようにはにかんだ。
「さっきは、かばってくれてありがとう」
ぼくにだけ聞こえる小さな声。けれど、それはぼくの心臓をどきんと跳ねさせるに十分だった。
「う、ううんっ! 星香が人騒がせなのはいつものことだからさ。それに、帰ってきたとき、クラスの雰囲気がぎすぎすしていたら、綿木先生だって哀しむだろうし……」
早口で言ったところで、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴る。
運動場に遊びに行っていたクラスメイト達がわらわらと教室に戻ってきて、長井先生が、
「はーい。五時間目を始めるわよ~」
とのんびりした声を上げる。
ぼくもあわてて窓際にある自分の席へと戻った。
「みんなにいいお知らせがあります! 綿木先生が明日から――」
さっき、一足早くぼく達に教えてくれたのと同じニュースに、教室がわっと湧く。
クラスメイト達の完成を聞きながら、けれどぼくは机に
綿木先生がお休みしている謎は解けた。
だけど……。
ぼくの頭に浮かんだのは、どうにも解けそうにない難問だった。
おわり
魔女の一撃 綾束 乙@迷子宮女&推し活聖女漫画連載中 @kinoto-ayatsuka
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