三丈 夕六

犯人はこの中に……

 ガチャリという音が鳴ってから数秒後、女性が入って来る。


 170センチはあろうかという細身の体に小さな顔、髪は背中まで届くほどのロングで、光が当たる度にテラテラと艶やかな輝きを見せる。さらに、タイトなニットセーターにデニム。そのスタイルを持ってして初めて似合うファッション。

 女性なら誰もが嫉妬するような姿。この部屋の家主、阪巻さかまきだ。


 そして、阪巻に続きもう1人、男性が入って来る。


 年齢は20代半ばだろうか? 身長は175センチほど。

 白いシャツにスラックスとフォーマルな服装でまとめてはいるが、クセの強いボサボサ頭が全てを台無しにしている。清潔感が有るのか無いのかよく分からない人物だ。


「どうぞ、犬山いぬやまさん」


 犬山と呼ばれた男は、頭をわしわしと掻きながら部屋を見渡した。


「このマンション。セキュリティは大丈夫なのか? 女性の1人暮らしには治安良くないだろこの辺りは」


「一応、オートロック物件ですし、大丈夫だと思います。この階の人達も女性ばかりですよ


 このマンションは繁華街に近く、確かに治安が悪い。しかし、それ以上に便利な立地なのだ。駅まで徒歩数分。さらに家賃が相場よりもかなり安い。


「ふぅん」


 自分から質問した割に犬山は興味無さそうに相槌を打ち、テーブル横のクッションへと腰掛けた。


 阪巻の部屋は8帖の1Kだ。淡いブルーの丸テーブルを中心に、北面に書籍などを置く棚類、南面にデスクとノートパソコン、東面の窓側にベッドというコーディネートだ。


 窓側にベッドとは、洗濯をする時に随分と不便に感じるが、そこは彼女の職業によるものだ。窓を映らないようにすることで、を防いでいるのだろう。


 姿を消していた阪巻がキッチンから戻って来る。手にはトレイを持っている。その上には趣味の良さそうなティーポットにカップが2つ。


 阪巻がカップに紅茶を注ぎ、犬山へと差し出す。


 犬山がカップに口をつける。思ったよりも熱かったようで一瞬顔をしかめた。


「それで? マキちゃんの相談事って?」


 犬山が随分馴れ馴れしい態度で話しかける。2人はどうやら以前からの知り合いのようだ。


「実は、その、私、動画を配信してるんです……。それで、三ヶ月くらい前から悪質なファンがついてしまって……」


 阪巻は今年から活動を始めた新米配信者だ。その内容は新商品の紹介、ゲーム実況、イラスト作成、雑談生配信と多岐に渡る。


 マスクで顔を隠しているが、その若さと美貌はマスク1枚程度で隠せるものではなく、あっという間に男性ファンを増やしていった。

 さらに、その見た目に反して突然とぼけた事を言う彼女のキャラクターが話題を呼び、人気が急上昇している。


「それで、あまりに粘着されているので身の危険を感じて……」


「どんな奴なの?」


 阪巻がデスクへ向かい、ノートパソコンを開く。動画投稿をしているにしては低スペックのノートパソコン。それが、彼女は初心者であると表しているようだ。


 動画を開き、コメント欄を開くと「kazuhiko56」のアカウントを指す。


「この人です。この人が気持ち悪いコメントを連投して来るんです」


「発言って言うのはどんなの?」


「その日の下着を言い当てたり、暴言も……」


 犬山が低くうなる。顎に右手を置き、なにがしかを考える仕草は妙に様になっていた。


「暴言の内容も教えて」


 阪巻が複数の動画のコメント欄を見返す。


 本来であれば、自分の気に食わないコメントに関しては、配信者側で削除するのがセオリーだ。しかし、彼女はそんなことをする様子はない。操作を分かっていないのか、それとも分かった上で敢えて残しているのか。いや、彼女の場合は後者ではないだろう。


「えっと、姿とか……ですかね」


「普段はどんな風に配信してるの?」


 犬山の質問に合わせて、阪巻がイスへ座り、ノートパソコン内蔵のカメラへと向き合う。


 犬山と何事かを話していると、無意識なのか、彼女はイスの上であぐらを組んでいた。阪巻のいつもの配信スタイルだ。


「ちょっと待って、いつもこんな感じに配信してる?」


「そうです」


 不思議そうに阪巻がうなづく。確かに犬山が驚くのも無理はない。配信者と視聴者は店主と客の関係だ。客の前で無作法をするなど、普通の感覚ならありえないだろう。


「なるほど」と呟くと、犬山が今度は阪巻をジロジロと見る。


「マキちゃんさ、彼氏いる?」


「い、いませんよ! 今は……」


 急な質問に阪巻が赤面した。その姿はとても愛らしく、いかにも男が好きそうなリアクションだ。


「今は? 最後に彼氏がいたのはいつ?」


「……1年前に別れました」


「そうか、なんかごめんな」


 そう言うと、犬山はもう一度部屋を見渡した。


「でも、犯人は分かったよ」


「本当ですか!?」


  数度質問した程度で犯人が分かったとは、この男は一体何者なのだろうか。素性不明の男に恐怖すら覚える。


 犬山は部屋を歩き回りながら話し出す。先ほどまでの覇気の無い目つきから鋭い視線へと変わっている。


「まず、犯人は女性だね。それも、君の同業者」


「なんで、そんなこと分かるんですか?」


「"kazuhiko56"なんて分かりやすい男の名前使ってる割にさ、発言が攻撃的すぎるんだよ。君に好かれたいとか、気を引きたいなんて意思が一切感じられない。それに、仮に男性ファンだとして、なんて言わないでしょ?」


 犬山が何かを探しながら話を続ける。ベッドの下やクローゼット内の物色を始める。


 阪巻が慌てて止めようとするが、犬山はそれを手で制す。人差し指を自分の唇へ当て、のジェスチャーをする。


「だとすると、アカウント名が、逆に身を隠す為に使ってると考えられる。分かりやすいのアカウント……だから犯人は女性。暴言は君のファン達へのネガティヴキャンペーンだね」


 推測をワザと聞かせているのだろうか。まるで挑発するように。


「わざわざそんなことするってことは、んだろうな」


 犬山が強調して言う。反論したい。弁解したい。しかし、こちらからはどうすることもできない。


 今日という日ほど、この行為が、状況が、もどかしく感じたことはない。


 犬山はペタペタと壁を触りながらさらに続ける。キッチン側の壁から触れては離し、耳をつけて何かを聞いているような素振りをする。


「それと、ここからが重要。kazuhiko56さんはなぜ姿こと……イスの上であぐらをかいていることが分かる? デスクの下はモニターからは分からんでしょ」


 犬山がゆっくりと移動していく。西から南へ、そして東へ。少しずつ、少しずつ視界の端へと移動していく。


「それに、カメラぐらい……ノートパソコン内蔵カメラだとなんで分かる? 画質の悪いカメラを使ってるなら、カメラぐらいって言うよね?」


 犬山の姿が消え、声だけが部屋に響く。鼓動が高まっていくのを感じる。吐き気がする。逃げ出したい。しかし、不思議と目を離すことができない。


「つまり……どういうことです?」


 阪巻はまだ分かっていないようだ。察しが悪いというか、天然というか、しかし男には愛される……。この女のこういうところが本当に腹が立つ。



「このカラーボックス、少しずらしてもいい?」


 そして、ついにその時は訪れた。



 ガタガタッという音と共に



 犬山が現れた。



「ほら、やっぱり覗いてた」



 犬山が笑う。



 周りを嗅ぎ回る犬みたいな男。



 気持ち悪い。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

三丈 夕六 @YUMITAKE

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ