竜の遺骨

KaoLi

竜の遺骨

 西国の果てにある島の竜が死んだという訃報が届いたのは、その竜が死んでから実に一週間後の話だった。


 *


 西国の竜は、近年の竜にしては大人しい性格をしていた。

 わたしが竜に会いに西国の島へ行くと、彼は決まって竜式の挨拶を交わしてくれた。わたしは西国の竜と友人関係にあったので、彼の訃報を知ってわたしは涙を止めることができなかった。


 わたしはその訃報を聞いてすぐに西国の竜に会いに行った。

 島の中心部に横たわる竜の表情が心なしか穏やかだったのがせめてもの救いだったと言える。

 わたしは竜に静かに歩み寄り、そしてそっと彼の亡骸に触れる。冷え切ってしまった彼のからだは、とても小さく感じた。


 竜はうさぎのように寂しがり屋であった。

 遊びに行く日を決め、帰る頃には寂しそうにしてわたしを見送っていた。

 伝説上の生き物と言われていた彼らだが、実際に会ってみれば犬のような存在であるとわたしは感じた。


 竜は心優しい竜であった。

 わたしが怪我をすればその部分を舐めて消毒してくれた。わたしが高い所に登りたいと我が儘を言えば鼻筋にわたしを乗せてその場所にそっと置いてくれた。夜寒いとき、彼は私の体を優しくその大きな翼で包み込み温かくしてくれた。


 竜は、優しかったのだ。


 *


 死因は老衰だった。

 眠るようにして死んでいったと聞いてわたしは少しだけ嬉しかった。

 密猟目的での殺害や、災害によるものでない、まっとうに生を過ごした彼をわたしは誇りに思う。


 最期に竜に会ったのは一ヶ月ほど前だった。


 彼は言葉を発しないが、その代わりに思考を直接脳内に伝達できる超音波を有していた。

 すでに竜は高齢であった。いつ死んでもおかしくないと悟っていた。


 ――死に方は決めています。


 彼は教えてくれた。

 自分がいかにして死にたいのかを。

 死期を悟った竜は遥か彼方、海の最果てを眺めながら呟く。


 ――もしも私が、あなたがまだ生きているうちに死んでしまったなら、あなたが私を葬ってください。

 ――そしてできることならば、私の遺骨を、あの海へ散骨してほしいのです。


 そうであった。

 わたしは彼の願いを叶えなければならない。

 そのためにわたしはこの島に来たのだ。


 わたしは思い立ち、竜の亡骸を早速燃やした。

 轟々と湧き上がる炎の中に眠る竜を、わたしはただただ眺めていた。

 竜を包むあの炎を怖ろしいと思う反面、煌々と輝く赤が美しいとさえ思った。


 炎が鎮火した。時刻は夕暮れ時となり、炎のように赤く染まった夕日が海の彼方へと沈んでいくのが見えた。

 まるで竜が海の中へと溶けていってしまうようで、わたしはまだ何も彼に伝えていないことを思い出した。

 遺骨となった彼を救い上げ、優しく砕いていく。ほろほろと簡単に崩れていく骨が、彼の優しさを表しているようで、わたしの瞳からもほろほろと水滴が頬を伝う。

 さすがに彼の遺骨すべてを散骨することはできないので、わたしが彼の躰の中で一番好きだった手を、彼の遺言通り海へ散骨しようと決めていた。


 *


 島の先端部にある砂浜は本当に星がよく見える。晴れた日の夜は特に綺麗に星空が輝くので、わたしはよく竜とともに星を見にこの砂浜に行ったものだ。


 けれど、それももうできない。できないのだ。


 わたしは自然と涙を流していた。そこに感情はあっただろうか。

 悲しい。寂しい。辛い。そんな負の感情がこの涙には含まれていただろうか。

 それは分からない。自分で分からないものをどう説明すればいいのだろう。

 彼なら、なんて聞いてくれただろう?


 日が完全に沈み、夜が来る。深い海の色をした空にわたしは少しだけ戸惑いを覚えたけれど、キラキラと輝く星々を認めると心の波は穏やかに落ち着いていった。


 てのひらに眠る竜を、わたしは愛おしく想う。


 こんな姿になってもわたしは彼のことをいていたのだ。


 姿や形は、そこにその存在を映し出すだけの情報であり、大切なのは関わってきたその時間なのだと彼はわたしに教えてくれた。

 竜との想い出を、ひとつひとつ時間をかけて昇華していく。どれもいい想い出だ。星空を眺めながらわたしは明け方まで彼と語らった。


 *


 そうして日が昇る頃、ゆらゆらと揺らめく朝日が彼の門出を祝福してくれているような気がして、沈んでいた心が晴れていくような気がした。

 いよいよ彼の遺骨を海へと散骨する。

 さらさらと指の隙間から零れ落ちていく遺骨。まるで彼の命が零れていくような気がして少しだけ怖ろしくなったわたしは、すべての遺骨を散骨することをしなかった。


 何を思ったのか、わたしは彼の遺骨を、飲み込んでいた。


 彼が、わたしの中に溶けていく。この感覚に溺れそうになる。海へ散骨された彼の手が海水に溶けていくのと同じように、わたしの胃液にも彼の手が溶けていくのを感じる。自然と心が温かくなっていくのを感じていた。


 朝日が昇る。

 彼はわたしの中に生き続ける。

 わたしは彼のために、この西、彼の御伽噺ものがたりを語り継いでいこう。

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