再会

 十年後――。

 アルバートは再び上野駅にいた。

 北海道新幹線の開通を控えたのを機に、寝台特急としての役目を終えたカシオペアは現在、ツアーの臨時列車として走行している。当時と変わらぬ姿のままで――。

 カシオペアの入線を見ようと、ホームには人だかりが出来ていた。


「相変わらずだな」


 と、心の中で呟くアルバート。

 駅から出てほど近い小ぢんまりとしたバーへ足を運んだ。

 ドアベルが高い音を奏でる。中から店員が出迎えた。


「いらっしゃいませ、何名様でしょうか」

「私を入れて三名だ。連れがすでに来ているかもしれないけどな」

「もしかして、アルバートさん?」


 アルバートは首肯した。


「ご無沙汰しています、香月さん。お誘いを受けていたにもかかわらず、こちらへお邪魔するのが遅くなり、申し訳ない」

「水越さんなら、もういらっしゃっています。カウンターの方へどうぞ」


 ここは、十年前の事件で出会った香月の店だった。彼に促されるまま奥へ進むと、見覚えのある二人の姿があった。


「ヒロキ。それに、お隣は奥方かな」

「ああ、嫁の遥だ。あの時の事件がご縁でさ。去年入籍したんだ」

「おめでとう」


 二人から笑みがこぼれる。金子――水越遥も弘貴の隣で微笑んでいた。


「今日はお任せということなので、こちらをどうぞ」


 香月はシェイクしたカクテルをグラスに注ぎ、アルバートの前に出した。


「オリンピック。カクテル言葉は、『待ち焦がれた再会』です。今のあなたたちにぴったりかと思いまして」

「オリンピックって、五輪のオリンピックと同じ名前のカクテルですか?」


 遥の問いに対し、アルバートが答える。


「確か、第二回のパリ・オリンピックを記念して作られたカクテルだったかな」

「何でオリンピックが記念になるんだ? 四年に一度だからか?」


 続く弘貴の疑問にも答える。


「元々、オリンピックの起源は古代ギリシャにある。当時、大神ゼウスを称えた平和の祭典――オリンピア大会が開催されていた。これまでの歴史をみれば分かるだろうが、とにかく戦争が多い。十九世紀末のフランスで、昔のオリンピア大会を見習って、スポーツによる平和の祭典を開催することが提唱された。古代はギリシャだけで行われていたものを、近代になって世界規模で行われたことに意義がある」

「さすがアルバートさん、よくご存じですね。第二回パリ・オリンピックは万国博覧会と同時開催されていて、五か月にも及んだんですよ」

「五か月も⁉」


 弘貴と遥の声が重なった。


「二年後にもパリでオリンピックが開催されるので、このカクテルが話題になるかもしれませんね。ちなみに、カクテルのレシピは時代とともに変化していくものなのですが、このオリンピックは昔から変わっていません。ブランデー、オレンジ・キュラソー、オレンジ・ジュースを同じ量だけ入れてシェイクしたら完成です。自宅でもぜひ試してみてくださいね」

「では、乾杯といこうか」


 アルバートの声に合わせ、弘貴と遥もグラスを持ち上げる。

 グラスの触れ合う高い音が店内をこだました。店内にかかるジャズの音色をさかなに、「再会」の味を楽しんだ二人だった。


(了)

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アルバート・マイヤーの回顧録 櫻井 理人 @Licht_S

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