集められた容疑者たち
刑事たちは夏木をはじめ、五人をダイニングカーに集めた。通報したアルバートと弘貴も同席を求められた。
集められた五人は互いに顔を見合わせ、
「なあ、俺たち疑われているのか?」
「犯人じゃありません」
などと口々に言う。
「うるせぇ! どいつもこいつも。部屋の床に書かれていたダイイングメッセージがさっぱり分からん。T、V、Zに、数字のような、みみずののたくったような変な記号……ありゃ、いったい何だ」
苛立つ刑事を尻目に、アルバートは顎に手を添え考えていた。
「ヒロキだったら、自分の名前を説明する時、相手に何と言う? 例えば、水越の『み』を説明する時――」
「えっ? 俺ならそうだな……みかんの『み』とか。そんなことを聞いてどうす……あっ! あの時……」
それを聞いていた女性の刑事が、
「水⁉ もしかしたらそのマーク、木星と土星かしら。水越さんの『水』と同じように、容疑者にはそれぞれ天体に関連する漢字が入っている。夏木さんは
「香月は『月』、金子は
夏木は瞠目し、反発する。
「そんな! 私じゃありません! アルファベットをどう説明するおつもりですか?」
黙り込む刑事たちをよそに、アルバートが話を続け、手帳に文字を書きだした。
「被害者はあの時、『マイクのM』と答えていた。わざわざアルファベットを使って。T、V、Zは、それと関係があるのかもしれない。マイクと聞いて、連想するものはこれしか浮かばないのだが……」
「フォネティックコード。無線通話などで使われている。
女性の刑事が慌てて隣の車両へ行き、しばらくしてから戻って来た。
「改めて見たけれど、数字にも似て見えるわ。あのマークが♃なら、『4』にも見えなくないもの」
「木星の惑星記号には、諸説あるが四という意味があるらしい。天動説だと、地球を入れずに惑星を太陽の近くから順に数えて、水星、金星、火星、木星で四番目になるからという理屈です」
「てことは、その理屈でいけば土星は五番目か」
弘貴の言葉にアルバートは首肯する。
「そう、四と五――これが仮に四文字目と五文字目を指しているのだとしたら、g・o・t・o・u。つまり――
皆の視線が後藤へと集まる。
「ちょっと待ってください。僕が何で店長を……ハンカチに書かれた文字だけで僕を犯人呼ばわりだなんて」
「ハンカチ、と言いましたね。私はさっき布と言ったはずですが。しかも、血文字が書かれたのはハンカチの上ではなく、床の上」
アルバートの言葉を聞いた後藤は目を見開いた。
「なぜ、落ちていたのがハンカチだと分かったのでしょうか。警察、通報したヒロキと私、第一発見者の夏木さん以外に知るはずのない情報だ。それ以外に分かる者がいるとすれば、間違いなく犯人です」
後藤は肩を震えさせ、怒りのこもった眼差しでアルバートを真正面から睨みつける。
「……証拠はあるのか?」
「発砲したのなら、手や服などについているはずです――硝煙が。仮に、その時に身に着けていた物を捨てたというなら、トンネル内を探せば出てくるに違いない。この短時間で自宅へ送ることは不可能ですし、まして、荷物の中に入れたままにしておけば、警察に調べられたら言い逃れは出来ませんからね」
刑事は「なるほど」と、合点がいったように頷いた。
「宝石店でもしやとは思ったが、真壁は七年前に起きた詐欺事件の主犯か」
「……ああ、そうさ。アイツは、姉が大事にしていたブルー・ダイヤを安く買い叩いたんだ。生活に困窮した姉がしぶしぶ質に入れようとしたところを、真壁の野郎が言葉巧みにだまして……最低な野郎だ!」
後藤は懐から拳銃を取り出した。
しばらく黙り込んでいた天池が口を開く。
「……早まるな、後藤。やったのは、俺だ」
「……先輩が?」
後藤は瞠目した。
「店長――真壁の命令でやった。主犯は確かにあの男だ。だが、実際に手ぇ染めたのは、この俺なんだよ。だから、お前が恨むべき相手は他でもない……俺だ」
後藤は天池の方へゆっくりと銃口を向ける。
だが、その手は震えていた。
その間に自室から竹刀を取ってきた金子が天池の前に立ち、竹刀を構えた。
「これ以上、この列車の中で騒ぎを起こさないでください。他のお客さんにとっても迷惑です」
「迷惑だと? 俺の気持ちも知らないで!」
後藤が金子の動きに気を取られている間に、弘貴が後藤との距離を詰め、一気に懐に入る。
そして――。
バタン!
息をつく間もなく、床に叩きつけるような大きな音が響き渡る。弘貴が後藤を背負い投げしたのだ。床に倒れた後藤は動揺を隠しきれないでいた。呆然と天井を見上げ、無言となる。
弘貴が得意げに笑みを浮かべる。
「これでも一応、柔道の大会で優勝しているからな、俺」
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