移動中は会話に詰まる

「お、お待たせシンちゃん。ごめんね遅くなって」

「いや。俺も今来たところ……。は一緒に住んでるからバレるか。楽しみだから早く来ちゃっただけだから大丈夫」

「ほ、本当は私も早く出ようと思ったんだけど……。ふ、服を何着ようか決まらなくて……」


 スマホで色んなサイトを参考にしていると、俺が待っている場所に、雫が早歩きに寄ってきた。

 雫のイメージに合った落ち着いたデザインの服で、雫の元々の可愛さに相まって、大天使どころか神にすら見えてきた。普段は制服か、普段着のラフな格好しか見たことが無かったから、こういうの、新鮮でいいな……。


「ど、どうかな……?」

「超かわいい。似合ってるよ。もし俺が誘拐犯だったらお持ち帰りしちゃうくらい」

「ふふっ。う、嬉しい……」

「じゃ、行こうか。スイカ持ってる?」

「は、はい。あります。チャージも……してきました」


 改札を通って、水族館に向かうための駅のホームに向かう。この駅から水族館近くの駅までかなり時間あるな……。電車の中で話題って続くのか?

 初めてのこと過ぎて、どんどん頭の中に不安が生まれてきた。


「今日寒いな……。雫、何か飲むか?」

「え、わ、私は別にいいよ……」

「いいから。何もないんなら水にするぞ」

「じゃ。じゃあミルクティーで」

「あいよ」


 自販機にお金を入れて、あたたか~いミルクティーを買って、雫に渡した。


「あ、ありがとうございます……暖かい」

「今日は一日晴れの予報だったけど……。まだ外は寒いんだな」


 雫はベンチに座って、ミルクティーをゆっくりと飲んでいた。一人分空間を開けて隣に座った。こんな美少女の真横に座れるような度胸は、今の俺にはない。いや、そんな俺は昔も未来も存在しない。


「電車が来るまであと五分くらいか……」


 それにしても、会話が続かない……。

 俺は雫と二人きりで話したことなんてないし、こういう時にどういう話題を出せばいいのか分からない。こんなことなら話題の出し方とかも見ておけばよかった。

 雫もあんまり自分から喋らないから、お互い話題を出せずに無言の空間が進んでいた。


 これ、電車の中でも話さずに終わるのか……。


「な、なあ雫。なんで急に俺と一緒に出掛けようと思ったんだ?」


 なんとかなんとか話題をみつけようとして、やっと見つかったのがこれだった。ちょっと気になってた。昨日の今日で急だったし。


「そ、それは……。し、シンちゃん昨日お姉ちゃんと一緒にね、寝てたでしょ……。だから」

「だから?」

「そ、その……。お姉ちゃんばかりずるいから……」

「なるほど……」


 やばい。全く分からない。これ、俺がおかしいのか?いや、多分ここは上手く察する場面なんだな。今の俺にそんな察せられるような実力はないから無理だが。


「昨日は悪かったな。雫が買い物に行ってる間に、二人で寝てて。その上夕飯まで作ってくれて」

「い、いいんです……。さ、最初二人が寝ているのを見た時は、お、驚きましたけど……」

「雫も今度一緒に寝るか?」

「わ、私は……。遠慮します。が、我慢できなさそうなので……」

「冗談だよ冗談。俺がそんなことしたら幸子さんに何言われるか……」

「ま、ママは何も言わないと思うけど……」


 俺たちが会話したのはそれだけで、その後電車が来るまで、またお互い何も喋らない空間が続いた。

 こりゃ電車の中でも沈黙が続きそうだ……。


「来たぞ。見た感じ人はいるけど座れそうだな……」


 アナウンスが鳴った後に、電車がホームに入ってきた。

 休日だからか、この中途半端な時間にもある程度乗っている人がいた。二席並んで座れそうだが、念の為にも結構空いてる場所を選んでおくか。


「足元に気を付けて乗れよ。ここは電車とホームの隙間が大きいから」


 たまにニュースで見るような隙間に落ちる人って、実際にいるんだろうか。あたいうニュースを見てると、この電車に乗る瞬間。何度乗っても怖くなるんだよな。


「あそこにするか。隅の方だし、結構空いてる」

「わ、わかりました。確か、ここから水族館までは時間がかかりますよね」

「ああ。結構な時間がかかるから、ゆっくりできるような席の方がいいよな」


 二人で隣同士に座ると、すぐに電車が発車した。

 何か話題は無いか……。でも、あんまり雫の趣味とか知らないんだよな……。和葉は自分のことをどんどん話してくるから自然と情報が入ってくるけど、雫は誰かの話にリアクションから入るタイプだし、あんまり自分のことは話してくれない。


「どうして水族館に行きたいんだ?」

「そ、それは……。行ってみたかったんです」

「ん?でもあそこ、何度か行ったことあるんじゃないか?家族とかでさ」

「で、でも……。ふ、二人で来たかったんです……。し、シンちゃんと」

「そ、そうなのか……」


 ど、どう反応したらいいんだ……。お、俺と二人で来たかった?雫が……。そ、それって兄としてか?それとも一人の男としてなのか……。後者の方が個人的には嬉しいんだが、普段からあんまり自己主張をしない雫から、どっちなのか計るのは難しい。


「雫と二人きりで出かけられるなんて、夢みたいだよ。それも雫の方から誘ってくれるなんて」

「ど、どうして……?も、もしかして嫌だった?」

「いや。嬉しかったよ。ただ、正直めっちゃ緊張してる。女子と二人きりで出かけるなんて初めてだし、それが雫でよかったよ」


 和葉と雫と三人ならあるが、二人でどこかへ出かけるってのはやったことがない。

 その後。なんとか俺は水族館のことで話題を繋げて、電車から降りるまでたどたどしいながらも会話しながら電車の中での時間を終えられた。


「あ~。ずっと座ってたから腰が痛い……。雫は大丈夫か?」

「わ、私も座ってるだけだったのでちょっと疲れちゃいました」

「どうする?すぐに水族館に行くか?どこかでちょっと休んでいってもいいけど」

「わ、私はそのまま水族館に行きたいです。ゆっくりと館内を回りたいので」


 俺たちは水族館に行くために、専用バスのあるターミナルに向かった。こういう大型施設は、専用バスで楽に行けるから助かる。


「次のバスまで十分くらいか。近くにベンチも無いし、ちょっとトイレ行ってくるわ」

「わ、わかりました。私はここで待ってますね」

「すぐ戻るから」


 急いで駅にあるトイレに用を足しに行く。

 手を洗って、乾かしてからついでにとスマホを見ると、結構な数の連絡が入っていた。


「全部和葉からか……。過保護だな」


 内容を見ると、俺と雫が無事かどうかのメッセージだった。

 別にただ電車に乗っただけなのに……。それだけ心配なのか。もう少し俺のことを信頼してくれてもいいんだがな。


『俺たちは大丈夫。今駅に着いたところ』


 それだけ送って、トイレから出た。


「お待たせー」

「お、おかえりなさい」

「すまないな待たせて。いない間。何もなかったか?」

「し、心配しすぎだよ……」


 俺が雫の前に行くと、すぐにバスが来た。丁度いいタイミングだったな。もうちょっとスマホ触ってたら、逃すところだった。


「やっと着いたな……。とりあえず入るか」


 二人分の入館料を支払って水族館の中に入ると、雫は俺の真横。肩と肩が触れあう程の距離について来た。


「どこか行きたいところはあるか?」

「ぜ、全部回りたいです……。じ、時間はあるので」


 恥ずかしながら全部って言う雫……。かわいいな。確かに時間はあるし、全部回ろうとしても、ちゃんと全部見れるだろう。


「わかった。足が疲れたら言えよ?その靴、多分まだ数回しか使ってないようなやつだろ?」


 雫は落ち着いた色のローファーを履いていた。うちの高校も登下校はローファーだが、それとはまた違うものを履いていた。

 雫がローファーを学校以外で履いているところなんて見たことないし、確か昨日玄関に、靴の箱が置いてあった気がする。あれがこれなのかもしれない。


「あ、ありがとうございます……。ま、まずはどこから行きますか?」

「そうだな。外から回って行こうか。ペンギン好きだから早く見たいんだ」

「ぺ、ペンギン。わ、私も好き……」


 水陸両用の生物たちが見れる方から。ぐるっと一周水族館を回ることにした。

 ペンギンを見ることだけは誰にも譲れない。なんなら水族館はペンギンのためにあるようなもんだ。それは言い過ぎだが。



「ペンギン。多いな……」


 そして俺たちは、ペンギンの前でかれこれ十分以上足が止まっていた。

 仕方ない。ペンギンが陸に出ていて、俺たちのことをじっと見ているから離れるわけにはいかない。ここで目を離すことは負けに繋がる。


「そ、そろそろ次のところ行く?」

「ああ。悪いな。時間使っちゃって」

「う、ううん……。可愛かったから……。どっちも」

「ん。なんだって?」


「イルカショーか。定番だな」

「は、はい……。あ、あと五分で始まりますよ」

「見ていくか。席はどうする?」

「ぬ、濡れたくないので……。後ろの方で」

「わかった。一番後ろはちょっと迫力に欠けるから、真ん中よりもちょっと後ろぐらいに座るか」


 イルカショーの舞台に行くと、丁度始まる前で、休日のお昼だけあって、もう席は七割方埋まっていた。

 まあ、ほとんどが前の方の席から埋まっていたから、ある程度席は選べる。二人で並んで座ると、丁度舞台に女の人がイルカと一緒に入ってきた。


「凄かったな……」

「は、はい……。可愛いのに、あんなに言われたとおりの動きをしてて……」


 イルカショーを見終わると、丁度水族館の半分を見終わったくらいまで来ていた。

 最初のペンギンで結構時間使ったけど、それ以外は結構早く進んでる。もうちょっとゆっくり進んでもいいかもしれない。


「悪い。ちょっとトイレに行ってくる」

「わ、私も行きます……」


 トイレに入ってスマホを確認すると、今度は何も連絡が来ていなかった。さっきあんなに送って来てたんだから、てっきり何か送ってくるかと思ったが。


「……まあいいか」


 普通に用を足して、トイレから出ると、雫は一人でガラスの壁越しに鮮やかな色の魚たちを眺めていた。

 可愛いな……。静かに魚を眺める雫の顔。もはや芸術だろ。ずっと見てられる。


「……でも、義妹なんだよな……」


 雫は妹。妹じゃなければ勢いで告白したりしていたかもしれない。いや。そんなのは俺の度胸じゃ無理だな。

 だが、妹じゃなければ……。いや。やめよう。父さんが再婚して、二人が義妹になった時に、そういうことは考えないようにしようって決めたんだ。


「ん。誰だあれ?」


 俺がトイレから出たところで雫のことを眺めていると、雫の方に寄ってくる人がいた。

 褐色、茶髪、ピアス……。典型的だな。典型的すぎて逆に怪しいな。ナンパか?だとしたら……。


 雫を眺めるのをやめて、急いで雫の方に走った。

 えっとこういう時は……。慣れないことは、やりたくないんだけど。仕方ない。カッコ悪いところは、見せられないからな。


「ねえねえお嬢ちゃん。今一人?一緒に遊ばない?ここら辺に美味しいピスタチオ屋があるんだけど」

「い、いえ……。し、兄と来てます……」

「えー。お兄さんとならさ、別にいいじゃん一緒にピスタチオ食べようよ」

「おい」


 なんとか間に合った……のか?

 男の左手首を掴んで、俺の方に引っ張る。これ以上雫に近づかせるわけにはいかない。天使が汚されてはこの世界の失態だ。


「あ、誰だお前?」

「そこにいる天使の、お兄ちゃんだ」

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幼馴染が義妹になった。しかも二人も 日本海のアジ @ajiyagi

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