朝のひととき

「今日はぐっすり眠れたな」


 朝。休日は普段十二時以降に起きてるのに、今日は平日と同じ時間。六時にはしっかりと目が覚めた。しかも目覚めも良くて、なんだかいつもの俺じゃないみたいだった。


「まあ。楽しみだからな……」


 雫と一緒に水族館。楽しみすぎる。雫とならどこでも楽しいんだけど、水族館なんて、ロマンチックだよな。まるでデートみたいだよな。家族だからただのお出かけなんだが。


「おはよう和葉。あれ、雫は?」


 とりあえず朝飯でも食べようかと思ってリビングに向かうと、和葉がソファーで眠そうにニュースを見ていた。


「雫ならまだ起きてきてないよ。いや、起きてるとは思うんだけど……。部屋からは出てきてない]

「そっか。和葉は今日、ほんとに留守番してるのか?」

「うーん……。私は私でちょっとお出かけしようかな。一人部屋になったから、色々と買いたいものが増えたからね」

「これまで二人で一部屋だったもんな。そうか。じゃあお土産買ってくるから、楽しみにしとけよ」

「うん……」


 暇だな……。休日はいつも昼に起きてる分、こうやって早起きすると朝何をすればいいのか分からない。

 とりあえず、朝飯でも作るか。確か冷蔵庫には卵とベーコンがあったはず。どう暇なんだし、朝飯くらい作ろう。


「あれ、オニちゃん何してるの?」

「朝飯作ろうと思ってな。ご飯は昨日のが残ってるから、あと味噌汁と目玉焼きを作ろうと思ってるんだけど」

「え、お、オニちゃんが料理!?できるの?」

「父さんは仕事が遅いときもあったから、そう言う時は自分で作ってたんだよ。それなりにはできると思うけど」

「でも、朝はいっつもパンとかじゃん」

「朝は面倒だからな。朝飯作るための時間があるんならその分寝る」


 有名な料理は大体作れる。郷土料理とか、あんまり知名度が無かったり、そこまで美味しくない料理は作れないけど。


「で、でも料理なんて危ないよ。包丁で指切ったり、お鍋触って火傷したりしたら大変だよ!」

「大丈夫だよ。そんなこと言ったら、和葉だって料理できないぞ」

「えー。でも……」

「じゃあ、一緒に作るか?」


 どうしてこんなに心配されるんだろうか。そんなに危なっかしく見えるかな。別に料理で指を切ったりはしたことないけど。


「オニちゃんと一緒に料理……する!」

「よし。じゃあ野菜を切ってもらえるか?」


 味噌汁は家によってかなり作り方が違うと思うけど、うちの味噌汁はかなり野菜を入れる。どっちかというと豚汁っぽい感じになってる。


 和葉と料理を一緒にしたのは初めてだったけど、和葉は料理がかなり上手かった。というか、スピードが速かった。てきぱきと進めて行って、普段俺が切ったりするスピードの倍くらいのスピードで切っていた。完全に俺よりも和葉の方が多くの仕事をしている。俺が一工程する時間で二工程済ませるからだ。


「凄い……。料理上手いな」

「えっへん!私も普段から料理してたからね。将来のために」

「将来のため?やっぱり将来の夢は専業主婦だったりするのか?」


 料理をしながら、ひと段落着いたから話をする余裕ができてきた。それにしてもめっちゃ早く進んだな……。しかも普段俺が作るより何倍も美味しそうに見える。


「ま、まあ。別に共働きでもいいと思うけど、オニちゃんはどう思う?」


 そう言いながら、俺のことをちらっと見てきた。うーん。これは俺がどう思うかってことでいいんだよな?そんな話題全く聞かないからどう答えればいいか分からないが。


「俺は専業主婦派かな。仕事終わって家に帰ってきたら、笑顔で迎えて欲しいし」


 うわ。自分で言ってて恥ずかしいな。最近は共働きも主流とか聞いたし、古い考えとか思われたらどうしよう。


「そ、そう。わかった。任せて!」

「何を任せるんだ……」


 そう言って和葉は張りきった様子でさっきのスピードよりも速いスピードで進めて行った。

 これはもうついて行けないな……。大人しくしておくか。俺が手を出したら逆におかしなことになりそうだこりゃ。


「っ!……たぁ……」

「大丈夫か!?指切ったのか?」

「うーん……ちょっと指先をやっちゃった……」


 左の手のひらで豆腐を切っていて、和葉はちょっと指を動かしたせいで指先を切ったようで血が垂れていた。

 急いでやるから……。早く絆創膏持ってこないと。


「ちょっと待ってろ!」


 すぐにリビングに戻って、棚から救急箱を出して、絆創膏を出してすぐに戻る。


「大丈夫か?貼るからじっとしてろ……」


 和葉の手を引いて、指に痛みが走らないように慎重に絆創膏を貼る。こういうの不器用だからあんまりやりたくないんだけど……。


「ありがとうオニちゃん。ごめんね……」

「いいんだよ。むしろ手伝ってくれてありがとう。こっからは俺がやるから、ソファーで休んでてくれ。もし痛んだりしたら今日一日ゆっくり休んでてくれ」

「ごめん……」


 しょんぼりとしながらも、絆創膏を付けながらの料理はできないからとソファーに座った。手伝わせて悪かったな……。本当は一人でやるつもりだったのに。余計な手間をかけさせて怪我させて。


「でも、ほとんどやってくれたんだよな……」


 和葉がかなり頑張ってくれたおかげで、もう味噌汁はあと煮込むだけだし、目玉焼きだって食べる前にちゃちゃっと焼ける。俺が作るって言ったのに、俺がやったことはそんなになかった。


「……よし。できた」


 味噌汁もできたし、雫を呼びに行ってみるか。


「おーい雫。起きてるか?」


 雫の部屋の扉をノックして、返事を待つ。扉の向こうからはバタバタと音が聞こえて来て、数十秒後に扉が開いた。


「し、シンちゃんおはよう。ど、どうしたのこんなに朝早くに」


 中からパジャマ姿の雫が出てきた。珍しいな。てっきり雫のことだからもう着替えたりしてるのかと思った。


「楽しみで早く起きちゃったんだよ。朝飯作ったから食べるか?」

「え、し、シンちゃんが作ったの?」

「ああ。和葉にも手伝ってもらったけどな。食べるか?」

「う、うん!すぐ行くね」


 そう言って雫は一度扉を閉めて、普段着っぽいラフな格好に着替えて出てきた。


「お、お姉ちゃんはどうしてるの?」

「包丁で指切っちゃってな……。今はリビングで休んでもらってる」

「え、だ、大丈夫なの……?」

「先っちょ切っちゃったくらいだから大丈夫だよ」


 昨日は二人で何か話し合いのようなことをして、その結果和葉は大人しくなったし、雫はいつもよりも喋ってた。

 今はいつも通りに戻ってるけど……。昨日のあれは何だったんだろう。まあ、聞くのは怖いから聞けないけど。


 ◇◇◇前日◇◇◇



「お姉ちゃん。どういうことなの?返事によっては……」

「ご、ごめんね雫。わざとじゃないの」


 私は自分の部屋にお姉ちゃんを無理やり連れて来て、扉の鍵を閉める。お姉ちゃんと抜け駆け禁止って約束したのに、その次の日にお姉ちゃんが破った。

 しかも一緒に寝るなんて……。そんな羨ましいこと、許せるわけがない。それに、私が見に行った時、お、お姉ちゃんはシンちゃんの腕を枕にして……。あんなのまるで、恋人みたいで……。


「でも、自分からシンちゃんの部屋に入ったんでしょ?」

「そ、それはそうだけど……」

「しかもシャワーまで浴びて。もしも間違いが起こった時に備えてる」

「だ、だって一緒に寝るんだから、汚いとか思われたら嫌じゃん」

「腕枕までしちゃって……」

「だ、だってそこにオニちゃんの腕があったから……」

「許さない」


 お姉ちゃんでも、私からシンちゃんを奪うなんて許さない。いや、お姉ちゃんだからただ怒るだけで済んでると思う。

 もしもこれが他の女だったら……。私はその人を殺していたかもしれない。


「ご、ごめんね。何でも言うこと聞くから、許して」

「何でも……?」

「う、うん……。それで雫が許してくれるなら」


 何でも……。そうだ。この機会に、お姉ちゃんにも同じ目に合ってもらおう。そうしないと不公平だからね。


「じゃあ、明日一日。シンちゃんを私に頂戴」

「あ、明日一日!?」

「うん。明日一日シンちゃんと出かける。その間お姉ちゃんんは追いかけてきたりしないで」


 一回は一回。お姉ちゃんが二人で寝たんなら、私はシンちゃんと二人でお出かけして、距離を縮める。それにお姉ちゃんがいないなら、シンちゃんに何をしたって文句を言う人はいない。


「わかった……。それで許してくれるなら」

「じゃあシンちゃんには不自然に思われないよう、よろしくね?」


 私のこの態度に、お姉ちゃんは怖がっていた。というよりかは引いていた。だって普段はおどおどしてるまともに会話できないコミュ障な私なのに、こんな風に喋れるなんてって。

 まあ、こういう風になれるのはシンちゃんが関わっているときだけなんだけど。


 ◇◇◇


「お、お姉ちゃんおはよう。指……だ、大丈夫?」

「おはよう。大丈夫大丈夫。別に触らなければ痛くないし、ちょっと水がしみるくらい」


 リビングに戻ると、ソファーの上で和葉が右手でスマホをいじっていた。左手で操作しにくい分。ちょっとだけ操作しずらそうだった。


「そっか。よかった。でも今日一日はのんびりしててくれよ。あんまり水も使わないように」

「うん。オニちゃんたちは楽しんできてね」

「ああ」


 二人にリビングで待っているよう言って、キッチンに向かった。


「お姉ちゃん。一緒にご飯作るなんて。また抜け駆け?」

「ご、ごめんね雫。でも、オニちゃんに任せるのはダメだと思って……」

「まあ、指も怪我しちゃってるし、今回は許してあげる。シンちゃんのご飯食べたいし。その点はグッジョブ」


 リビングの方からは、何を言ってるかは聞こえないが、仲良さそうに話している声が聞こえてきた。

 昨日は何かあったが、それでも双子だし、仲いいんだよな……。いっつも一緒にいるし。


「うわ。卵の期限今日までじゃん。全部目玉焼きにするか……」


 余っていた卵六個とベーコンを出して、ささっと作り始めた。

 ちなみに和葉がほとんどやってくれた味噌汁は俺一人で作るよりも倍くらい美味しかった。二人もめっちゃ満足そうだったし。



「まだ時間あるけどもう行くか」


 集合時間の一時間半前。もう準備もできているしやることも無いからと、着替えて家を出ることにした。

 家から駅までは徒歩三十分。今から行っても集合まで一時間あるけど、集合場所で相手を待つっていうのも、それっぽくていいだろう。わざわざ現地集合にするくらいだし。


「それじゃあ和葉。俺はもう行ってくる」

「早いね。まだ雫は部屋だよ」

「今日はずっと部屋にいるけど……。何してるんだろうな」

「色々してるの。そーゆーこと聞くのはデリカシーないよ」

「そ、そうなのか……?」


 よく分からないが、女子には色々あるんだろう。男には分からないが。女性の支度は時間がかかるっていうのは、昔から言われてるし。


「お土産、期待してるねー」

「おう。それじゃ」


 一人で家から出て、駅に向かった。


 駅に着くと、当たり前だがまだ雫はいなかった。

 だが休日の駅だけあって、人通りはかなり多かった。駅にある売店で暖かい飲み物を買って、改札前の広場の柱に寄りかかって待つことにした。

 なんかちょっと恥ずかしいな。周りにいるのは家族、友達同士、カップルだったりで、一人ぼっちの俺はちょっと居づらくなってきた。

 まあ、待ち合わせなんてそんなもんか。


「こういう時、スマホとかいじって暇つぶししてていいのか……?」


 誰かと待ち合わせして出かけるなんて初めてで、こういう時何をすればいいのか何もわからない。

 周りを見ると、結構スマホ触ったり、写真撮ったりしてる人が多いけど……。


「雫。魚好きなのかな……」


 そういえば昨日調べたデートのハウトゥーに、男がリードするとか書いてあったな。

 水族館に何があるかとか、見所や近くにある美味しいご飯を食べれるところとか、ある程度調べないとな。

 って、これ本当は昨日の内にしっかりと調べておくべきことだたんじゃないか?


「水族館行った後に魚は……食べたくないよな」


 水族館の近くは、海も近いせいか寿司や海鮮丼系の、魚物が多かった。でも水族館で魚を見た後じゃ……。抵抗ある。というか俺は食べたくない。

 こういう時っておしゃれなところか、それとも変に緊張せずに話ができるファミレスとかと、どっちがいいんだ……。


「……雫とはあんまり話せないから、この機に……」


 そう思って、雫が来るまでの時間は、全て今日の水族館デートに向けて予習に励むことにした。




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