定番しかしない
「もう!オニちゃん授業中寝てたでしょ。ダメだよ授業中に寝ちゃ」
五時間目が終わって休み時間。授業終了五分前に先生に机を蹴られて目覚めた俺は、残り五分。鬼のようなスピードで板書を移した。
最期の方はうねうねとした文字になってしまい、後から読み返せるようなものじゃないが。そんなことはどうでもいい。写したという事実。それだけあれば十分だ。
「いいだろ別に……。和葉だってウトウトしてたじゃないか」
「なっ!……見てたの?」
「ああ。前半からウトウトし始めるのはどうかと思うぞ」
「い、良いでしょ別に」
授業中に、授業をまともに受けるのが面倒でチラチラと和葉の横顔を見ていると、授業をまともに受けているようで先生が黒板を向いているときにウトウトとしたり、目を瞑ったりしていた。寝てはいないと思うが、あれはちょくちょく意識飛んでただろうな。
「で、でも私は寝てないよ。どうせオニちゃん板書移しきれてないでしょ」
「う、写したよ。急いでたから字汚いけど」
「ほんとかなぁ」
和葉は俺の机に出しっぱなしのノートを勝手にとって、ペラペラとめくり、最新のページを見た。
すると眉をひそめながらノートを閉じて机に戻した。
「何これ異世界語?」
「失礼だな。わかったよ。わかりました。帰ったらノート写させてください」
「よろしい」
面倒だな……。というかまだ眠い。こりゃ六時間目の分も世話になりそうだ。ジュースでもあげれば許してくれるかな。いっそのこと六時間目は一切板書せずに帰ってからやるか。
「あー。眠い。じゃあ和葉。俺はまた寝るから後よろしくな」
「別に休み時間だから寝てもいいけど……。もう」
その後俺が起きたのは、授業開始数十秒前、先生が入って来て気づいた。前の時間の教科書とノートを急いで片づけて次の教科書とノートを出そうとしたが、間に合わなくて怒られてしまった。
「何とか起きてられた。もう無理。早く帰って寝たい」
六時間目。何とか寝ないようにと頬をつねりながら授業を受け、なんとか意識を保ったまま授業を終了できた。いや、意識はなかったかもしれない。ちなみに寝ていないだけで教科書は開けなかったし、ノートも一文字も書いていない。後ろの席だからバレなかった。
「オニちゃん何とか寝てなかったね。授業は完全に聞いてなかったぽいけど」
「ああ。何にも頭に入ってない」
「もう……。テストも近いんだから、ちゃんとしてよ」
テストか……。まだあと三週間くらいあるし、大丈夫だろ。毎回三日前くらいから詰め込んでるし。
「はー。早く寝たい。帰ったらすぐ寝るか」
「ダメだよ。帰ったらノート写さないと」
「えー。いいだろ寝た後でも。何なら和葉も一緒に寝るか?」
「え、そ、そんな……。一緒に寝るなんて、まだそれは早いよオニちゃん!まあ、どうしてもって言うんならいいけど……」
「冗談だよ。今の俺たちは一応兄妹なんだから。そんなことしたら、幸子さんに怒られかねない」
「そ、そうだよっ!私は妹なんだから、お兄ちゃんには甘えないとね」
「は、はあ……?」
ん?聞いてなさそうだな。完全に自分の世界にトリップしてる。しばらく戻ってこなさそうだ。
まあいい。何としても俺は帰ってすぐに寝る。
明日明後日は休みだ。帰ってすぐ寝て、そのまま十数時間寝ても大丈夫。ノートだって月曜日までに何とかすればいいよな。うん。
「早く帰るか。和葉、俺はまっすぐ帰るけどどうする?」
「わ、私も一緒に帰るよ。早く寝たいからね!」
「なんだ。和葉も寝るのか。じゃあノートは後でもいいな」
「う、うん……」
何故か和葉の顔は真っ赤だった。熱はなさそうだし、何かあったのか。
「雫のところ行くか」
「うん。そうだね」
雫にもまっすぐ帰るのか聞きに三組に向かった。勝手にそのまま帰ると、後から色々言われる。昔、二人に何も言わずに先に帰ったら、一時間くらい拘束された。あれは面倒だった。あんなことにはもうなりたくない。
「雫ー」
「は、はい。どうしました。シンちゃん」
「俺たちはそのまままっすぐ帰るんだけど、雫はどうするかと思って」
教室の外から雫を呼ぶと、すぐにこっちに来た。これ、毎回教室中から視線が俺の方に向いてくるから、恥ずかしいな……。和葉が呼んでくれてもいいんだけど、二人が一緒に居ると必ず誰か知らない男子が話しかけて来て大変なことになる。俺がいると話しかけにくいのか誰も寄ってこない。
俺が嫌われてるわけじゃないはずだ。うん。
「わ、私は夕飯の買い物をするから、先に二人で帰ってて」
「そうか。一人で大丈夫か?荷物持ちくらいにならなるけど」
「だ、大丈夫だよ。い、一緒に行ったら、夕飯の内容。バレちゃうし」
「お、おう……」
恥ずかしそうにそう言う雫。かわいいな。これは今日の夕飯が楽しみだ。
というか、夕飯作ってくれるのか。お弁当に夕飯に、二人には申し訳ない。何か手伝えることはないのかな。流石に勝手に洗濯とかしたら殺されそうだし。
「じゃあ雫。私たちは帰るね」
「あ、と、途中まではついて行くよ……。す、スーパー帰る途中にあるから」
家に帰る途中で雫とスーパーで別れて、二人で家に帰ってきた。いつもは何とも感じないのに、今日はただ帰るだけの道がかなりきつかった。一週間の疲れ溜まってるな。今週は色々あったし。
「じゃ、俺は寝るから」
外を歩いている途中。何度も眠りかけた。というかふらふらしすぎて、何度か車道に出そうになった。その度に自分で戻るか、和葉に手を引っ張られて戻ったが。
「わ、私も……。後で行くね?」
「え?」
そう言って足早に洗面所に入って行った。
一体どうしたんだ。まあいいか。もう耐えられない。俺は夢の世界に行くとしよう。
部屋に入ってベットにダイブすると、そのまま俺の意識は消えて行った。
◇◇◇◇◇◇
「失礼しまーす」
オニちゃんの部屋の扉を、音を立てないようにゆっくりと開けて、中に入ると、もうオニちゃんは小さく寝息を立ててベットの上に丸まってた。
「そ、それじゃあ、おじゃましまーす」
しっかりと体を確認してから、オニちゃんのベットの上に失礼する。オニちゃんの寝顔。かわいいなぁ……。ずーっと眺めていたくなっちゃう。
「ちゃんとシャワー浴びてきたし、下着も勝負下着。よし!」
オニちゃんを起こさないように、ゆっくりとオニちゃんの横に寝ると、丁度オニちゃんが寝返りをうって頭の下にオニちゃんの右腕が来た。これ……。まるでおいで言わんばかりの偶然。これは行くしかないよね。
こ、これが……。腕枕。うへへ……。こういうの、憧れてたんだよね。
目を閉じると、その分他の情報が耳や鼻に入ってきた。
オニちゃんの匂い……。腕のやわらかい感覚。小さいけどしっかりと聞こえてくる寝息。心臓はドキドキと、うるさいくらいに鳴っているけど、自然と思考は冷静になれた。
「オニちゃん……。大好き」
オニちゃんの耳にハッキリと聞こえる声で、そう囁くと、オニちゃんは少し頬を緩めて、私に向くように寝返りをうった。
起きて……。ないよね。もし起きてたら、恥ずかしくてもうオニちゃんと話せなくなっちゃう。
「なんだか私も……。眠く……」
もっとオニちゃんを堪能したかったのに、自然と私の意識は、ゆっくりと夢の世界に落ちていった。
◇◇◇◇◇◇
「ふぁ……。あぁ……結構寝たな。もう陽が落ちてる」
ゆっくりと目を覚ますと、寝る前には窓から部屋に差し込んでいた光が、もう真っ暗になっていた。だいぶ寝ていたんだろう。はっきりと何時かは分からないが、
「ふにゃ……。オニちゃん」
右腕を動かそうと力を籠めると、何故か腕は動かなかった。その代わりに髪の毛の感触と、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
嫌な予感がする。放課後様子がおかしかったのは、もしかして勘違いしていたのか……?
「なっ。か、和葉。どうしてここに」
ゆっくりと右を向くと、息がかかりあう程の。あと少し顔を近づければキスできてしまうほどの距離に、和葉の顔があった。
嫌な予感。完全に当たったな……。
「んぅ……。おはようオニちゃん。よく眠れた?」
「ああ。よく眠れたよ……。ってそうじゃなくて!どうしてここにいるんだ。しかも人の腕を枕にして。俺は普通に一人で寝てたぞ!」
「お、オニちゃんが一緒に寝るかって言ったから、妹としてここは甘えるかーって思って。あ、腕痛かった?ごめんね」
「いや腕は別に大丈夫だが……。じゃなくて!」
和葉はゆっくりと起き上がって気持ちよさそうに伸びをしていた。って和葉、肌着一枚じゃないか。下着透けてるし。てかそんな派手なやつ着てるのか……。
「あ、あれは冗談で……。てか服を着てくれ。見えてるから」
「あ、ご、ごめん……。すぐ着るね」
と言っても着る服を持ってなかったようで、ただ自分の胸辺りを手で隠すことしかできなかったようだが。だがその仕草がただ立っているよりも背徳感を生んで、和葉のことを直視できなくなった。
「あー。腕痛い」
「オニちゃん何か言った?」
「なんでもない。よく育ったなって言っただけだ」
いつからか分からないが腕が下敷きになっていたせいで、若干痣っぽくなっていて、まだヒリヒリとして上手く動かない。すぐに戻るだろうが、しばらく跡が残りそうだな。色んな意味で。
「そういえば今何時だ」
スマホを取って時間を見ると、もう七時を過ぎていた。結構寝てたな。もう雫も帰って来てるんじゃないか?
ちょっとリビングに行ってみるか。
「……いい匂いだな」
立ち上がると、優しい匂いが体から漂ってきた。これは和葉のシャンプーの匂いだな。完全に俺の体に染みついちゃってる。なんだかエロイな。
「俺はリビングに行くけど、和葉はどうする?」
「私も後で行くから、先に行ってて。もう雫帰って来てるだろうし」
「わかった」
一人で部屋から出てリビングに向かうと、キッチンの方からいい匂いがしてきた。
見ると雫はエプロンをしてリビングで鼻歌を歌っていた。特に作業はしてないようだが、何かしてるんだろうか。
「帰ってたんだな。ごめん。寝てた」
「あ、た、ただいま……。ず、ずいぶん寝てたね」
「ああ。寝不足でな」
「あ、も、もうご飯できてるから……。お姉ちゃん呼んできて」
「呼んだ?」
呼んできてと言った瞬間。和葉がリビングに入ってきた。しっかりと部屋着を着てる。なんていいタイミングなんだ。
「あ、ゴ……お姉ちゃん。ご飯できてるから食べよ」
俺と和葉はリビングで待っていてと言われて、雫が夕飯の用意をてきぱきと進めていた。そうして食卓に夕飯が並んだんだが……。
「ね、ねえ雫。これはどういうこと……?」
夕飯は野菜炒めとさいころステーキだった。だが、俺と雫にはしっかりと並べられているのに、和葉の座っている前には、水の入ったコップしか置かれていなかった。
「抜け駆けをしたお姉ちゃんは許さない」
うお。怖!
いつもの喋り方じゃなくて、怒りを含んだ声で、冷たいまなざしを和葉に向けていた。しかも普段は喋るときに言葉が詰まりやすいのに、聞いたことないくらいすらすらと喋ったし。
あの声と目……。俺が向けられたら思わず泣いちゃいそうだな。
「ぬ、抜け駆け?私が……。も、もしかして!」
「二人が自分たちの部屋で寝ていると思って放っておいたのに、ご飯できたよって呼びに行ったら……」
見られてたのか……。まあそうだよな。二人がずーっと出てこなかったら、心配にもなるだろうし。ていうか、夕飯できて呼びに来てくれてたのか。全く気付かず熟睡してたな。申し訳ない。
「ご、ごめん!でも仕方なかったの……」
「お姉ちゃんが言ったんだよ。抜け駆け禁止って。なのに邪魔な私が買い物に行っている間に二人で仲良く……」
「ど、どうしたんだ雫。なんか様子が変だぞ」
雫のこんなところを見たのは和葉も初めてなのか、俺よりも驚いていた。何が雫をあそこまでさせてるんだ。
「シンちゃん。大丈夫。シンちゃんは私が守るから。こんな女狐、今すぐ処分してくるから」
「は、はい……?」
女狐とか、処分とか邪魔とか、普段の雫なら絶対に言わないような言葉が次々と出てくる……。
「ちょ、雫?どこ行くの……?」
雫は和葉の腕を引っ張って、リビングから出て行った。一体何が何だか……。
「待つしか、ないよな……」
俺は大人しく待つことにした。二人の話に俺が首突っ込むのは良くないと思ったし、何よりも雫が怖かった。あれなら俺でも泣くぞ。
そして、二人が戻ってきたのは数時間後だった。満面の笑みを浮かべた雫と、よろよろと、数歳老けたんじゃないかと思うような顔の和葉が。
「か、和葉……。どうした?」
「な、なんでもないよ!うん。なんでもない」
「し、シンちゃん。明日暇?」
戻って来て一言目に、雫がそんなことを言ってきた。一体どういう流れなんだ……。もう今の雫は何を言っても怖く感じてしまう。
「ああ。土日はこれからについて考えようと思っていたから、特に予定はないが」
「じ、じゃあ、明日。お出かけしない?」
雫とお出かけ……。それって、二人でってことなのか?それとも三人でなのか。どっちかは分からないが、男女がお出かけ……。それってもしかして、デートってことじゃ。
「二人でか?」
「うん!どこに行く?水族館とか、動物園とか、あ!映画もいいかも……」
テンション高いな……。とにかく、雫は元の優しい雫に戻ってくれたみたいだが、今日一日はそっとしておくか。
「どこに行くかは雫の行きたいところでいいよ。って、和葉は行ってる間何するんだ?」
「わ、私はいい子でお留守番してるよ。うん。何にもしないから」
なんか和葉から生気が失われてる……。一体二人で何をしてたんだ。逆に雫は元気だし。
「うーん……。じゃあ水族館!」
「わかった。何時に家出ようか?」
「朝十時に駅のホームに集合しよ。明日は現地集合で、一緒に行くんじゃなくて」
「なんでわざわざそんな面倒なことを?」
「そういうのがいいの」
そんなもんなのか。俺にはよくわからないが。
でも雫がそう言うんだし、現地集合でいいか。
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